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『そういや、リボーンに特別な人っていンのかな?』
ふわふわ、と世界を浮遊するような感覚。
アルコールの熱が身体を支配し、脳は働いているはずなのに曖昧で。
酔っているという自覚はあるのに高揚している気分を抑えることが出来ない。
山本は焼酎を一口飲み、心に引っ掛かっていた思いを零した。
部屋にはひとり。
それでも酔っているせいか、まるでリボーンと一緒にいるような安心感が生まれていた。
『オレ、ちょっとでもアイツの役に立ってんのかな?』
リビングの天井に向かってそう呟く。
それから、獄寺と飲んだ日からずっと考えていたことがスラスラと言葉になって零れた。
それは確かに自分でも気付かなかった弱音。
こんなことをリボーンに知られたら情けないと思う。
酒が入ったからといって、こんな感傷的になってしまうなんて。
リボーンの隣にいる資格が無くなってしまう。
もっと、彼のように揺るぎない強い心を持ちたいと。
酔った頭で山本は静かにそう思ったのだった。
Whereaboutsー在り処ー
「チッ。ツナの奴、報告書なんて明日でよかったじゃねぇか」
駐車場に止めた車から素早く降り、リボーンはそう呟いた。
愛車はイギリスの高級スポーツカーメーカーであるロータス社の最新モデル。
車を購入する際、リボーンはイタリア社であるのフェラーリを考えていた。
山本はなぜかあちこちから車のパンフレットを集め、最終的にロータス社のものに一目惚れしたらしい。
馬力や性能を考慮し、可愛くて仕方がない彼から「これがいい」と言われれば、リボーンに反論は無くて。
今では通勤に使うだけでなく、休日のドライブがメインとなるほど山本もリボーンも重宝していた。
「やっと帰ってこられたな」
ふと見上げると部屋に明かりがついていた。
きっと、部屋では山本がゆっくり休んでいることだろう。
驚かせようと思い、予定よりも早く帰ってきたことをまだ伝えていない。
長期に渡って会えなかった分、今夜は寝かしてやれないのではないかと思いつつ。
今夜のこれからのことを考えると、無意識に笑みが零れたのだった。
リボーンはここ1ヶ月ほど、イタリア系アメリカマフィアの同盟ファミリーの元を訪れていた。
彼らはかつてアメリカ大陸へ移民し、本国と同じようにファミリーを結成して。
今では飲食業や不動産にまで手を出して多額の富を築いている。
今、ボスとしてそのファミリーを率いている男の祖父とリボーンは昔から懇意にしていた仲だった。
出会いはリボーンがアルコバレーノになる前からなので付き合いは半世紀以上になる。
互いにボンゴレファミリー9代目を通して顔見知りになり、気づけばアメリカでの取引をする際には重要なファミリーとなっていた。
孫に当たる現ボスに対してリボーンは家庭教師を数年していたこともあり、今でも個人的にも付き合いがある。
その男からどうしてもという暗殺依頼を受けてリボーンは綱吉から許可を貰うとアメリカへと旅立った。
リボーンが依頼を受けた時、山本は獄寺と共同で同じ麻薬組織を追っている所だったので互いに忙しかったのだが。
数日前の電話で組織を壊滅させ、無事に終わったことを聞いてリボーンも早く帰るために尽力した。
その結果、厄介だった依頼を片付けて帰国したのは数時間前。
山本に伝えた帰国日よりも1日早く帰って来る事が出来た。
飛行機の中で書き上げた報告書を本部にいる綱吉に渡し、愛車を飛ばして帰って来た。
外から部屋の窓を見つめると電気が灯っている。
すでに仕事を終えて帰宅している山本はこうして1日早くリボーンが戻って来たことを知らない。
久しぶりとなる再会に胸を躍らせ、リボーンは自宅があるアパートメントに向かって歩き出した。
「山本、帰ったぞ」
玄関からはダイニングキッチンが見え、その奥にはリビングがある。
