気味悪く思うほど、見上げた空には満天の星。
一瞬だけその瞬きを目に留め、それでもリボーンは歩き続けた。
今夜だけは魅入りたくないと思う。

その淡い光は、消えた命の灯に似ている。

死を悼む気持ちは教会の墓地に置いて来たのだ。
例え近しい者だったとしても、囚われ続けるわけにはいかない。

リボーンは世界最強の殺し屋であり、ボンゴレマフィアの一員。

命は誰にでも平等である事。
それが例え己であっても云えることだと、知っている。覚悟している。
だからこそ、歩みを止めない。思考を止めない。見失わない。

それがリボーンの生き方だった。



(・・・・明日は、晴れだな)


雲ひとつない夜空。
さっき一瞬でも心に染みたはずの星の光がリボーンに届くことはもうなかった。







最果て 1






「あっ、小僧。おかえり」

玄関に足を踏み入れた時から、気配を感じていたので居ることは分かっていた。
それでもリボーンが咄嗟に声を失ったのは。
まさか今夜、山本が自分の元にやって来ると思っていなかったからだ。



「珍しいな、山本」

今夜が何の日だったか、確かに伝えたはずだった。



「やっぱ・・・邪魔か?」


ごめんなー、と眉を下げて笑う青年。
少年だった時からリボーンは彼の成長を見てきた。
ファミリーとして、守護者として、一介の剣士として。
その才能を愛でた。
山本武。24歳。すでに出会ってから約十年。



「なぁ、小僧」

野球をしていた頃の眩しい笑顔。
近年では質を変え、何かを堪えているような淡い笑みをするようになった。



「好きに・・・・好きにして、いいから」


こちらに手を差し伸べて、儚さを感じさせるほど柔らかく、山本が笑う。

それを正面から見据えたリボーンは、無性にその喉元に喰らい付きたくなった。
山本の全身を、山本の精神を、犯したいというドス黒い衝動。



「来い、山本」


ネクタイを解きながら、リボーンは山本の手を引いて寝室へ。
白いシャツにスラックスという私服の彼を脱がせるためにかかった時間は数秒。
脱がせる間も肌への愛撫を躊躇しない。
耳まで赤くしながら何とか熱をやり過ごそうとする山本。
昔から生傷の絶えないこの青年の身体を拓いたのはいつだったか。
内部を抉り、快楽を教え、彼を女にしたのはリボーン自身だ。







『なぁ、小僧。ちょっとオレの事抱いてみねぇ?』


誘ってきたのは山本の方からだった。
まるで軽く修行つけてくれねぇ?と言うように。


それまでリボーンが山本に対して抱いていた感情は教え子の域を出なかった。
いや、数多くいる教え子たちの中でも特別なほど、可愛がった気は確かにするが。
それでも恋愛の、ましてや性認識の対象になるなぞ思いもしない。
山本だってそうだと思っていた。
学生の頃、恋愛相談を受けて彼女だって何人も紹介された。
誰からも愛される性格を持ち、スポーツ万能。要領も良く、度胸もあるなど女に不自由する身分ではない。

それでも、山本はなぜか己に抱かれることを望んでいた。

酔っていたわけでもなく、真っ直ぐと伝えられた山本の瞳がとても綺麗で。



リボーンは山本を抱いた。
ただ、教え子としての気に入りの延長だとその時は思ったのだ。
山本が何故、求めたのか、その答えはいまだに聞けないまま。
リボーンと山本はただの師弟関係だった時より、その距離を縮めて今に至る。








「小僧・・・ホントに容赦ねぇ、のな」


「なんだ、加減してほしかったのか?」


そう言うと、寝癖がついた短髪を左右に揺らして言葉を否定する山本に思わず笑みが零れる。
何度目かの行為が終わり、喉の渇きを潤すためにベッドを出た頃には日付が変わっていた。
即物的な触れ合いが苦手なくせに負けず嫌いな彼は手加減を望まない。
コイツらしい、とそれがやけにイジらしく感じて、リボーンは山本を愛人にしたのだった。
そんな関係になる前から2人の距離は近かったと思う。
10代目ボスとなった綱吉の家庭教師であり、世界最強の殺し屋という称号。
アルコバレーノとしても名を馳せたせいもあり、敵味方関係なくリボーンは畏れられた。

それでいい。

仲間意識は持てど、個人に情をかければ仕事に影響が出ることを知っていた。
だから言葉を交わすほど近しいファミリーも、愛人達も、その内面まで侵入することを認めず、
リボーンはいつも冷静に、広い視野で、どんな判断でも下すことができたのだ。


それなのに。





「小僧、なんかいつもより甘い匂いがしねぇか?」


山本は地面に水が吸い込まれるような静かさで、容易く内側にやって来る。
まるでそれが自然の摂理のように。
そんな時、リボーンは山本という男の存在が恐ろしくなる。
抗えないようになる。拒めなくなる。
それほどまでに、山本によって触れられる琴線が心地良いなんて。
誰にも言えない、リボーンだけの秘め事である。



