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朝から降り続いた雪は日が暮れた後も、並盛町に舞い下り続けていた。
今年一番の積雪量として、今では辺り一面真っ白な雪景色。
空を見上げても止む気配は見せず、はらりはらりと落ちてくる。
リボーンがいる並盛公園も、明日には白一色の世界に目を輝かせた子供が大量に現れるに違いない。
誰にも荒らされていない真っ白な絨毯のような光景がひどく贅沢に思え、人知れずリボーンは口元を緩めた。
同じ色しかない世界。
すべてを覆い隠してしまう雪。
街灯だけがぼんやりと光る以外、闇夜に溶け込んでいく白銀の世界。
ここにはまるで自分しか存在していないのではないか、と錯覚しするような静けさだった。
無と静寂。
いつか最期に己が辿り着くであろう終焉の場所は、きっとそんな処だろうと思う。
それに憧れと救いを抱き続けていつの間にか、こんな極東の島国までやって来てしまったのかも知れない。
(馬鹿馬鹿しい・・・)
静かであるが故に余計なことまで考えてしまうのは、永い時間を生きてきた証か。
アルコバレーノの呪いを受けてから、すでにどれだけの冬を越えてきたのか。
数えることすら放棄して、春を待ち望む気持ちさえ忘れてしまった。
「えっ、あれ?小僧、か?」
独りの世界に響いた、少年の声。
春の息吹のような瑞々しさと生気に充ち溢れた響き。
「・・・山本、こんな雪の夜に何してんだ?」
公園の入り口から、己がいる滑り台まで駆け寄って来た山本。
彼は黒いダウンジャケットを着込み、深緑色のマフラーを巻いていた。
紺色の傘を差し、手に持ったビニール袋からは何故か桶が飛び出している。
「家の風呂が壊れたから銭湯に行ってたんだ」
風呂上がり。どうりで少し頬が赤いはずだ。
しかし血色良く笑った顔が、ふと戸惑ったように変わった。
「小僧、傘も差さずに寒くねぇの?風邪引いちまうぞ」
そう言われて改めて己の恰好を見てみる。
確かに上着もマフラーも手袋も着けず、お馴染みのスーツのみという姿は奇妙しいだろう。
それでも、この身体は不思議と寒さを感じないから。
特異な身体を持つ故か、殺し屋として培った経験故かは知らないが。
「俺は何ともねぇぞ。お前こそ湯冷めするだろ。早く帰れ、山本」
ただですら野球部期待の星である彼が、投手として宝である肩を冷やして良いはずがない。
何よりただ静かに、雪の世界に身を置いていた今、山本という少年の存在は強烈で。
色が生まれてしまいそうだとリボーンは思った。
「・・・・小僧、何だか雪に溶けちまいそうなのな」
ざくり、ざくりと雪を踏み締めて山本が滑り台の下にやって来た。
近くに来たことによって更に顔がはっきりと見える。
何かを怖れるような、何かを悲しむような瞳。
「溶けるわけねぇだろ。山本、風邪引いたら野球できなくなるぞ」
早く帰れ、と何度も促すにも関わらず、全く動こうとしない。
そんな様子に思わず舌打ちが2人の間に大きく響いた。
すると、今度こそ山本は意を決したように、雪が積もった滑り台の階段を上り始めた。
「山本、俺は帰れって言ったんだぞ」
「ハハ、もう来ちまったのな」
最後の段を上りきった山本がそう笑い、気付けば彼の腕の中に閉じ込められた。
服の上からでも風呂上がりと分かるほど、彼の身体は温かい。
彼の差していた傘によって、降る雪が遮られてしまった。
「おぉ、すげぇ景色!雪ばっかでキレイだなぁ」
無邪気に笑う姿は十四歳という年齢よりも幼く見える。
斜め下からじっと見つめると、視線に気付いた山本がこちらを向いた。
「ほら。やっぱり小僧の手、冷たいぜ?」
わざわざ手袋を取って確認し、我慢してたんだろ?と見当違いのことを言う。
雪の中に佇んでいたため、スーツは雪で濡れて冷たくなっているはずなのに。
自分が濡れるのを気にせず、心配げな顔をする姿は相変わらず山本らしい。
馬鹿がつくほどお人よし。
自分に厳しく、他人に甘い。
誰でも受け入れ、認めてしまう性格は彼の才能だが、それ故にいつも危うい。
(本当の俺を知ったら、お前はどう思うんだろうな)
最初はボンゴレのために山本武を欲した。
その恵まれた人望と多彩な才能は十代目ファミリーに欠かせない存在だ、と。
一般人である少年を巻き込むことも厭わなかった。
それなのに、最強の殺し屋であり、呪われたアルコバレーノであるリボーン自身が山本武を欲してしまった。
その欲求は日々、高まるばかり。
「小僧、寒かったら寒いって言えよ」
頬や両手、背中と山本の手が巡る。
摩擦を起こす様に何度も。
スーツの上からでも判る、優しい手。
「ほら、冬はシーズンオフで部活もあんま無ぇし。いつでも小僧と遊んでやれるからさ」
変わらない笑み。変わらない温もり。変わらない態度。
この先、マフィアの世界に巻き込み、傷つけて、将来は野球さえ捨てさせてしまうだろう。
それでも山本は何でもないというように。
「さ、じゃあ一緒に帰ろうぜ」
容易く笑って見せるだろう。
それが身を滅ぼすとも知らないで。
近い将来、この呪われた己の秘密を教えたとしても、きっと彼なら。
「・・・・山本」
小さな腕を伸ばし、冷えた両手で山本の頬を捕える。
渾身の力で引き寄せて、強引に唇を重ねた。
どうしても手離せない、綺麗な存在。
「・・・・・っ、こ、ぞう?」
焦げ茶色の瞳が真ん丸に見開かれ、数度瞬きを繰り返す。
そんな幼い反応に苦笑しながら、山本の唇を指でなぞって。
「山本は、あったけぇな」
腕の温もりはもちろん、唇も、吐息さえも。
生きている、証。
「んー、そうか?小僧が冷た過ぎるんだって」
彼の戸惑いは一瞬で、今は擽ったそうに笑うのみ。
山本が動揺する姿は見たことがない。
見てみたい、いつか。
彼の一番傍らで。
「なんか雪とキスしたみてぇ」
面白ぇのな、と山本が笑う。
どうやら初めての接吻は、赤ん坊の小さな悪戯にされてしまったけれど。
(・・・・今はそれで勘弁してやる)
舞い散る雪の記憶に刻まれた、山本の熱。
それは冷えた身体だけでなく、唇から心まで滲み込んでいくようで。
まるで、やがて来る春を告げるかのような、優しい温かさだった。
改 2010/01/24
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