約一年ぶりの来日だった。
春、それも桜が咲く頃にリボーンは一切の仕事を放り出して、
すでに第二の故郷であるような微かな郷愁を胸に日本の地にやって来る。
右手にはアタッシュケース。相棒のレオンはボルサリーノの定位置で欠伸を一つ。
仕事の関係上、年中世界各国を回っているため旅は慣れたものである。
観光シーズンであるためか、華やかな賑わいをみせる空港内を抜けてタクシー乗り場に足を運ぶ。
ふと空を見上げると青空は見えず、薄い雲に覆われていた。
雨が降るまではいかないだろう、と勝手に予測して、目的地を目指していたのだが。
車が行き交うターミナルに懐かしいバスが止まっているのが目に留まった。
直行便ではないものの、それは確かに並盛町に向かうバス。
かつてリボーンが初めて綱吉の家を訪れる際に利用したバスであった。
感傷に浸るつもりではなく、軽い気持ちでリボーンはタクシーからバスへと移動手段を変えた。
ただの気まぐれだ、と誰にでもなく言い訳するように一人、呟く。
乗客はほんの数名。リボーンは一番後部座席の左側に身体を滑り込ませるようにして座った。
やがて走り出したバスの揺れに身を任せ、流れていく風景を眺めながら、
リボーンはその小さな手で少し錆びれた窓をそっと押し上げた。



頬を掠めた風は温かく、まるで唄いだしたくなるような優しさで。




「・・・・また春が来たぞ、山本」




疼く何かを抑えるように、低く呟いた声は、春の陽気に解けていった。









遠き春







リボーンが家庭教師を任され、並盛町に足を運んだのはすでに半世紀以上昔の話。
当時、何をやってもダメで貧弱な少年を立派なボスにする道は困難だったが、
少しずつファミリーを増やし、様々な経験を経て心優しくも確かな強さを持つ青年へと成長していった。
高齢だった9代目の要請でイタリアへ行き、長いボンゴレの歴史でも伝説ともいえる戦功をあげた10代目ファミリーが誕生。
その栄光は数十年経った今でも語り継がれている。それほどまでに彼らはボンゴレの危機を何度も救って来た。
ドン・ボンゴレである綱吉を中心に6人の守護者がいたが、現在存命なのは嵐のみ。
だが、アルコバレーノの呪いによってリボーン自身は何も変わらず、ただ刻々と時は流れ続けている。


世界も大きく形を変えていた。
北アメリカ、南アメリカは統合して一国家を創り、オーストラリア、アフリカも諸島を含めて新たに建国され、
日本を含むアジアも今では連合国として通貨や産業が幅広く扱われ、政治や国際関係の共有によって独自の繁栄を見せ始めている。
先駆けとして結ばれていた欧州連合(EU)は今や世界の中でも権威の下、強靭な力を揮っていた。
リボーンの母国・イタリアも今では国家としての力は縮小され、もっと大きな政治的位置で統治されている。

着実に、時代は動いている。
赤ん坊の姿のまま、リボーンは永い年月をずっと見つめ続けてきた。







バスに揺られ、並盛町に到着した頃には陽が少し傾き始めていた。
街並みは昨年とはあまり変わっていないが、初めて訪れた当時とはまるで異なる。
人口の増加や技術の向上に伴い、都市部から離れた小さな町でも高層ビルが目立つようになった。
また、緑化計画によって植物が管理され、風景も大きく変わってしまった。
10代目ファミリー達がまだ少年だった頃、何度も花見をした公園も移転の際、取り潰されることになった。

今でも記憶に残っているあの頃。
共に過ごした時間は日本よりもイタリアでマフィアとして過ごした時間の方が長い。
それでも、まだ学生だった彼らの取り繕うこともなく、ただ懸命に毎日を過ごす姿がやけに眩しかった。
中でもリボーンが目をつけ、鍛え、見守り、甘やかした人物は一人しかいない。
雨の守護者・山本武。
病によって息を引き取ったのは四十になる前。早過ぎる死だった。
当時、山本は幹部の中でも最前線で戦い、総指揮を任されることも多かった。
そんな状況ではもちろん大きな怪我を負うことが多く、結局はその傷口から菌が入り込み、倒れた。
彼には日本人の妻と子供が居た。
結婚生活も十年を過ぎたばかりで、愛する息子も幼かった。
覚えている。病室を訪れるとベッドの脇には必ず家族の写真が置いてあった。
心配で泣きそうになる妻と無邪気に笑う息子をいつも笑顔で見送り、
彼女らが居なくなるとずっとその写真を眺めていた。
何か声をかけるでもなく、何をするでもなく、暇さえできればリボーンは山本の病室に通った。
最初は、忙しいのに無理すんな。とか、オレは大丈夫だぜ小僧。と、
苦笑しながら言っていた彼も、無言で通い続ける内に何も言ってこなくなった。
ただ、本を読んだり、資料を作成したり、銃の手入れをしたり。
山本の病室でする必要がまるでない作業を黙々と続けていると、山本がひとり、話しだすようになった。
家族が居る時はともかく完全に二人になって生まれる沈黙が彼には重かったのかも知れない。
彼が生まれた頃から綱吉達と出会った頃の昔話が楽しげに語られ、イタリアに来てからの話も尽きることなく。
それはまるで彼が歩いた軌跡を辿るように。


リボーンと山本は師弟関係でありながら、一定の距離を保っていた。
信頼関係があるからこそ何も語らずとも信じ合える仲間であった。


だから、山本は知らない。
教えようとも思わなかった。こんな独り善がりな感情など。


やがて病室でひとり、語られる話は山本の家族にまで巡りついた。
彼は家族を愛していた。父親への敬意は深く、妻や息子に対する情は厚かった。
誰よりも家族を大切に思い、愛情を与え続けた山本は、やはり家族に看取られて静かに息を引き取った。

