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『逃がさねぇぞ、山本』
ボロボロの身体。
銃弾を浴びて数ヶ所から血が溢れ、手足が痺れた様に動かない。
すでに倒れていた身体を起こし、声がした方に視線を向ける。
『リボーン・・・』
何度この名前を呼んだか分からない。衝撃的な出会いから1年と数ヶ月。
様々な貌を見てきた。きっと、誰よりも傍にいたという自負もある。
それでも、掠れる瞳に映るリボーンは完全に感情を押し殺し、無表情だった。
怒りも、失望も、何も感じることが出来ない。
(ごめんな、リボーン。でもよ、仕方ないだろ?これ以外の償いなんて、オレには)
見つからなかったんだ、と胸中で呟く。
始まりはいつだったのだろう。
確かなことはボンゴレに加入前。リボーンと出会う前のこと。
それでは殺し屋としての仕事を始めた時か。
それとも、時雨金時を継承された時からか。
これは自分で撒いた種。
だからこそ、誰も巻き込みたくなかったのに。
『なんで、来たんだよ・・・』
『お前は俺のモンだって言っただろ?取り戻しに来て何が悪い』
さも当たり前だというように。
愛銃を構えたまま、リボーンが勝ち誇った笑みを浮かべる。
いつもと何も変わらない姿を確認した瞬間。
山本の意識はそこで途絶えた。
シェルター 1
「リボーンと山本が襲われたってどういう事!?」
「うるせぇぞ、ツナ。医務室では静かにしろ」
血相を変えてやって来た綱吉の喚き声に眉を顰めた。
ここでは山本が点滴を打って眠っている。リボーンは無傷だ。
(クソッ)
腸が煮えくり返るとはこの事である。
本日、正午過ぎ。
珍しく休日が一緒になったリボーンと山本は近くの海に来ていた。
キラキラと輝く陽光がエメラルド色の海に反射し、それに何度も歓声を上げていた山本。
昔からリボーンが愛用している穴場のため、周囲には誰もいなかった。
もちろん、休日といえどもこんな稼業だ。油断などなかった。絶対に。
それでも雨のように撃たれ続けた弾丸。狙撃は確かに実行された。
殺気も気配も無かったはずだ。すなわち、離れた位置からの狙撃ということ。
前準備を要しての周到な作戦だったに違いない。
狙いはリボーンか。山本か。それともボンゴレに対する挑戦か。
それはまだ、分からない。
「とにかく、ファミリー全員に警戒態勢を取らせろ。この先、何が起こるか分からねぇ」
「うん、そうだね。現場には獄寺君が行って調査してくれてる」
「現場検証が終わり次第、緊急会議を開くぞ。幹部全員、強制集合だ」
「う、うん。それで山本の容体はどうなの?」
「脇腹に一発食らったが命に別状はない。アイツはこのまま入院させる」
念のために警護の人間を数人配置させておけ、と命じる。
慌てて綱吉が後ろからついて来た。ボディーガード達も動き出す。
(誰だか知らねぇが、絶対コロス)
狙撃された時、すぐに反撃して仕留められなかったことが悔やまれる。
砂浜に転がって腹から血を流す山本に一瞬でも気を取られてしまった。
山本に怪我を負わせた罪はその命を持って償わせてやろう。
幾通りの壮絶な殺し方を考え、ニタリと笑う。
その横顔を見てしまった綱吉が背筋を凍らせたのだが、リボーンは気にも留めなかった。
深夜。
医務室に続く廊下を歩きながらリボーンは外を眺めていた。
今夜は晴れているはずなのに月が見えない。朔月のようだ。
山本武という男と初めて出会ったのもこんな夜のことだった。
『はは、アンタやるなぁ。その殺気だけで心臓止りそうだぜ』
発せられた声を初めて聞いた時、正直言って拍子抜けした。