いつもなら帰宅と同時に山本が迎えに出てくれるはずなのだが、部屋は静かなままだった。
彼の気配は確かに部屋の奥から感じるので寝ているのだろうかとリボーンは部屋の奥に進んだ。
「山本?」
「んー?リボーン?」
山本はリビングのソファに座り、テレビでは通信販売の宣伝が繰り返し流れている。
こちらを振り向いた山本の顔を見て、思わず手で顔を覆った。
「はっははは、リボーンがいるわけないのに。オレ相当酔ってんだなー」
上機嫌な山本の声。
その右手には氷が盛られたグラスがあり、テーブルには焼酎の一升瓶が1本空の状態で、すでに2本目を飲んでいるようだった。
山本の父である剛からよく送られてくるお気に入りの酒。
何時から飲んでいるのか知らないが、かなり酔いが回っているらしい。
「山本、俺は本物だぞ」
その場に鞄を下し、山本が座るソファの後ろへ。
背後から細くも逞しく成長した山本の体をそっと抱きしめる。
すると彼の手のグラスから氷同士がぶつかる音が部屋に響いた。
「まだ実感ねぇか?」
「んー?よく分かんねぇ。でもアイツが帰って来るの明日だもん。まだ会えねぇのな」
苦笑しながら山本は下を向いた。
短髪の山本は髪の毛で顔が隠れると言うことはないが、俯いたため彼の表情が見えなくなる。
(コイツかなり酔ってんな。明日記憶に残ってるか?)
山本は普段、酒には強い方だ。
ボンゴレではイベント毎に本部にある大広間で祝いをする習慣がある。
幹部も部下も関係なく食事や酒を楽しむのだ。
その他にも同盟ファミリーとの立食パーティーや任務後の打ち上げなど。
飲む機会は一般人よりも多く、強いに越したことはない。
いつの間にか酒に鍛えられていくものだが、山本は初めから介抱する側だった。
アルコールには強い体質で、また自分で限界の量を超えないよう注意しているらしかった。
きっと山本が酔いつぶれた姿を知るのは父の剛と自分くらいだろうとリボーンは思う。
自宅なら限界を超えても大丈夫という安心感からか、気が緩んで彼は酔うことが多かった。
外で飲むときは周囲に気を遣ってしまう性質らしい。
リボーンはどんな時でも好きに酒を楽しむので勿体ない性格だと思うが、それが山本という男なのだから仕方ない。
その彼は今、確実に限界以上の酒を飲んでいるようだった。
いまだにリボーンが帰宅したと認識できていない。
「・・・・まぁ明日の朝、驚いた顔を見るのも一興だな」
リボーンの腕の中、まるで抱きしめられていることに気付いていないように酒を飲み続ける山本。
そんな彼の様子を見ながら、そっと溜息を吐きだす。
今夜はすぐにでもベッドで可愛がってやろうと思っていたのだが、酔っぱらいに付き合う覚悟を決めた。
リボーンは山本から離れると自分も焼酎を飲むためキッチンに向かう。
ブロック状に割った氷をグラスに入れ、リビングに戻ると山本の隣に腰かけた。
山本は何が面白いのか、テレビのCMを見ては笑い、時には鼻歌を歌う。
かなり気分が高揚して上機嫌なようだ。
「はは、これ夢か?本当にリボーンが帰って来たみたいなのな」
酔って現実が分からないらしい。すっかり夢扱いだ。
せっかく急いで帰って来たと言うのにまるで存在しないように扱われるのは面白くない。
「おい、山本。俺がいない間、変わったことはなかったか?」
「んー?ツナ達は元気だし、セレナさんもソフィアさんもマーシアさんもみんな元気だぜ」
一応、返事が返って来た。
顔色が変わらない山本にしては頬がかなり色付いている。
ニコニコと笑いながら、自分の愛人達と夕飯を食べた話をしてくれた。
誰からも好かれる性格は昔から変わらない。
相手の警戒心を解き、誰でも受け入れようとする彼の気質はボンゴレに必要な要素だった。
しかし、リボーンからすると時に非常に厄介な性格である。
自分の知らない間に愛人達と交友を持ち、彼女らの「お気に入り」となった山本。
