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『ドラフト入団おめでとうございます!』
『おめでとうございます、山本選手!!』
『今後の抱負を聞かせて下さい!』
『やはりピッチャーとしては先発入りを狙いますか!?』
何度もフラッシュの光を浴びて困惑したが、質問には丁寧に返していく。
その間もこれは本当に現実なのだろうかと実感がないまま。
この時、確かに気分は高揚していた。
甲子園で優勝することはできなかったが、最後の夏、山本はベスト4まで上り詰めた。
たった一人で投手を務め、4番打者として、キャプテンとして力を振う姿が認められ、
秋に行われるドラフト会議で監督に選ばれた時、心底嬉しかった。
やはり自分には野球しかないのだと、その思いを強く噛み締めた瞬間でもあった。
高校まで駆け付けた多くの報道陣に囲まれながら、視線はずっと青い空に。
そして、心は数年前に別れたままの仲間たちに向けられていた。
伝える術を持たないから。
その分も溢れる感謝を、笑顔に乗せた。
期待の新人として球団の寮に入り、自主練から本格的な合宿が行われて。
愕然とした。
ようやく思いっきりボールが投げられると思ったのに。
初めてブルペンで投げた全力の球を受けとめてくれる捕手は誰ひとりとして居なかった。
やがて投手から野手へとコンバートを言い渡された時、
野球を始めた幼い頃の記憶から始まり、長い夢から覚めたような思いを味わった。
それは、出口が見えない空虚な日々の始まりだった。
君、在りて 3
成長したリボーンの運転する車に乗り込み、何処に行くのか知らされないまま首都高から空港近くにやって来た。
途中、ユニホーム姿のままの自分に気付いて寄り道を頼むと外見だけでも高級だと分かる店に辿りつき、
驚いたまま助手席で固まっていると彼は一人で店内に赴いてなんとスーツ一式を与えられた。
その行動力だけでなく、思った以上の値段に驚いて受け取りを拒否したものの受け入れてもらえず、
途方に暮れたが昔から人の意見など聞かない奴だったと思い直して有り難く頂くことにした。
さらに車に乗り込む前、携帯で球団のオーナーに急用ができたことを伝えて
すべての事後処理を放棄してすることで怒鳴られて当たり前だと大人しくしていると、
携帯を奪ったリボーンが金と権力を駆使して黙らせることに成功。
きっと卒倒寸前になっているだろうオーナーに詫びを入れ、苦笑しながら電話を切った。
一軍メンバーである自分がいなければメディアは騒ぎ立てるだろうが、暫くは球団側が上手くかわしてくれるだろう。
『小僧』と呼んでいた頃から強引なヤツだった。
姿形は自分が見知っている頃より変わってしまったが、変わらない部分があることに安堵する。
「小僧、風呂サンキューな。お前も入ってこいよ」
「いや、話が先だぞ」
国際空港に隣接されたホテルにチェックインした後、試合後の汗を流すため先に風呂を借りた。
とりあえず部屋に常備されているバスローブを着ることにした。
彼に与えられた服はシャツ一枚でも気後れしてしまうものだったので仕方がない。
「ワインを用意させた。飲めるんだろう?」
「ああ。まさか小僧と乾杯する日が来るなんてなー」
渡されたグラスを重ねてそのままゆっくりとグラスを傾けてワインを口に運ぶ。
感慨深いモンがあるな、そう笑いかけるとボルサリーノを脱いだリボーンと視線が合った。
赤ん坊の頃のような大きな瞳ではなく、無機質で冷たい暗闇を思わせる双眸。
「山本、単刀直入に言う。ボンゴレは今、最大の危機を迎えて、どうしてもお前の力が必要だ」
俺と共にイタリアに来い、と赤ん坊の時とは比べ物にならない眼光とぶつかった。
息を呑む。最初は実感できず、じわじわと言葉の意味を理解して湧き上がる衝動。
山本は一度彼の視線から逃げるように瞼を閉じた。
今まで彼らがどうしていたのか、ボンゴレで一体何が起きているのか。
リングを放棄して十年以上経つ自分にどうしてそんなことを言うのか。
その真意を確かめるよりも先に。
「もちろんいいぜ、小僧」
昔の頃のように、何も気負う必要なく自然と笑みが零れる。
すでに答えは決まっていた。すでに覚悟は出来ていた。
本当はずっと待ち望んでいたのだと、まるで他人事のように実感したのは。
独りだという感覚に慣れ過ぎてしまったからかもしれない。
「ずっと・・・・ずっとさ、オレはこの刻を待ってたんだ」
野球は楽しい。幼い頃から生活の一部であり、何よりも夢中になれた。
ただ、今でも閉じた瞼の裏にはっきりと思い出せる。
父の誇りを胸に抱いて仲間のため、剣を振るったあの日々を。
ゆっくりと開いた瞼から現れた山本の瞳に迷いは無かった。
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