山本武は出会った頃から人当たりが良く温厚で、いつも楽しそうに笑う少年だった。
大らかで、凡そ嫉妬や悪意といった負の感情とは無縁のクラスの人気者。
誰からも愛され、認められ、すべてが上手くいっているようにみえる生き方には恐れ入る。
山本は笑って少し言葉を発するだけで他人に安心感を与え、彼の世界はとても穏やかに見えた。

まず気に入ったのはその才能。
剣豪としての才だけではなく、生まれ持っての度胸の良さや運動神経の良さ。
更に山本はそれに驕れることなく努力し、上を目指すことができる実直な心の持ち主で。
戦闘においてもすぐに頭角を現し、次々と敵を薙ぎ倒してその実力を示して見せた。
そして何よりリボーンが好ましいと思い、山本に執着するきっかけとなったのは、普段の穏やかさを打ち消す、誰よりも負けず嫌いな気の強さ。



「まったく、山本はどこまでも俺好みで困ったもんだぞ」
「??小僧、何か言ったか?おっ、ツーベースヒット!チャンスだ!」


膝の上に座って後ろから抱き締められながら考え事をしていたのだが、どうやら声に出ていたらしい。
最も目の前で日本一を決める戦いが繰り広げられている野球場において、山本はプロ選手達の試合に夢中のようだ。
あえて振り返るまでもなく、キラキラと輝く瞳を大きく見開いて笑っているであろうことは簡単に予想できるので、
リボーンは少し形が崩れてしまったボルサリーノを直しつつ、歓声が大きくなりつつある目の前の試合に意識を向けた。


「っしゃー!小僧、小僧、ホームラン!!逆転だぜ!!」


背後から聞こえてくる大興奮の声。
まるで小さな子供のように無邪気に喜ぶ山本の様子に、リボーンは大歓声の熱など構うことなく、そっと目を細めてみせた。








夢路の果てに









内野席といえど満員御礼の球場内はたくさんの人の熱気に包まれ、観客達は祈るように目の前の試合に集中している。
山本は応援グッズといってもメガホンくらいであとは帽子を深めに被り、出来る限り顔を隠しているようだった。
春に開幕してシーズンを勝ち抜いた球団によって日本シリーズが始まったのは数日前。
毎年いくらか波乱の試合によって最終戦までもつれ込むが、今年はすんなりと今夜勝ったチームが優勝となるらしい。
それを阻止しようとする相手側と、目の前で優勝の瞬間を見たいと期待する観客たち。
山本が贔屓にしている球団は今年、生憎と不調が続いて残念ながら成績は5位で終わってしまった。
それでも彼は無類の野球好き。本人も数ヶ月前の甲子園で輝かしい成績を残した野球の申し子である。
夏の甲子園優勝の立役者である山本は全国的に有名になり、今では外を歩けばあちこちで声を掛けられる。
こんな野球ファンや報道陣が多い場所など悪循環でしかないが、今夜、こうして観戦にきたのは山本の強い意志だ。

甲子園優勝を果たしたのを機に、山本達の学年は野球部を引退した。
といっても純粋に受験生に戻る人間とセレクションを受ける為に勉強と並行して野球を続ける人間と半々だ。
野球を続けようと思う人間ほど後輩育成とは別に、自分の肉体維持も兼ねているのでグラウンドに顔を出すらしい。
もちろん山本も今までと同じように出来る限り部活に顔を出し、自身の自主練も昔と変りなく続けている。
その姿だけを見れば誰もが今後の進路はプロ野球入りか大学野球か、と期待に胸を膨らませるに相応しいものだが。
当の本人は夏が終わってすぐに今後の進路について学校側と話をつけてしまった。
今年の夏、世間を騒がせた期待のルーキーの行方について、各球団や大学野球部、今在籍している野球部の監督等など。
山本に野球を続けさせようと必死の説得が今も続けられているらしい。
日本シリーズ開幕前に行われたドラフト会議ではプロ志望届を提出しなかった山本の進路について様々な憶測が飛んだそうだ。
こうして観戦している今も、正体を知られれば騒がれるに違いないのだが、山本はいつもと変わらない。




(まぁ、山本との時間を邪魔する輩はすぐ撃ち殺してやるぞ)