その剣気や身のこなし、気配の消し方は申し分無く。
リボーンは久しぶりの暗殺者の登場に血が騒いでいた。
自身の名が売れ、暗殺の標的にされることには慣れていたから。
相当自分の腕に自信がある者が向かってくる。
それを返り討ちにするのが常のこと。リボーンには良い余興だった。
それが、この夜はどうだ。
まるで素人のような暗殺者。
潜入までは良かったかもしれないが、振舞い方がまるで子供のようだった。
攻撃を防いでからはバカ正直な殺気を放ち、剣は全て真っ向勝負。
おまけに何が面白いのか、笑みを浮かべたまま。
『オレは山本武。アンタを殺しにきた男だ、よろしくな!』
ご丁寧にも自己紹介。
その時の晴れやかな笑顔は真っ直ぐすぎて、毒気を抜かれてしまった。
攻防の末、銃を構えたまま、リボーンはゆっくりと男を観察した。
日本人にしては背が高い。今時、武器が日本刀とはクールだ。
年齢は不詳。綱吉もそうだが、改めて日本人は童顔だと実感した。
だからなのか、スーツ姿には違和感。大雑把なのかネクタイは緩く結んだまま。
足の先から視線を上へ。鍛えられているようで体のバランスも悪くない。
太腿、骨盤、腹筋、胸板、鎖骨・・・そして。
『アンタすごく強ぇのな。オレ、すっげぇゾクゾクしてきたぜ』
言葉通り、楽しそうに。満足そうに。笑った。
一瞬、圧倒された。とても気安く、無邪気な笑み。
ボンゴレ最強と恐れられる自分に対してこんなにも素直に微笑む人間はいない。
ましてや敵だ。今この瞬間、命の奪い合いをしているというのに。
(・・・・・おもしれぇ)
リボーンの殺気にも、実力にも怯まない姿。
まだ隙はあるが極められた剣術。何より自分の銃弾をかわしている様子は次第点。
最初の拍子抜けから一変、殺すには惜しいと思ってしまった。
殺せなかった時点で魅了されていたのかも知れない。
あの後、綱吉への報告もせず独断で山本を手に入れた。
手籠めにしたという方が正しい。
だが、リボーンには彼を自分のモノにできるという予感があった。
雄弁だったものはその瞳。
山本のその瞳に、リボーンは満たされたことがない『孤独』を視た。
(あぁ、コイツは寂しいんだな。しかもそれに気付いてねぇ)
これは直感だ。
『何か』に夢中になることはあっても、『誰か』に執着すること無く生きている。
だから聴こえたのかもしれない。山本の裡の叫びが。
『・・・独りは、もう、嫌だ』
きっと、もう一生離せそうにない。逃がしてやらない、とこの時に誓った。
絶対的な死さえ勝手には許せないと。神への冒涜さえ恐れることはない。
山本への所有欲は衰えることなく、1年以上たった今でも。
彼を欲して止まないのは己の方だとリボーンは自嘲する。
「囚われているのは俺の方だ」
窓枠から離れ、医務室の扉を開けた。
「山本、起きていて平気なのか?」
寝ていると思っていたのに、半身を起して窓の外を見ていた山本。
点滴や包帯の跡が痛々しい。
にもかかわらず、山本はいつも通りとても朗らかに、こちらを見て微笑んだ。
「よっ、リボーン。ずっと会議だったんだってな、お疲れ様」
「・・・・会議のことは誰に聞いた?」
「スクアーロから。ヴァリアーの皆が見舞いに来てくれたのな」
「この大量の花や果物も連中が?」
「んー、ディーノさんとか部下の奴らとか、屋敷の皆が持ってきてくれたんだ」
発生から約半日。
その情報と行動の早さを普段から発揮しやがれ、と全員に対して毒づかずにはいられない。
「相変わらずモテるな、山本は」
誰とも気軽に接する山本が皆に好かれているのは周知の事実である。
「はは、有り難てぇもんだな。あのメロンも美味そうだろ?」
