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『できるだけでいい。リボーンの傍にいてあげて』
イタリアで就任式を終え、正式にマフィアのボスとなった綱吉の執務室。
呼び出された山本が部屋に入った時、その場には綱吉本人しかいなかった。
いつもなら秘書を兼ねている獄寺か家庭教師であるリボーンが居たから驚いてしまったけれど。
何か大事な話なんだろうと平静を装い、いつも通りの顔で親友と向き合う。
そこで言われた綱吉の願い。
これは命令ではなく、お願いなんだと優しい笑みを乗せて彼は言った。
『このイタリアじゃリボーンも立場があるから、きっと今まで通りなんて無理だと思う』
豪奢な机の上には綱吉のサインが入った書類。
それはリボーンに対する暗殺任務の依頼書だった。
アルコバレーノの呪いが解け、赤ん坊の姿ではないと言っても、
リボーンがボンゴレ最強の殺し屋であることには変わりない。
そしてボスとなった綱吉がこうして命令する立場になったことを山本は痛感した。
これから、リボーンは綱吉を含めた10代目ファミリーの後見人としてだけではなく、
こういった暗殺の仕事をこなしていくのであろうことを綱吉は示してくれているのだ。
目の前の事実に対し、戸惑いが無いわけはないけれど。
『小僧は小僧だろ?オレちゃんと分かってるから。ツナ、そんな泣きそうな顔すんな』
ボスになると決意した綱吉はすっかり頼れるリーダーへと成長していたけれど。
それでも今は違う。
気分はすっかり中学生の頃のように、彼を安心させるためニッコリと微笑んで見せた。
笑顔が好きだと、リボーンも綱吉も師弟共にそう言ってくれたことを思い出す。
『ありがとう、山本』
親友と交わした約束。
それは山本の胸に、確かに刻まれることになったのだった。
最果て 2
リボーンからアリッサの葬儀に参加するか、と問われた時。
山本は迷わず首を横に振った。
それは2人の関係を知っている者としての配慮というよりも。
単に自分が彼女の死を受け入れたくなかっただけだと思う。
まだ30代という若さで、彼女は逝ってしまった。
リボーンに連れられて入った店内はいつもコーヒー豆の良い香りで満たされていた。
馴染み客には専用のカップが用意されており、山本のカップには蒼いラインが入っていた。
まるでイタリアの海を思わせるようなその色がとても気に入り、何度も店に足を運んだ。
日本にいる頃は緑茶ばかりであまりコーヒーや紅茶を飲む習慣が無かった山本でも、
彼女の淹れてくれたエスプレッソを飲むことが生活の楽しみになっていた。
リボーンとの思い出を話す彼女は少女のように顔を赤くして、彼のことを語っていた。
山本が彼女とリボーンの関係を知っていたように、アリッサもまた、山本とリボーンの関係を知っていた。
まるで姉のように優しい笑顔で迎え入れてくれる彼女のことが大好きだった。
だからこそ。
葬儀には行けなくてもその晩だけはリボーンに会いたいと思った。
故人の思い出を語り、彼女の生涯を互いに誇り合いたかった。
素晴らしい人だったと、彼女に出会えてよかったと、話し合いたかっただけ。
それなのに。
教会から帰って来たリボーンの表情から、彼女はすでに抜け落ちていた。
玄関まで彼を迎えに出た自分に対し、なぜ居るのか分からないという顔をして。
悼む気持ちなどすでに消え失せた後なのだと山本は悟った。
(あぁ、そうだ)
それでこそ最強の殺し屋。
山本に戦いの基礎から女の口説き方まで幅広く教え、人の死を引きずるなと諭した男。
死は人を裏切らない。命だけは平等なのだと何度も山本に教えてくれた人。
だから仲間の死を、部下の死を、敵の死を、受け入れて。
山本は前に進み続けることができた。
それでも、今夜はそれが無性に悲しかった。
だから。
『なぁ、小僧。好きに・・・・好きにして、いいから』
そんなに孤独にならないでくれ、と叫びそうになる声を必死で殺す。
どうか伸ばした手を握ってくれと。
祈るような気持ちで笑みを浮かべるだけ精いっぱいだった。
そして誘われた寝室に押し倒され、噛みつかれるようなキスをされた時。
山本の心に広がったのは安堵だ。
アリッサへの追悼はならなかったが、今は生きながら死んでいるような目の前の男を暖めることが先決だった。
ゆっくりと話ができるようになった時にはすでに日付が変わっていた。
それから、リボーンと彼女達の話を山本は静かに聞いた。
途中で何故かベッドに押し倒されてキスされたことに驚いたのだが。
話を含めどれも予想外のことばかりで、自分の未熟さを反省するしかない。
「山本、お前は俺に何を望む?」