座席のチケットは山本の分しかないので大人しく抱かれているが、リボーンは観戦中もずっと警戒して周囲の気配を窺っていた。
今日は、特別な夜なのだ。
リボーンにとってではなく、今もニコニコと笑って応援を続ける山本の中で。
今日は平日で山本は明日も学校だ。それでも並盛町から離れたこの場所まで電車を乗り継いできたことの意味。
剛にもリボーンにも頼ることなく、たったひとりでこの地に来ることを選んだ理由。
前日に見た山本の不自然な態度が気にかかり、先回りして山本の前に登場したリボーンは無理やり一緒に観戦を続けている。




『小僧にはホント敵わねぇな。んーと、できればツナには内緒な?』



リボーンの同行を拒むというよりも綱吉に知られることを恐れた山本が何を考え、ここにいるのか。
無理やり聞きだすという荒技はリボーンにはお手の物だが、見かけよりずっと頑固な彼は簡単に口を割らないことを知っている。
だからこそ、こうして待つ。あまり他人に気にかけられることを良しとしない山本だから、きっと自分から話してくるに違いない。
山本は常に周囲の空気を気にかけ、うまく導く術を持っているが、それは自分の内面を話す、または悟らせることを避けるための防衛手段。
誰かに甘えたり、頼ることを知らない不器用な一面もリボーンを惹きつけてやまない。
そんな山本が信じ、心を許す人間は限られているが、親友である綱吉には知られたくないと、彼は言う。
きっと綱吉が知れば、悲しむと確信しているからだろう。もしくは謝罪の言葉を口にするに違いない。
夏の甲子園で山本が日本一になる瞬間を見て以来、綱吉は何か歯がゆそうに山本を見つめることが多くなった。
高校球児が特集される番組には必ず出てくる山本のインタビューを唇を噛んで眺める様子が気に食わず、
何度焼きを入れてやったか分からない。どうせつまらないことを考えているのだろう。
だが、ボンゴレ10代目を継ぐと決めた綱吉に対し、家庭教師の側から働きかける時期はすでに過ぎ去った。
教え子が巣立つためには必要なことだと、最近のリボーンは見守ることが多くなっていた。
綱吉たちの卒業を待ってイタリアに渡り、正式にボンゴレ10代目ファミリーが誕生するまであと残り数カ月。




先ほど見事に逆転してことで、9回裏まで行くことなく、目の前で日本一を決めたチームの監督の胴上げが始まった。
まるで地響きのように沸き起こる大歓声。鳴りやまない拍手とカメラのフラッシュの嵐。
笑い合う仲間、泣きだした選手の肩を抱く者、観客に向かって手を振るなど喜びの表現は様々だった。
プロとして真剣勝負の中、己の身体と技術を懸けて戦い続ける戦士達を、山本は羨望の眼差しでずっと見つめている。
そんな様子に気付いていたが、リボーンは何も言わず、ただ選手たちが歓喜する様を眺めていた。
まるで何かにとり憑かれたように暫らく球場内で優勝の余韻を楽しんでいた山本だったが、電車の時間を思い出したのか、
目の前の光景には何の未練も無いというように、混雑する前にと最寄りの駅へと急ぎ、ふたりは帰途に着くことになった。





住み慣れた並盛町に戻って来たのは日付を超える前だったが、剛は朝市に行くためすでに就寝済みだろう。
山本もそれを分かっているのか焦ろうとせず、リボーンを肩に乗せたままゆっくりと夜の散歩を楽しんでいた。
先程までの喧騒など嘘のように静かな夜。
雲ひとつ見えない星空を見上げながら歩く山本の横顔はどこか哀愁を帯びて、いつもより扇情的だった。




「今日はありがとな、小僧。遅くまで付き合わせちまって悪い」
「俺が勝手に行ったんだから気にすんな。こっちこそ悪かったな、ひとりで観たかったんだろ?」
「んー・・・いや、小僧と一緒に応援出来てよかったのな」
「そうか。なら、いいぞ」



今年は残暑が厳しく、紅葉の時期が遅れそうだという見方通り、十一月に入ったばかりの日中の気温は平均より高い。
それでも深夜になると過ごしやすく、今、こうして山本の肩に座っているだけで頬にひやりと感じる風が心地いい。
まるで世界全てを呑み込んでしまうような夜の闇をリボーンは遥か昔から好んでいた。
殺し屋になる前からずっと、頭上に何処までも広がる漆黒は母の胎内を連想させるように、リボーンの心を穏やかにした。
だからこそ暗殺業は性に合っている。この闇に紛れて人を殺す瞬間が一番興奮すると自覚しているからこそ。
リボーンが己のことを世界最強の殺し屋だと自負する要因の一つでもあった。
夜に生き、夜に死ぬ。そのために生まれてきたといっても過言ではない。
リボーンはどんなマフィアであろうが、国を預かる政治家であろうが、依頼があれば誰であろうと殺すことができる。
この世に存在するどんな権力者であろうともリボーンは誰にも屈しない。だからこそ殺し屋として生き続ける。
それ以外の生き方など、考えるどころか模索したことさえないのだから、正に本能で解っていたのだろう。