「・・・・あぁ、百合の花の匂いだな」


数十本に渡る白くて大きな百合の花を花束にして石碑の前まで運んだのだから。
匂いが身体にまで移ってしまったのだろう。

ふと、数時間前の教会での出来事が頭を過ぎった。



「山本、アリッサは穏やかに逝ったそうだ」


いまだにベッドに沈んだまま動けない山本の頭にそっと触れると、
一瞬目を見開いた後、彼はまるで祈りを捧げるようにそっとその瞼を閉じた。


「・・・・そっか。オレも今度墓参り行ってくるな」

「あぁ、そうしてやれ。お前のことを随分気に入ってたからな、アイツは」


振り返らないと決めたはずなのに、こうして思い出してしまうのは相手が山本だからだろうか。



埋葬される前、最期に見たアリッサの顔を思い浮かべる。
彼女は未亡人ながら夫が大事にしていた店を守り続けた美しい女だった。
出会ったのは彼女が19歳の時。
夫はリボーンが気に入って通ったエスプレッソ専門店のオーナーだった。
随分年の差がある夫婦だと思ったが、彼らの客に対する気遣い全てが心地良くてすぐに馴染みとなった。
それでも数年後、街で繰り広げられた抗争に巻き込まれて男は死んだ。
仕事の最中だったリボーンが最期を看取り、彼を死に追い遣った相手はすぐあの世に送った。

日々嘆き悲しむ女を抱いたのは、馴染みのエスプレッソの味が恋しくなったからだ。

懺悔でも贖罪でもない。
そんな気持ちはすでに捨てている。リボーンは己のために彼女を愛人にした。


それから。
リボーンの援助の元で彼女は店に立ち続けた。
何度か山本も連れて行き、その店の味を気に入ったらしく、休日はよく訪れているようだった。

肺炎を抉らせて彼女が亡くなったと聞いた時、リボーンは暗殺の任務でナポリにいた。

そして昨夜。
彼女は多くの身内や客に見守られ、夫と同じ教会の墓地に眠ったのである。




「アリッサさんはオレが店に行くとリボーンを愛してるんだって何度も言ってたぜ」

「ふん、当たり前だ。アイツは俺にメロメロだったからな」

「ははは、すっげぇ自信。・・・・うん、お前に出会えたことにいつも感謝してる人だった」


ふわり、とそこで漸く山本に笑みが戻った。

持ち上げられた唇がとても潤んで見えて、リボーンはベッドにその身体を押し倒すと迷わずそこに吸い付いた。



「・・っ・・・・ちょ・・待っ」

急な動きに対応しきれなかったらしい。
山本は息苦しいのか、それ以外の理由か。
どんどんその顔を赤くして、次第に体から力が抜けていった。


リボーンは知っている。
アリッサが云う『愛してる』は『ありがとう』と同義語である事を。
そんな女たちをリボーンが敢えて選んでいるからだ。



「アリッサも、エリーナも、スージーも、そしてビアンキも同じだ」



重ねていた唇を離し、山本が知っているであろう愛人達の名を挙げた。
深く呼吸を繰り返している彼はきょとんとした視線を向けて、その先を促した。
まぁ、それはそうかもしれない。
話の脈絡がおかしいのは自分でも承知している。


「アイツ等は1番に愛されなくても2番目でいいと思ってる女たちだ」


自分が最も欲しいモノを知りながら、この世では決して手に入らないことを悟っている哀しい女。
足掻くことさえ無駄だと分かりながら、想うことを止めない美しい人間。




「・・・どういう意味だが分からねぇんだけど。ビアンキ姉さん達は、みんな、お前を一番愛してるぜ?」


理解できないと山本が首を傾げている。
濡れた唇も、潤んだ瞳もそのままに、それが妙に色気を醸し出していた。



「ビアンキは昔からシャマルに惚れている。だが、あの男は何があってもビアンキに手を出すことはない」


軟派で女好きのどうしようもない男だが、シャマルも一流のプロの殺し屋だ。
かつてと云えど、一度でも利害関係を結んだ相手の身内には絶対に手を出さない。
そして何よりシャマルにとってはビアンキも獄寺も餓鬼としか映らないことをリボーンは理解していた。


「俺はそんなビアンキの心ごと抱いてやってるだけだ」


誰かを本気で想う心は純粋で、それはこの世で最も美しいもの。


「他の奴らも同じ。すでに一番大事なものを持ちながら報われない女たちだ」



きっとそれはリボーン自身、一生持ち得ないであろう綺麗な感情。
だからこそ、そんな心を持った女たちを欲しいと思うのだ。
その心ごと、抱いてしまいたいと思う気持ちは同情だけではない。
そんな彼女達と対極にいるような存在である事は己が一番良く分かっているから。
まるで小さな子供がおもちゃを欲しがるような、自分勝手な欲求を満たす行為である。




(ただ、それでも最も哀れなのは・・・)




「山本、お前は俺に何を望む?」


少年の頃から傍で見守り続けてきた彼の心の中だけはリボーンでも分からなかった。
未だに組み敷かれたまま、真っ直な瞳で見上げてくる山本。
誰よりも平凡な家庭を持つことが似合うような青年。
家族を丸ごと愛していくであろう姿を簡単に思い描くことができる。


それなのに、なぜ。

こんな血に塗れた死神の愛人など続けているのか。


出会ってから約十年。
熱を交わす関係になってから、およそ2年。

新たな歯車が今、動きだそうとしていた。



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2009/07/20

改 2009/09/12

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