『大変です!山本隊長がっ、病室からいなくなりました!!』


早朝、本部で仮眠を取っていたリボーン達に思わぬ伝令が舞い込んできた。


『えぇ、なんで山本がっ?誘拐?それとも・・・』

『ツナ、朝からうるせぇぞ。少しは落ち着け』

『どうしてリボーンは冷静なんだよ!山本に、一体、何が・・・っ』

『そんなの俺が知るわけねぇだろ』


ただ沸々と、静かに、己の凶暴性が湧きあがって来るのを感じた。
今は窓から差し込む朝の陽光すら忌々しい。

愛用するボルサリーノの縁を下げて綱吉の視線を遮断する。
こうして言い合っていても何も変わらない。
リボーンは綱吉と獄寺を連れて昨夜の病室へ。


入口には警護の人間が一晩詰めていた。
考えられるのは窓。まるで映画のように、シーツとカーテンで作られた一本のロープ。

山本が自分から脱出した事を示していた。
そっと、昨夜の山本を重ねるように無人のベッドを撫でる。
ふと目についたのは、その脇に置かれたままの植木鉢。カードが無くなっていた。


『あれ、お見舞いに鉢植え?根を張るってことで鉢は日本じゃ縁起悪いのに・・・』


眉を顰めた綱吉の言葉をリボーンは聞き洩らさなかった。


嫌な予感がする。
一流の殺し屋として、また山本武と同じ時間を過ごした人間として。



『・・・・急ぐぞ』


呟いた声は誰にも聞こえないまま、リボーンは病室を飛び出した。







シェルター 2





「・・・・あーあ、ツナもリボーンも怒ってっかな」


市街を抜けて深い森の中を歩いていた。
包帯の上からシャツを羽織り、相棒の時雨金時を持ったままそう呟く。
今日はすごく天気が良い。それだけで嬉しくなるのは昔の癖だ。
幼い頃から野球をしていたから、雨になると練習も試合も中止になるのが嫌で仕方なかった。

野球が好きだった。父親がいて、友達がいて、夢があって、贅沢な日々。
ただ、ふとした瞬間、心の空白を感じては気付かないフリをしていた。
やがて成長し、少年から青年へ。ありがたいことにプロ選手になる夢は叶った。
父親の病気がなければ、満たされない叫びなど気にもせず日本で野球を続けていたのかも知れない。
時雨金時の継承。父の死と共にイタリアにやって来たのは必然だったのか。




(あれから、オレは・・・・)


ズキリ、と撃たれた脇腹が痛む。
それでも山本は歩みを止めない。

時間がないのだ。

約束の刻限は、すぐそこに迫っていた。




イタリアにやって来て、もうすぐ2年になろうとしている。
殺し屋になった後、リボーンの暗殺依頼を受けてボンゴレ本部を急襲した。
見事な完敗。最強無敵と信じる剣術が通じない男との出会い。
それからは本当に驚きの連続だった。

リボーンという最強の殺し屋である男は強引で、自信家で、意地悪で、あと少しだけ我が儘。
それでも彼が間違う、ということはない。
数歩先の未来まで見通したようにいつも正しい言動。
どんなにそれが力強くファミリーを導いていたか。
誰からも信頼され、尊敬されている。

愛人である自分にはひどく甘くて、特別扱いがくすぐったくて。
綱吉や獄寺にいつも呆れられていた。

親友ができた。戦友ができた。仲間ができた。居場所ができた。
何よりも、自分を理解して受け止めてくれる男と出逢った。




(リボーンや皆のおかげで、オレは幸せを手に入れた)


恐れることは何もないではないか。
こんなにも人から優しさと温かさを貰い、必要とされたのだから。

素晴らしい人生。

胸を張ってあの世にいる親父と酒を飲むことができる。



(ただ、責任を果たさずには・・・・死ねない)


まだ、その時ではない。
山本がスーツの内ポケットからカードを取り出した。
部下である1人から見舞いとして贈られたカード。
イタリア人と日本人のハーフである彼とは話が良く合い、隊の中でも特に目をかけていた。
雨の守護者を拝命し、まだ半年ほどの付き合い。それでも山本は確かに信頼していた。

その彼がまさか、リボーンと自分を狙撃した犯人だったなんて。



「・・・・・気付いてやれなくて、ごめんな」


理由はまだ分からない。
ただ、彼の中の葛藤に気付かず、能天気に過ごした日々を思うと申し訳なくて。
山本はひとりで、呼び出された場所に急いでいた。
草木をかき分け、見えて来たのは大きな湖。
ここは山本のチームがよく演習に使っていた場所だった。
湖畔に佇む人影。あれは間違いなく。




