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『ちゃおッス、少し邪魔するぞ』
就寝前、部屋の電気を消した直後に聞こえてきた声。
同時に感じた気配はすでに馴染みとなったものだった。
『よう、小僧。こんな時間にどうしたんだ?』
『・・・・・・山本、』
暗闇の中において部屋に差し込む月光がやけに眩しいにも関わらず、
ボルサリーノの下に隠された赤ん坊の表情を窺うことはできない。
それにしても窓の鍵は閉めたはずなのに、一体何時の間に入ってきたのか。
相変わらず神出鬼没で、面白い赤ん坊だと思う。
山本は布団から起き上がって、その姿をじっと眺めていた。
『お前が決めた覚悟の代わりに、俺の秘密を教えてやる』
その決意を示すように持ち上げられた帽子の淵。
ニヤリと意地悪く笑んだその表情を、今度はハッキリと見ることが出来た。
赤ん坊のくせにどこか重く、低い声で言葉が続いていく。
それはまるで深い海の底にいるような静けさと、
暗い夜の闇に舞う雪のような冷たさを含んだ響き。
出会ってすでに数年。
並盛中学を卒業した後も結んだ縁は消えることがなく、
この赤ん坊や綱吉たちとファミリーとして過ごす日々の中。
家庭教師と名乗る黒衣の赤ん坊から語られた、アルコバレーノの真実。
明日の授業のことや訪れていた眠気のことも一切忘れて、
まるで夢物語のような長い話を山本は静かに聞き続けた。
それは。
甲子園を目前にしながら、野球部を退部した夏の夜の出来事だった。
奇跡の花 1
「皆様!お忙しい中お集まり頂きまして誠に有難うございます!!」
ボンゴレファミリー10代目ボスである綱吉の執務室。
当主である綱吉以下、守護者を含めた幹部が勢揃いしていた。
その中心で胸を張って話し始めたのはボンゴレの技術者であるジャンニーニ。
掲げるように腕に抱かれた機械は、全員がよく知ったモノだった。
「こちらが開発に開発を重ねて完成した20年バズーカで御座います!」
じゃじゃーん、という音が聞こえてきそうな程、その声は誇らしげである。
数ヶ月前から研究していたモノを作り上げたのだからジャンニーニも嬉しいのだろう。
「マジで作っちまうんだから、ジャンニーニはすげぇのな」
「うん。本当だね。これでランボの怪我が減るといいんだけど」
隣では綱吉がニコニコと笑っていて、それを見て山本自身も嬉しくなった。
数ヶ月前、綱吉から雷の守護者であるランボに対して、とある任務が下った。
それは同盟ファミリーであり、昔から良き兄貴分であるディーノに重要書類を届けるというもの。
危険度が高いわけではなかったので15歳となったランボに白羽の矢が立ったのだが、
その書類を欲した敵対ファミリーが強奪を企てて戦闘になったのである。
小さな頃からマフィアの一員であり、10年バズーカのお陰である程度の戦闘力が身についていた彼であったが、
その時は奮闘したものの、あと一歩で命を落とす寸前まで追い込まれてしまった。
救援のために向かった了平の部隊が間に合ったのでランボも書類も無事だったのだが、
ボンゴレ10代目ファミリーの後見人も務める最強のヒットマンがそれを許すはずがなかった。
無茶な修行を科せられて泣きだしたランボを気の毒に思った綱吉がジャンニーニに相談した結果、
彼はランボが持つ10年バズーカを改良して、20年バズーカを作りだすと宣言した。
今日は完成した品の発表会。どうやら上手くいったようである。
嬉しそうな面々の中にリボーンの姿はない。
彼は数日前から任務のためにイタリアを離れている。
(これで少しは小僧の機嫌が直ったらいいんだけどなー・・・)
ランボを見かけるたびに制裁を加える赤ん坊を止めるのは一苦労だから。
成長しないアルコバレーノは出会って10年経った現在も小さな姿のまま。
それでも最強に相応しい強さと経験と頭脳を持ち、ボンゴレに無くてはならない存在。
何よりも、今の山本自身にとってはそれ以上に。
『お前を全部愛してぇ。山本、俺のモンになっちまえ』
9代目が体調不良のために引退することが決定し、皆で高校を中退してイタリアに来たばかりの頃。
雨の守護者として宛がわれた執務室で休憩していた時にやって来た黒衣の赤ん坊。
問答無用で眉間に銃を突き付けられて、告げられた彼の言葉。
それは告白というよりも、脅迫と呼べるようなものだった。
もうその頃には赤ん坊にかけられた呪いのことも、男の正体も全て教えられていた。
彼が持つ覚悟を。孤独を。矜持を。すべて知って、傍にいた。
だから、戸惑いは一瞬。
笑ったまま頷くと、噛みつくように重なった小さな唇。
互いに熱を分け合うような感覚が何よりも新鮮で。それだけで、充分だった。
黒衣の小さな赤ん坊が山本は俺の愛人だ、と称し始めたことにより、
皆からすごい反発や説得を受けたけれど、どれも全部笑って誤魔化した。
それから。
いつも通り赤ん坊を肩に乗せる以外に、優しい口づけを何度受けたことだろう。
そんな毎日がこれからもずっと続くのだと、疑うことなく。
確かにそう信じていた。
(うぅ・・・オレ、何でアイツのこと思い出してんだろう)
目の前ではジャンニーニが高らかに20年バズーカの説明を繰り広げている。
一瞬でも過去の記憶に囚われて赤くなった頬を誤魔化すように、頭を左右に振った。
耳まで赤くなっていなかったらいいな、と思いながら、周囲を見渡したが、
どうやら自分の様子に気づいた人間はいないと判断して、小さく息を吐きだした。
「ではランボ様、少し扱い方が変わりますのでお気をつけて」
「は、はい!えーっと、これ・・・?」
ランボはジャンニーニから手渡された20年バズーカを物珍しげに眺め、
早速実験とばかりに引き金を引こうと指を伸ばす。
「ぉぉぉぉお、お待ちください!そのままでは・・っ」
慌てたようにジャンニーニが腕を差し出した。
その右手がバズーカに当たり、軌道が変わったまま何かが発射される音が響く。
「ツナ、危ねぇ!!!!」
気付いた時には身体が動いていた。
高速で向かってくる弾から綱吉を庇うために、その身体を突き飛ばして。
「山本・・・!!」
最後に聞こえたのは大事なボスであり、親友でもある青年の声。
不安げな叫びを耳で拾いながら、いつの間にか視界が白い煙で閉ざされて。
ボフンッッッ
大きな爆音と共に何か強い力で身体を押し潰されるような衝撃が襲いかかって来た。
不意打ちで目を開けていられず、息をすることさえ儘ならないまま。
一瞬の間に、山本は意識を手放したのだった。
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2010/01/09
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