「・・・・体調も良さそうだな」
「おう、もちろん!心配かけてごめんな?」
申し訳なさそうに眉を下げる山本。その顔色はまだ少し悪いように思う。
長居は無用だと部屋を出ようとした時。
部屋中に並べられた花や見舞品の中に変な空きスペースを見つけた。
そこだけポッカリと切り取られた様な不自然さ。
山本に視線を戻すとベッドの脇に鉢に入った花が置かれていた。
メッセージ入りらしい可愛い装飾。
どうやらあの鉢植えが置かれていたらしい。
「山本、その花はどうした?」
「ん、これか?はは、部下の奴が見舞いにくれたんだ」
「そのカードはまさかラブレターじゃねぇだろうな?」
「ぶはっ!んな訳ねぇじゃん。オレに手を出すなんてリボーンくらいなモンなのなっ」
腹を抱えて笑われ、気分を害す。こちらも半分冗談だって言うのに。
傷口が開くんじゃねぇかって程笑われた後、山本が悪ぃ、と謝って来た。
「笑い過ぎだぞ」
「はは、悪かったって!でもよ、ホントお前はオレのこと好きだよなー」
「うるせぇ、病人は早く寝ろ。まだ犯人の目的も分かってねぇんだ。油断するんじゃねぇぞ」
「・・・おぅ、分かってる。ただ、さ、オレもリボーンのこと、ちゃんと好きだぜ?」
その双眸を細め、ニコリ。山本がベッドから笑う。
こちらは山本からの急な告白に目を丸くして反応が遅れてしまった。
甘ったるい雰囲気に慣れない山本が自分から想いを告げるなど珍しい。
「知ってるぞ。お前は俺のモンだからな」
その言葉に満足した顔で、山本が淡い笑みを浮かべた。
なぜか心に沁みる表情。
若干の違和感に首を傾げながら、その唇が無性に欲しくなった。
山本の傍にいるといつもこうだ。この衝動は止められない。
ゆっくりと近づき、リボーンはやや強引にその唇を奪った。
瞳を閉じてそれを甘受する山本の表情に満足する。
「早く傷を治せ。じゃなきゃ、思いっきりお前を抱けねぇ」
「ははは、別にリボーンになら酷くされてもイイんだぜ?」
初めて抱かれた夜みたいにさ、と痛いところを衝かれて黙り込む。
宝物のように大事にしたいと訴える一方で、強姦した事実があるため山本に遊ばれる始末。
「・・・・お前は随分、図太くなった」
「そっか?自分じゃ分からねぇけど。ふふ、お前の好みじゃなくなったか?」
綺麗な笑みが山本から消えない。
こんな軽口に付き合う彼の姿は本当に珍しかった。
「お前の全てが俺好みだ。生意気言ってると、明日にでも犯しちまうぞ」
この最強の殺し屋である自分が、山本が撃たれた時あんなにも動揺したなんて。
砂浜に倒れたまま蹲っていた彼には想像も出来ないだろう。
(自分が死ぬことよりお前を失うことの方が怖いなんて・・・誰にも言えねぇな)
だからこそ、勝手に死ぬことさえ許したくないのだ。
自分でも驚くほど、どんどんと湧き上がる所有欲。
「ったくー、お前らしいのな」
「こんな俺も好きなんだろ?」
二ヤ二ヤと口元を歪めながらそう言うと、山本の頬が朱色に染まった。
今度こそ完全に満足するともう一度だけその唇を自分のものと重ね合わせる。
されるがまま抵抗しない山本の頭をそっと撫で上げ、リボーンは部屋を後にした。
「・・・・・・・・リボーン、ごめんな」
誰もいない病室。
先程の笑みから一転して山本の表情が曇る。
申し訳なさを表した声音。それでも後悔など感じさせない力強さがあった。
対策を練るため本部に戻ったリボーンはそれに気付かないまま。
その晩、山本は病室から姿を消したのだった。
2009/04/26
改 2009/09/12
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