本人に自覚はないが、男女問わず魅了していることに気付いていない。
他人からの好意に疎いところも相変わらずと言っていいだろう。
無自覚なだけに傍で見ているリボーンは面白くないことばかりである。
「アイツらのことはもういい。山本は何もなかったか?」
「ん?オレか?」
なぜか不思議そうに小首を傾げ、彼は苦笑した。
「オレはもちろん何もねぇぜ?昔から元気だけが取り柄なのな」
ははは、と笑いながら彼はグラスに残った焼酎を飲み干した。
予想通りの返事に、心の中で毒づきながらリボーンもグラスを煽る。
「そうか、俺は寂しかったぞ。お前もアメリカに連れて行けばよかったと後悔した」
昔から山本は本音を言うのが苦手な奴だった。
だからこそ直球に弱いことを知っているリボーンは、彼を困らせるようにそう言った。
隣の彼を見ると、山本はぽかんと口を開けたままで。
「ハハ、参ったなー。オレは夢の中でもリボーンに勝てそうにないのな」
困ったように眉を寄せる表情はひどく扇情的に見えた。
酒に濡れて潤む唇にすぐにでも吸いつきたくなる。
それでも次の山本の言葉にリボーンは動きを封じ込められる羽目になったのだった。
「そういや、リボーンに特別な人っていんのかな・・・?」
ついこの前、獄寺とそんな話をしたのだと。
山本はまるで独り言を言うように、じっとリビングの天井を見上げていた。
急に変わった話題についていけず、リボーンは山本を見つめることしかできない。
「オレ、ちょっとでもアイツの役に立ってんのかな?」
邪魔にならないよう必死でやって来たけれど。
自信なんてない、と苦笑した。
「アイツが安心できる居場所に、少しでもなれてんのかなぁ」
そうなれることが自分のいる意味なのだ、と山本は話した。
リボーンは動けない。
普段から動揺することなどないのに、心臓が早鐘のように鳴っている。
だって、そうだろう。
山本武という男と付き合って約10年。
いつも穏やかに笑って何でも受け入れるだけの彼は。
甘えることが苦手で、弱音を吐きだす姿など殆ど見たことがなかった。
そんな山本が酒に酔っているからといってここまで心の内を話すなんて。
ましてや2人の関係について彼が想いを口にするなど珍しいことだ。
決して一方通行の関係ではないけれど。
山本が自分から本音を洩らすなんて滅多になかったから。
リボーンは感動にも似た喜びを感じずにはいられない。
不器用な彼が告げる言葉が、あまりにも愛しくて。
「俺の特別な人間を、教えてやろうか?」
笑みが零れ、声が震えないように気をつけることだけで精一杯。
普段から冷静で表情を崩すことがない自分だが、山本が絡めばこんなにも顔の筋肉が解れる。
だが、それに続く山本の言葉にまたもや翻弄される。
「んー?いや、聞きたくねぇのな」
「なぜだ?」
「オレはボンゴレの人達も愛人の姉さん達もみんな好きなんだ。みんな、リボーンのことを大事にしてるから。だから、知りたくねぇや」
ずっと気になってたけど、やっぱり知りたくない、と。
(・・・・ったく、コイツはやっぱり山本だ)
あれだけ愛を囁き、必要としている事を告げているのに。
なぜ自分だと思わないのだろう。
全員が好きだから、誰かが悲しむようなことは知りたくないと彼は言う。
自分の気持ちなど置き去りにして、他人の幸せを願える優しい男。
そして、どうしようもない程不器用で哀れな男だ。
だからこそリボーンは、そんな山本を愛してやまない。
「俺は全員、特別だぞ」
「ん?全員?」
「そうだ。全員ってことは山本、お前もちゃんと入ってるってことを忘れんなよ」
お前だけだ、とはまだ言えない。
周囲に気を配り、誰かの幸せばかり願うような彼だから。
自分の幸福を優先するなど、山本は決して望まないだろう。
いつか山本が不安で潰れてしまうような日が来たら、きちんと告げようと思う。
