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突然飛ばされた未来で百蘭率いるミルフィオーレとの戦いに勝利して
元の時代に帰って来たのはほんの数日前。
ある日、並盛神社に来て欲しいと言った綱吉の言葉通りに山本が向かうと、
そこには守護者だけでなく、笹川京子や三浦ハルといった未来の世界に飛ばされた全員が揃っていた。
ただ、いつも綱吉の傍に控える黒衣の赤ん坊の姿は見えず、
綱吉もどこか大人びた表情を浮かべ、仲間達の顔を見渡すと急に頭を下げて話し始めた。
『俺はボスになるよ。でも、今の守護者は解散させるから』
静かに告げられた言葉は、まるでお伽噺でいう魔法の時間に終わりを告げる鐘の音。
『今まで散々巻き込んじゃって・・・・本当にごめん』
何が夢か現実か、思考が追い付く前に綱吉の決意を聞かされて反論できないまま。
守護者の中で獄寺だけがイタリアに同行することを許され、
殺し屋を名乗っていたビアンキやイーピン、シャマルもいつの間にか姿を消して。
最強の赤ん坊を従えた沢田綱吉が並盛町から出ていったのは、
それから3日後のことだった。
君、在りて 1
『マフィアごっこ』だと思っていた出来事が起こったのは中学生の頃。
すでに十年以上も前の話だというのに今でも鮮明に思い出せるのは。
未熟さを痛感しながらも大事なもののために全力で戦ったという誇りが
今もこの胸に灯され続けているからかもしれない。
野球よりも、いや、命さえかけて仲間のために刀を握っていたあの頃。
その時、満員の神宮球場は人々の熱気に包まれて最高の見どころを迎えていた。
9回裏。ツーアウトでランナーなし。現在試合は2対2の同点のため、
ホームランが出れば一発逆転の大チャンス。
山本は若輩ながらクリーンナップを任され、本日も3番打者として打席に向かった。
球場内で名前がアナウンスされると観客からたくさんの声援が聞こえてくる。
すでにリーグ優勝は勝ち取った。日本一を決めるこの戦いも今夜が最終戦。
チームが勝って日本一になるかどうか、それがこの最終打席にかかっている。
(ハハ、最高の場面だな)
湧き上がる期待と興奮で身体が熱く、顔には意識せずとも好戦的な笑みが浮かぶ。
だが一方で、頭だけが冴えていく感覚はこんな真剣勝負の時にしか味わえない。
この瞬間を迎えるたびに自分の鼓動を感じることができる。
今、生きているのだ、と。
誰にというわけでもないが、伝えたい衝動がわき起こる。
そんな思いのまま、グリップを握る手に力を込めて背筋を伸ばすと。
正面を向いた山本の視界に空に浮かぶ見事な満月が映った。
(・・・・・っ!!)
予期せず感じた、殺気にも似た張り詰めた視線。
それが己に向けられていると判断すると一瞬、身体が竦んだ。
三万人以上が収容されている球場の全員から注目されているのだから、
当たり前のことかもしれない。それでも奇妙だった。
勝利を信じる味方の期待感でもなく、反対に敵サポーターからの怒気や嫌悪でもない。
蛇に睨まれた蛙というほどではないが、圧倒的な捕食者に狙いを定められたのが判る、重い視線。
一挙手一投足を監視されている気がするのは間違いではないだろう。
バッターボックスから一度外れ、自然を装って観客席を見上げたが
不自然な気配を漂わせる人間はいなかった。
主審の合図で最後の打席へ。
チームの行方を左右する大事な場面。
今は何かに囚われるわけにはいかない、と強張った身体を解して。
集中した時間はほんの一瞬。
バッドに感じた確かな手ごたえと共に、力の限り打った球は大きなアーチを描いてライトスタンドへ。
勝ち越しホームランを打った打者としてホームベースに帰って来た時、
ベンチから出てきたチームメイト達からは待ち侘びていたかのような手熱い歓迎を受けながら。
山本はその日一番の笑みを浮かべて自分を待つ多くの人々の声援に応えた。
ふと気がつけば。
打席に入って受けた鋭い視線はいつの間にか感じなくなっていた。
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