「なぁ、小僧」



静かな夜、一遍の曇りも感じさせない山本の声が響いた。



「どうしてもこの目で観てみたかったんだ、オレが昔から憧れていた日本一の場面を」



へらり、といつも通り笑っているのだろう。
それでもリボーンは顔を上げてその顔を見ようとは思えなかった。



「勘違いすんなよ?雨の守護者としてイタリアに行くって覚悟はとっくの昔にできてんだ」
「・・・・・あぁ、分かってるぞ」
「野球続けさせてもらって、甲子園で優勝して、すげぇ満足してんだ!オレはホントに野球が大好きだったんだって!」
「お前の才能は止まることを知らねぇからな。そりゃ周りが放っておかねぇ」


山本に目をつけたのはリボーン自身。その判断の正しさに何度口元が緩んだかしれない。
そして、マフィアの世界で生きるように仕向けただけでなく、山本のすべてを求めた。体も、心も、未来さえも。
闇に愛される死神の手に捕まらなければ、今夜、山本は大好きな野球を観ながら思いを巡らす必要などなかったはずで。
今、リボーンの胸に渦巻くものは、山本に知られるわけにはいかないほど自己中心的な醜い感情だ。
そんな僅かな動揺を悟らせるわけにもいかないので、表情を動かさないまま山本の声に耳を傾けた。



「野球は好きだけど、それより大事なモンがたくさんできた。それってすげぇ幸せなことだよな」



出会った頃から山本の懐の深さは変わらない。
子供のように笑うくせに、大人のように余裕の顔で何でも受け入れる。損な性格だ。
今夜、山本は小さな頃から愛してきた野球との決別を、あの場所で受け入れたのだろう。
野球をする少年なら誰もが憧れる日本一という頂点を決めるところで。
きっと試合を見ながら、山本は野球を続けた場合、自分があのマウンドに立つことを考えていたはずだ。
そして山本ならプロであろうが日本一も勝ち取れる。甲子園で全国制覇を成し遂げたように。
周囲の人間も、山本自身もそれを確信しているに違いない。
それでも、山本は決めたのだ。
殺し屋としての道を歩み続けるリボーンとは違い、山本にはあんなにも熱く、綺麗な世界を掴む権利があるというのに。



「やるからには誰にも負けたくねぇのな。だからこれからは剣士として、オレがみんなを全力で守ってみせるぜ」



野球のバッドを振ってできたタコよりも、竹刀の振り過ぎで硬くなった山本の掌がリボーンの頬を撫でていく。
温厚で包容力溢れる彼が、実は頑固で負けん気の強さは一級品だと知っている人間などごく一部の者だけだ。
リボーンが見つけた、生まれながらの殺し屋。



「山本、それがお前の新しい夢か?」
「ハハ、夢っていうか決意表明ってヤツなのな!」



山本の弾む声が、迷わない心の強さが、呪われた小さな身体に沁み込んでくるようだ。
先程から避けていたが、リボーンはそっと顔を上げて山本の瞳を覗きこむ。
ふわり、とかち合った視線は、どこまでも優しく、穏やかだった。



「頼りにしてるぞ、山本」
「これからもよろしくな、小僧」



当たり前のように共にいる未来を信じてくれる山本が愛しくて仕方がない。
肉体だけでなく、魂までも呪われたリボーンには眩しい彼が、いよいよこちら側に堕ちてこようとしている。
本当は、出会った頃から山本にとっては世界の中心だった野球を、ずっと疎ましく思っていたのだと告げたら。
その無防備な笑顔がどうなるか、少し興味はあるが、それはリボーンにとって死ぬまで隠しておきたい秘密だ。


この秋の夜長に語られた少年の確かな決意を。
忘れない。忘れたくない、と本気で思う。
こんなにもリボーンの心を震わせる言葉をくれるのは山本だけだ。
山本だけなのだ。



幾千もの星が瞬いている下で。
リボーンは少し冷えている少年の頬に、そっと小さなキスを贈った。




Fin.

2011/01/30




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