十年後の世界に飛ばされ、自分達の未熟さを思い知って、新たな敵との戦いに向けて各自の修行が始まった。
何処からともなく現れた十年後の雲雀と綱吉の修行の行方を心配しながら、山本はアジトの地下十階に作られた道場に向かい、
その場で感じた確かな殺気に息を呑んだ。あの時に生まれた感覚は、恐怖となって山本の身体に染み付くこととなるのだが、
当時はまるで全身に剥き出しの銃口を突き付けられたのと同じような冷たい気配に、身構えるだけでただ必死だった。
振り向いた先に居たのはいつもの赤ん坊だと分かった後も、本当に彼だったのかと疑うほど普段通りの会話に気が抜けて。
それからは勝負、勝負の繰り返し。あまり自分のことを語らない赤ん坊の秘密を聞く権利を得るという、何とも目先のご褒美にばかりに
気を取られていた。マフィア『ごっこ』じゃない、と気付き始めていた矢先の出来事だったから、余計気になったのかもしれない。
山本は綱吉ほど覚悟が合ったわけではない。獄寺ほど理解していたわけでない。
それでも、仲間の為に戦いたいと強く思う気持ちは本物で。
赤ん坊による最終試験に合格した時、山本にとっては目を白黒させるしかない衝撃的な言葉の数々に言葉を失った。
そんな反応は予想済みだと言わんばかりの赤ん坊の笑みは、相変わらず強気で、揺るぎない自信に満ち溢れていたけれど、
いつも肩に乗せて笑い合っていたいつもの姿を思い出せなくなって、暫らくの間、山本は小さな身体を抱き締めるしかできなかった。


それから本当に共有することになった秘密のおかげか、純粋な師匠と弟子以上の信頼関係で結ばれていたと思う。


誰よりも自由に振舞う小さな背中を見つけるようになった。
発せられる言葉の意味の更なる奥を考えるようになった。
彼が背負う運命の重さを知ったからには、少しでも手助けがしたいと考えるようになった。





『山本、お前は笑ってろ。ツナの為を思うなら、ずっとそうやって笑ってろよ』

『よく解んねぇけど、小僧がそう言うなら。みんな行っちまっても、オレはずっと笑ってるのな』





疑うことさえ知らないように、受け入れた言葉は今も、この胸の中。







心音はただ、真実を語る 2






あまりにも殺風景な部屋だった。
病室だから当たり前かもしれないが、ベッドを囲う生命維持装置の音だけが部屋に響いている。
それ以外は何もなく、博識でいつも本や新聞を読んでいた赤ん坊を知っている為、本当に彼は寝ているだけなのだと実感した。
照明をつけようと思ったが、大きな窓の向こうから差し込む月光だけで十分だと思い、山本は一歩一歩近寄って、
真っ白なベッドに横たわる男の顔を覗きこんだ。



「初めまして?んー、でも、小僧なんだよな」



点滴のため、布団からはみ出した腕に視線を移し、もう一度顔を眺める。
赤ん坊の姿との共通点を見つけようと暫らくの間眺めてみたが、見当たらず、知らず溜息を吐きだした。





「小僧、オレは来てもよかったか?それとも怒ってっか?」




中学三年になって全員で進路の相談をして、綱吉の決意の元、皆でイタリアに渡ると決めた時。
山本はそのままイタリアでマフィアになることを自然と理解し、認めていた。特に明言したわけではなかったが、皆の士気が上がる中、
このまま仲間たちの為、剣を手に戦って生きていくのだろう、とぼんやり思いながら、大号泣する獄寺の顔を眺めていた。
ただ一人、山本に現実を突き付けたのは赤ん坊だけで、彼の鶴の一声で山本は日本に残ることになった。


『お前の意志が固まったら来い。未練ばかりで生き残れるほど甘い世界じゃねぇんだぞ』


見透かされていたのだろう。赤ん坊である彼は優しいけど厳しい、そんな男だから。
堕落という名の甘えは絶対に許さない。認めない。半端な覚悟は必要ない、と真正面から言われると、言葉がなかった。
敵わないな、相変わらず。昔から山本に甘いようで、実は守られていたのは自分だと気付いたのも地下アジトの道場内でのこと。



「・・・・オレの意志」


日本に残ってずっと考えてきた。
朝晩の剣の鍛錬を欠かさず、野球も全力でやって、父親の店を手伝いながら模索した。
実はもう心の奥でその答えは見つかっているのだけれど、許されることではないから何度もその答えを打ち消して。
他に理由を探し続けて、いつの間にか成人を迎えてしまってる。成長していないと知られれば、呆れられるだろうか。
ふ、と手を伸ばす。
目の前で眠る姿はまるで人形のようだ。附けられた呼吸器の力を借りて息をする姿は、余りにも似合わない。