最強のヒットマンであり、呪われた身体。
血に塗れ、化け物だと自分で嫌悪していた。
そんな蝕まれた心に光を与え、その笑顔で癒してくれた。
望んでしまった自分の手を、離さず握ってくれた山本。
呪いが解け、再び動き出したこの生涯をかけて。
山本のすべてを、深い愛で包み込みたい。
握らせてしまったこの手は真っ黒に染まった死神の手。
これからもきっと、深い傷や悲しみを汚れなき真っ直ぐなこの男に背負わせてしまうだろうから。
昔は野球に全てを捧げた綺麗なこの手をもう、離せそうにない。
「はは、じゃあオレも特別ってことなんだな」
「ああ、特別なんだぞ」
リボーンは山本の右手からグラスを奪い、今度こそ赤く色づいた唇に吸いついた。
約1ヶ月ぶりとなる山本の唇は甘く、きつい酒の香りさえリボーンの欲情を誘うものになっている。
「んんっ・・・ぁ・・・んっ」
驚いた様子の山本は少し抵抗したが気にせず唇を抉じ開け、丹念に舌を絡めとる。
酔っているためうまく力が働かない山本の口から飲み込めなかった唾液が洩れた。
待ち望んでいた口付けにリボーンは舌だけでなく歯列を舐め上げ、好きに咥内を蹂躙していく。
互いに体温が上がり、欲が溢れだしていることを感じ合った。
「山本、此処でいいか?」
寝室まで行く時間が惜しく、リボーンはようやく唇を離すと欲情した声でそう囁いた。
すぐにでも抱こうとはせずにそこは紳士として相手を尊重してみたのだが。
息の上がった返事が返って来ると思いきや、山本は完全に瞼を閉じて動かない。
「・・・・寝てやがる」
代わりに、小さく穏やかな寝息が聞こえてくるではないか。
本当にいい度胸だ、とリボーンは大きくため息を吐きだした。
朝、目覚めた時に今夜のことを覚えているだろうか。
今までの傾向からするときっと、忘れているに違いない。
それでも、こうして自分がいることが早く帰って来た証明だ。
完全にソファの上に投げ出された体を抱き上げ、寝室のベッドの上へと運ぶ。
このままでは山本のシャツが皺だらけになるだろうがリボーンは着替えさせず布団の中へ押し込めた。
まだ、先程の興奮した自分の状態をよく知っているから自分の首を絞める真似はしたくない。
山本の裸体は明日、しっかりと拝ませて貰おう。
まさかこんなことを決心しているなど知らず、平和そうに山本は眠っている。
「風呂にでも入って来るか」
長期の仕事終わりだ。
程良く酒も飲み、良い気分で仕事の疲れをとるとしよう。
「Io l'amo che chiunque nel mondo.」 (世界中の誰よりも、お前を愛してる)
いつか、届けよう。
それまで、どうか。
俺の居場所であってくれ、とリボーンはひとり囁き、寝室を後にした。
次の日、リボーンが同じベッドで寝ていたことに驚いた山本はやはり何も覚えていなかった。
あれだけ泥酔していたにもかかわらず、二日酔いになっていないのはさすが山本だ。
彼は今、申し訳なさそうにベッドの上で項垂れている。
『せっかく帰って来てくれたのに、気付かなくてごめんな?』
『いや、気にするな。それなりに楽しめたぞ』
山本の顔を見ながら、ニヤリと笑う。
その言葉に?マークを浮かべた山本の無防備な頬にキスをした。
昨夜とは比べ物にならないほど、優しく、穏やかに。
不意をつかれた山本は驚いたようだったが、すぐに満面の笑みを浮かべたまま。
『おかえり、リボーン!!』
出会った頃から変わらない、真っ直ぐな笑顔。
その声に、表情に、いつもリボーンは救われてきた。
その都度に感じた、泣きたくなるよう幸福感は今でも覚えてる。
『山本、愛してるぞ』
無邪気に再会を喜ぶ山本を抱きしめ、リボーンは静かに今の幸せを噛みしめたのだった。
Fin
2009/02/12
改 2009/09/12
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