先程まで何度も熱を交換したベッドは様々なもので濡れていて心地悪かった。
それでも上から圧し掛かるように押さえつけられて、激しく口づけられた後の思考はうまく働かない。
ただでさえ数時間に及ぶ行為で負担が掛かった身体は思い通り動いてくれないのだから。
だが、リボーンの強い視線は答えるまで離さないと告げていた。
今まで問われなかったことが、奇跡かもしれない。
「俺は昔からお前が持つその無垢さを綺麗だと思った」
答えようとしたのに、リボーンの方が先に言葉を紡いだ。
それがあまりにも意外で、山本は彼を凝視してしまった。
「お前はどれだけ俺が抱き乱しても、穢れることがない」
違う、と否定したいのに。
まるで言葉を忘れたように、唇だけが空回り。
「どうしてお前は、昔から俺を恐れない?」
見上げているリボーンはただ、無表情だった。
眉ひとつ動かさずに淡々と言葉を告げている。
昔から誰よりも強気で、強引で、自分勝手な男なのに。
自分の裡に入られることを極端に嫌がる。
いや、それこそリボーンにとっては恐怖なのかもしれない。
「山本、お前には大事なものが山ほどあるはずだろう」
そう言われて思い浮かぶのは、仲間であり、父親であり、己の剣術であり。
山本には捨てきれないもの。愛しいものばかり。
そして、その中にリボーンだって入っていることを、彼はどうして気付かないのか。
「俺は違う。俺は何も持たねぇし、残すつもりもねぇ」
赤ん坊の頃から変わらない漆黒の瞳。
その闇の中に吸い込まれそうだ、と場違いなことが頭を過ぎった。
「俺の望みは独り、死ぬこと。ただそれだけだ」
そんな俺にお前は何を望むんだ、と言うと。
言葉を閉ざしてしまったリボーン。
その瞳の中に、感情は何一つ見当たらない。
彼が言った言葉はすべて真実なのだと、嫌でも山本は感じ取ることができた。
(・・・・知ってたぜ、小僧)
「だから、オレはお前に抱かれたんだ」
綱吉に頼まれたからではない。その前からずっと、思ってきた。
どうしたら男の傍にいられるか、ただそれだけを。
「小僧がそう望んでるからこそ、オレはそうさせたくないと思ったから」
赤ん坊の姿をしていた時、器用に肩に乗っては一番近くで会話をした。
その体温を感じて、呼吸を感じて、彼は生きてるのだと感じることが嬉しくて。
そんな平凡な毎日が山本は大好きだった。
しかし、その小さな体に背負う運命を知った時から、何か力になりたいと考えるようになった。
何か出来ることを探して、リボーンを肩に乗せ続けた学生時代。
こうしてマフィアとなり、赤ん坊の呪いが解けてから。
必然的に彼の傍にいることができなくなった。
それが、きっと。
己の中に覚悟が決まった瞬間だったと思う。
「どうしたらお前の一番傍にいられるか考えたらさ、お前の懐に入るのが一番いいだろ?」
犠牲だなんて思っていない。
リボーンを繋ぎ止める為に必要だというのなら、いくらでも差し出せる。
「だから逃がさねぇよ、小僧」
お前を独りじゃ、死なせない。
山本は生れながらの殺し屋だ、と言ったのはリボーンだった。
今なら分かる。
戦う前から諦めるなんて真っ平で、狙った獲物を逃がす気なんて起こらない。
きっと、この想いは、己の生涯で唯一無二の願いなのだと。
断言できると、山本は信じているから。
「・・・・・山本。お前は救いようのない馬鹿だ」
そう言うと、リボーンの顔が降って来た。
キスされるのかと思いきや、額を押しつけるように崩れ落ちたのは己の左肩で。
(泣いてる、なんてことねぇよなー・・・)
「泣いてねぇからな」
まるで心の中を読まれたようなタイミングでリボーンが喋った。
確かに声は震えていないし、人前で涙を流すなんて性格じゃない事はよく知っている。
それでも、こんなに無防備である男の姿を初めて見た。
「はは、知ってるのな。でも、俺の肩なんてお前専用みたいなもんだから」
いつでも貸すぜ?
そう告げると、今度こそ顔を上げたリボーンが首元に噛みついて来て。
「調子に乗んなよ、山本。そんなこと、とっくの昔から知ってるぞ」
不敵な笑みを浮かべた瞳を目が合った。
これでこそ、いつも通りの彼である。
リボーンはこれからもきっと、女たちを大切にし続けながら。
己の死に場所を探していくのだろう。
それがたとえ世界の最果てであったとしても。
自分だけは、彼の背中についていく。
そして何より。
彼が振り返ることはなくても、追いかけていく許可を貰えたことが嬉しくて。
山本はまるで昔、ホームランを打った後のような満面の笑みを浮かべたのだった。
Fin.
2009/07/20
改 2009/09/12
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