リボーンはその時、日本に居た。
病状が悪化しているにも関わらず、やはり昔ながらの暢気な口調で、並盛の桜が見たいな、と彼が言ったから。
すでに開花された時期である事は互いに知っていたが、すでに起き上がっていることさえ不可能になった男が、
飛行機になど乗れるはずがない。そんなことは十分解っていたはずなのに、山本は言ったのだ。
彼が生まれ育ち、自分達が出会った町の桜が見たい、と彼が望んだ。
こんな時、山本は卑怯だとリボーンは思う。
いや、そんな計算があの天然100%の彼にできるとは思っていないが。
何よりどうしても山本には甘くなってしまう己に頭を抱え込んでしまうだけ。
リボーンは桜の写真を撮るためだけに、日本に向かった。通い慣れた道中だった。
そして無事に並盛の桜を撮影できたが、山本は故郷の桜を見ることなく、逝ってしまった。
リボーンは間に合わなかった。









ひらり、ひらり。花びらが舞う。
並盛公園の桜はすでに無いが、早々に取り壊されたあさり道場の傍の桜の木は残されていた。
山本が知っている頃よりも着実に幹は太くなり、枝も大きく広がっている。
それでも彼が触れた幹であり、彼が見た桜の花が確かに此処にあるのだと信じずにはいられない。




「今年も咲いたな、山本」



山本はボンゴレが支援するイタリアの教会の墓地に眠っている。
彼だけではなく、綱吉達10代目ファミリーや縁者たちも同じ場所に葬られているから、寂しくはないだろう。
ただ、山本には似合わないと思う。周囲に気を遣い、誰よりも優しい彼だから言えなかったかも知れないが、
本心は帰りたかったのではないかと。並盛町という故郷に、還りたいと思ったのではないかと。
勘ぐってしまう己を腹立たしく思いながら、それはもはや確信だった。


風に揺られて散っていく桜を見上げ、リボーンはボルサリーノを外すことにした。
何ものにも遮られることがなくなり、視界が一気に薄紅色に染まる。
今年もその様は見事だった。





『山本は桜が好きなのか?』
『おう、まぁな。日本人は大概好きだと思うぜ?』
『そうなのか。俺もきれいだと思うぞ』
『んー、オレはちょっと別の理由、かな。変かも知れねぇけど』
『変?どういう事だ?』
『そうだなー、懐かしいっていうか、妙に愛着があるんだ』
『日本人の心ってヤツか?』
『ハハ、小僧は難しいこと知ってんな!でも、ちょっと違うのな』



イタリアに渡る前、剣術の稽古を終えた山本と道場の軒先に座り、
2人でこの桜の木を眺めていた時に、そんな会話を交わした。



『似てると思うんだ、オレ達と』
『この・・・桜が、か?』


群衆の中、養分を吸って蕾を付け、花開くために時間をかけて。
ようやく咲いたと思えばほんの一瞬。その次にはいつ散るのか。
まるで判らないまま、それでも咲き続けるしかなく。
やがて他の花びらと一緒に風に乗って舞い散っていく。
儚いと人は云う。それは、自分たちにも云えることだと。
その生き様がまさに人間と同じだと山本は告げた。


やがて散る。それでも咲くために努力し、咲き続けようと強く生きる姿が。
とても愛おしいのだと、まだ二十歳にも満たない彼が語った言葉はリボーンの胸に強く刺さった。



きれいだと思う理由が分かったような気がした。
桜に似ている。健気に、それでも凛々しく、強くあろうとする姿が隣の少年に重なるのだと。
だからこそ、こんなにも愛しいのか。
こんなにも美しく、静粛に生と死を語る人間に初めて出逢った。







「お前も見ているか、この桜を」


今でさえ隣にいるかのように語りかけずにはいられない。
リボーンは己が異端である事を知っている。アルコバレーノの呪いによって、
不老の身となった。その運命を受け入れる覚悟が決まったのはすでに遥か昔のこと。
何度も近しい人の死を見送り、新たな人間と出会い、その人生を見届け、また見送る。
繰り返される時間の流れに独り、逆らっている自分の何と醜いことか。
山本が語った人間としての定義を超えた存在であることが、ただ悲しい。
それでも課せられた使命と交わした約束を守るために、延々と生き続けている。





「お前の息子は世界一になったぞ」


山本が遺した愛息はボンゴレに加入することも関わり合うこともなく、
イタリアでメジャーなF1のレーサーとして勝負の世界に挑んだ。
まずプロになるだけでも英才教育が必要な上、多額の資金と援助がいるスポーツ。
リボーンは自ら彼のスポンサーになることを希望した。
家族を頼む、と冗談交じりに言った山本の一言さえリボーンには絶対的な優先事項だった。
彼の息子は世界の頂点に立った。
命の取り合いではない、真剣勝負の世界に挑み、勝った。
山本に似て負けん気が強く、誰よりも努力する真っ直ぐな人間。
スポーツの世界で戦う息子の姿を誰よりも応援しているであろう山本のためにも、
彼の息子が生涯を終えるその時まで。
自分は確実に生き続けなければならない、とリボーンは思う。





決して手に入らない、手に入れてはならない、美しい人間。

桜の花のように潔く、けれど強くあろうとした、愛しい青年。





「また、な」



満開の桜の下、ボルサリーノを被って歩きだす。





また来年。
再びこの場所で。


もう二度と逢うことは叶わない彼との邂逅を祈って。






春はまだ、遠い。



Fin,

2010/04/01


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