「お前の傍で笑いたいんだと言ったら、小僧は許してくれるか?」



綱吉ですら気付いていなかった赤ん坊の様子に気付いたのは、自分だけだと思うのは自惚れだろうか。
魂の孤独。運命の重責。肉体の苦。それらを受け入れ、生き続ける赤ん坊の無機質な瞳は、まさに絶望の海そのもの。
それに気付いてからは自分の無力さに拳を握った。永い時を生きるアルコバレーノからみれば、こちらが赤ん坊に等しいに違いない。
何度力になりたいと申し出ても、返ってきたのは普段の赤ん坊からは信じられないほどの冷たい拒絶。
この感情が同情でも憐れみでもないことを信じて貰う方法も分からず、唇を噛み締めたまま、動けなかった。
いらない、と言われてしまえば、当時の山本が駄々をこねることなど出来る筈がない。
臆病だったのだ。仲間だけでなく、誰よりもただ、師匠である赤ん坊に必要とされたかった。
ただ、覚悟というのは周囲が思うより確実に山本の深層で固まっていて、戦うことも野球を止めることも、思いの外簡単で。
自分を必要としてくれる親友の為、仲間の為、信頼してくれる親父に報いる為なら、きっと何でもできるとさえ思う。
それを与え、導き、教えてくれたのは、他でもない、我らが家庭教師であるリボーンだったからこそ。
強引で、我が儘で、誰よりも遠い孤独の中、小さな身体で戦い続けていた男であることを、山本は知っている。

呪いは解けた。目の前の男の魂は自由を取り戻し、命がまた動き始めた。
傍にいたい。ただそれだけの渇望こそ、山本が見つけ、育ててきた確かな意志。
父親に向けるような敬愛と、綱吉たちに向ける親愛と、それ以上の何かを含んだ、特別な憧憬。




「小僧、早く目を覚ましてくれよ。いっぱい話したいことがあるのな」




すでに一カ月以上眠り続けているという青年の髪の毛に触れる。
耳朶から頬へと手のひらを滑らせると、その体温は赤ん坊の頃からは考えられないほど低く、冷たい事に気付いて指が震えた。
せめてもう少し温かくなるように。そんな祈りを込めて、両の手のひら全体で顔を包みこみ、そっと唇を寄せる。



誰にも知られることがない、山本だけの秘め事。



口付けは確かに、リボーンの頬に落とされた。






「・・・・っ、え?」






痛いほど強い力で拘束された手首に戸惑う間もなく、山本はただ眼を見開くばかり。
茫然としている内に、目の前で眠っていたはずの男が宛がわれていた呼吸器を握りつぶし、繋がっていたはずの点滴をも引き向いた。
片手だけで動きを封じられている山本の頭は混乱によって動きださず、口も空回って言葉が出ない。




山本・・・?




落ち着いたテノールで呼ばれた声に視線だけを上げると、月光に照らされた漆黒の瞳とぶつかった。




「・・・・こぞ、っ、・・・ん・・・ッ!」




小僧、ではすっかりなくなってしまった青年に唇を塞がれて、息をするタイミングさえ奪われ、思考が鈍る。
いつの間にか半身を起した彼の腕が背中に回り、山本は右膝だけベッドに乗り上げる形で抱き締められていた。
上手く考えられない。けれど、時間が動き出したことだけ、それだけは確かなのだと判った。




「は、ぁ、はぁ、小僧、いきなり動いて、大丈夫、なのか?」
「相変わらず危機感のねぇ奴だな。それと、俺はもう小僧じゃねぇぞ」


この一瞬で現状を理解したのか、赤ん坊から本来の姿を取り戻した青年がゆるりと笑う。
絶望が波打つ深い闇ではなく、今のリボーンの瞳はただ、凪いだ海の上に広がる星空のような。
その中に映る己の顔が北極星のように見えて、山本はじっとその奥を眺め、静かに笑みを零した。




「呪い、解けてよかったのな。小僧が解放されて本当に、よか」
「山本」




遮るように響いた声以上に、真っ直ぐな視線を受けて身体が硬直する。
得物を狙う獣のように強く、鋭い、漆黒の瞳。



「これで言える。ずっとお前が欲しかった。お前が必要なんだ。絶対逃がさねぇぞ。もう諦めて俺のモノになれ、山本」




性急に告げられた言葉の意味について、先程の口付けで解らないほど子供のままではないつもりだった。
離れたのは中学生の時で、今の山本はもう成人を迎えた。中身はともかく、経験値と身体能力は上がっている。
ただ、ずっと力になりたい、支えになりたい、と思っていた人物からの求めにどう応じたらいいのか、戸惑うばかりで。
だが、変わらない。というよりも、やはり同じ人物なのだと安心する気持ちばかりが胸に広がり、心を衝いた。




「小僧がそう言うなら、いくらでも」



いつだって山本に何かを要求する強引さは彼の特権で、それを当たり前のように信じて受け入れる自分を山本は昔から知っている。
そう実感し、じわりと温かくなる心を込めて、笑ってみせると、あっという間にリボーンの唇が重なり溺れていった。
これから忙しくなるだろう。大学のこと、野球のこと、親父のこと、ボンゴレのこと、綱吉たちのこと。
共に歩む未来を望んでくれた、目の前の青年の為に。


誰の手も必要としないというリボーンが伸ばしてくれた手を拒むなど、最初から山本の頭には全く無かった。
そんなことに気付くまで五年もかかってしまったが、それでもいいのだ。

明日も、その先も、きっと。
同じように歩みを進めることができる。

命ひとつ、動き続ける限り、ずっと傍で。



重なり合った心音が、ただ、嬉しかった。




Fin.

2011/01/11(以下、おまけ)





(そういや小僧、すげぇタイミングで起きたよな)(あぁ、キスで目覚めるのは我ながらベタだったな)
(えっ、じゃあオレのキス?はは、小僧はお姫様なのな)(サムい台詞は止めとけ。キスは関係ねぇぞ)
(嘘なのか??じゃあ何でだよ?)(愛しいお前が傍に来て、俺が気付かない訳ねぇだろ)
(そんな真顔で・・・イタリア人ってすげぇのなっ)(照れる顔も可愛いぞ、キスさせろ山本)




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