「ビステッカ、待たせたか?」


声をかけると、長身のその男が振り向いた。
金髪なのに日本人と同じ黒い瞳を持つ彼はいつもと変わらないように見える。


「山本さん・・・貴方なら必ず1人で来ると思っていました」

「ん、そりゃあ1人でってカードに書いてたし。もちろん守るぜ」

「本当に正直で、素直な人ですね」


ガチャリ、と音を立てて構えられた拳銃。
間違いであればいい、と心のどこかで思っていた期待は脆くも崩れ去る。



「撃ちたいのなら、それでもかまわない。ただ・・・理由は何なんだ?」


覚悟なら先程、決めてきた。それでも何も知らずに逝くことなどできなくて。
部下だった男の瞳をじっと見つめ、そう問いかけた。



「・・・貴方はボンゴレに入る前のイタリアでの日々を覚えていますか?」

きつく睨み返されて、山本は少し悲しい気持ちになりながら思考を探る。


「あぁ、オレは暗殺稼業をしてきた。リボーンに会うまで、29人の人を殺した」

「その人たちの名前や顔を覚えていますか?」

「正直言って全員を覚えてるとは言えない・・・・もしかして、」

「えぇ、その中に俺の爺さんが混じってるんです。父は日本人の母と結婚する時に勘当されて疎遠でしたが」


今まで聞いたことがないほど沈痛な声。
あぁ、目の前の男も深い悲しみと戦っているのだと、山本は気付いてしまった。




「俺にはすごく優しくて、ハーフを理由に苛められた時、真っ先に抱き締めてくれた大事な人でした」


安全装置を外す音が響いた。

連続して数発が発砲され、両手両足に直撃する。
呻き声を上げて、身体がその場に崩れ落ちた。



「悲しかった。俺もマフィアの端くれです。必ず仇を取ると誓った。だから、貴方の命を下さい」

急所は避けられ、致命傷として身体から血が流れ始めた。
きっと放っておいても出血多量で数分後にはあの世行きだろう。
だが、目の前の男は自分を殺したがっている。
一匹狼として殺しを行っていた時、考えていたのは2代目剣豪と呼ばれる男との勝負のことだけだった。
依頼された人間がどんな人生を送ってきたのか気にも留めず、自分の目的のために斬って、奪って、殺し続けた。

この結末は、まさに因果応報ってやつだろう。



(はは、やっぱり、オレがバカだったんだな)


薄れゆく意識の中、山本は苦笑した。
人殺しなら現在も行っている。ボンゴレに入って、それまで以上に人を傷つけた。

それでも昔と違うのは、覚悟。

今まで孤独を孤独とも思わずに自分のために生きてきた。
それが、どうだ。

リボーンや綱吉、その他大勢の人の顔が目に浮かぶ。
『誰か』のために生きて、『誰か』のために剣を振るう。
そのために生まれる罪と罰を背負う覚悟を、今の山本は持っていた。


――――けれど、昔は違うから。

自分の犯した罪の償いをしなければならない、と改めて思う。




「・・・いい、ぜ?お前に、くれてやる。だから、止めをさし、て、くれ・・・」


この命で償えるというのなら。そう言って、山本は笑った。

亡くなった親父との約束。
最期まで笑うというそれを全うして、彼に会いに行こう。



「ばかやろう」

最期の最後。苦々しいというような、リボーンの声が聞こえた気がした。






「ちゃおッス、お前ら」

「リ、リボーン・・・さん」


閉じかけた瞼をグッと開ける。
どうやら幻聴ではなかったらしい。ビステッカの驚愕する声が聞こえてきた。



「逃がさねぇぞ、山本」

「リボーン・・・」


己に向けられた言葉に、体を起してリボーンを見た。
表情を失くした彼からは何の感情も読み取れない。


「なんで、来たんだよ・・・」

「お前は俺のモンだって言っただろ?取り戻しに来て何が悪い」


ニヤリ、と微笑んだ彼の愛銃がビステッカに向けられた。
それでも、その顔を見た瞬間。
身体中の力が抜け落ちていくのを感じ、山本はそこで意識を手放した。










再び目を覚ましたのは、全てが終わった3日後のことだった。



『もう、山本のバカぁぁぁぁぁぁ!!!!』


意識を取り戻してすぐに聞こえたのは、綱吉のそんな叫び。
安堵と涙が混じったその声に目を丸くするしかなくて。


『10代目っ、落ち着いてください。山本は重傷で絶対安静なんスから!』


獄寺が必死に綱吉を止める姿がいつもと逆で、何だか面白くて笑ってしまった。
それに気づいた獄寺が不機嫌そうに顔を歪めたが、彼の顔にも安堵が滲んでいて。
こんなにも皆に心配かけたんだな、と申し訳なく思った。

その後、綱吉から事の顛末と事後処理を聞かされ、ファミリーの不始末として頭を下げられた。
綱吉の責任ではない。すべては自分自身で引き起こした、今回の事件。


『それでも俺はボスだから。少しは山本が背負う荷物を、一緒に背負わせてほしい』


慈愛に満ちた優しい瞳に、安堵する自分がいた。


『俺と獄寺君は仕事に戻るね。リボーンの奴、呼んでくるから』


山本が何か言う前に彼らは部屋を出て行った。
意識を手放す前に見た、感情を失くしたリボーンの姿を思い出す。
きっと怒っているだろう。呆れられているだろう。
目覚めたばかりのこの身体は言う事を聞かず、逃げ出すことも出来ない。
そして待つ事数分。再び医務室のドアが開いた。



「山本、起きてるか?」

「・・・・・リボーン、久しぶり」


いつものお洒落なスーツにネクタイ。帽子からはみ出たモミアゲは相変わらずカールしている。
カツカツ、と踵を鳴らしながら近づいてくるリボーンを横になったままの山本は見上げた。


「ビステッカはあの後すぐに俺が始末した」

「・・・・あぁ、ツナから聞いた。手間かけさせちまって、ごめん」

「謝るのはそれだけか?」

「・・・・っ」


漆黒の瞳がキツい眼差しで自分を見ている。
それに耐えきれず、山本は唇を噛み締めた。
今回、未熟な己の責任で皆に迷惑をかけてしまったから。
謝っても謝りきれないと思う。



「なんか、勘違いしてるだろ?お前は本当に何も分かっちゃいねぇな」


不機嫌な声は尚も続く。


「この世界じゃよくある話だ。そう言ってもお前は納得しねぇだろうが、あのままお前が死んで何になる?」


ハッとしてリボーンの顔を見上げると、その瞳は傷を抱えたように哀しい色をしていた。


「殺されたから殺す。それなら俺はお前を殺したアイツと、アイツの一族すべてを殺さなきゃ気が済まない。
 いや、それでも足りねぇ。そして俺はその一族に関する人間から恨みを買う。報復には報復。それで何が救われると思う?」


更なる悲劇を生むだけだ、とリボーンが諭すようにゆっくりとした口調でそう言った。



「それに何度も言ってるだろ?山本、お前のすべては俺のモンだ。勝手に離れるなんて許さねぇ」


もちろん勝手に死ぬこともな、という言葉と同時に頭を撫でられた。
幼い子供に言い聞かすよう殊更優しく。
目を閉じると眠ってしまいそうになる温もり。




(あぁ、そうだ。オレが手にしたモノの中で、これだけは譲れそうにない)


この幸せだけは誰にも譲れない。手離せない、と心から思った。




「悪ぃ、リボーン。オレはバカだからこれからもいっぱい間違って、迷惑だってかけると思う」


それでも、オレはお前と一緒にいたい、と祈るように言葉を紡ぐ。


目尻から雫がぽろり。
枕カバーに吸い込まれていくのを感じながら返事を待った。
すると、頭上から大きな溜息。
思わず身体を固くした、その時。




「当たり前だ。お前のどんな罪も、傷も、一緒に背負ってやる。独りにしねぇって言っただろ。
 だから、お前の居場所は・・・・避難場所は俺の傍だってことを忘れんな」


唇が付きそうなほど間近に迫った端整な顔。
喋るたびにリボーンの吐息が当たり、無性にくすぐったい。
そして、それ以上に心が温かくなった。



「・・・・んっ・・・ん・・」


もう言葉は必要ない。
重ねた唇から。重ねた手のひらから。
互いに想いは同じであることを悟る。
犯した罪がどうすれば償えるのか、今はまだ分からない。
それでも、死に逃げることだけはできそうもないと思う。

手に入れた幸せを。大事な人達を。裏切ることはできないから。





「はは、オレさ、お前のことすっげぇ―――――」



告げた言葉へのお返しとばかりに深くなる口づけ。
このまま溶けて1つになるのではないかと思うほど、心の距離もゼロになる。



リボーンの傍にいることで。

孤独を知り、孤独に脅え、孤独でない倖せを教わった。



出逢った奇跡を噛み締めて。


2人は今日も、共に在った。




2009/04/26

改 2009/09/12

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