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深夜、綱吉の命により、敵対マフィアのアジトに奇襲をかけたのが三日前。
国境沿いに程近い町を根城にし、大きな湖の中央に建てられた屋敷は攻略するには面倒くさいが、
上手く潜入してしまえば逃げ惑う敵の足を引き止めてくれる利点もあり、殲滅作戦は滞りなく終了した。
ただ一つ、山本にとって予定外だったことは、最後まで抵抗したボスの部屋で聞こえてきた歌声。
今にも消えそうに細く、まるで鈴の音にも似ていて、奏でるように響いてくる。
ここにいる、と告げる確かな叫び。
瓦礫が落ちてくる室内を歩き、見つけたのは金色の鳥籠。
横たわったまま微かに鳴く、赤いカナリア。
最終的にアジトの爆破まで計画の内だったため、すでに崩れ始めた天井の残骸や砂埃で随分弱まっているようだった。
それからは当たり前のように体が動いて鳥籠ごと抱き抱えると、山本は燃え上がる火を尻目に部下が用意した車に乗り込んだ。
車からボンゴレ専用ヘリコプターに乗り込んでボンゴレ本部に到着するまで、水を換えたり、毛繕いをしたり、世話を焼いて。
その後も様子を見るつもりだったのだが、殲滅したマフィアの兄弟分だと名乗る輩が復讐を叫んでボンゴレの領地に乗り込んできたと聞いて、
山本の部隊はすぐ現地に赴く羽目になり、たまたま近くにいた顔見知りのメイドに鳥籠を託してすぐに本部を出立した。
久しぶりに大きな戦闘だった。人数は多くないが一人一人の能力は高く、怪我をする部下達を庇いつつ、一晩じゅう戦場を駆けた。
連れ帰った小さな命のことを思い出したのは、それから半日が過ぎた後だった。
やさしい世界で、おやすみ
野球を始めるよりも前の、ずっと幼かった頃のこと。
テレビの影響か、近所の公園で仲良くなったのか記憶は定かでないが、動物を飼いたいと父親に言ったことがある。
家族と呼べる人は毎日仕事に勤しむ父一人で、それでも商店街の人々がまるで自分の子のように温かく接してくれて、
毎日、近所の子供たちと泥だらけになるまで遊び回っていた日々に不満があったわけではない。
それでも、ずっと傍にいてくれる存在というものに憧れていた。
日が暮れて夜になっても、朝を迎えて目が覚めた後も、ずっと一緒にいられるように。
言葉に出して伝えてしまうと父を悲しませるのではないか、と子供心に思ってしまったから詳しくは話していない。
ただ純粋に動物が欲しい、と伝えた言葉は届くことなく却下されてしまったが、その代わり、仕事を終えた父と過ごす時間が増えた。
店の閉店までには寝ていろ、と言われていたが、起きて待っていても怒られなくなったのはすごい変化だった。
遅い晩飯を摂る父の膝の上で話をして、時には寝るまで布団の隣りで絵本を読んでくれる回数も多くなった。
それまで夜はいつだってひとりで過ごすのが当たり前だった山本はそんな父との時間が嬉しかった。
父はいつだって厳しく、頑固で、それでも小さくても息子を一人前の男として接してくれていた。
それはすべて彼の優しさなのだ、と感じていたから、動物が欲しいと二度と口にすることは無かった。
久しぶりの休日。
つい先日まで遠征に出向き、報告書だけではなく雑事の書類が溜まっていた。
せっかくの休みに思いっきり羽を伸ばせるように、休みの前日は執務室に籠り、深夜まで書類と格闘して。
ようやく全てが片付いた頃には、夜明けを伝える朝日が昇り始めようとしていた。
「山本隊長、ついさっきリボーンさんが帰還されたそうです!!」
「お、そうか。早く片付いたんだなー。教えてくれてサンキューな」
「さすがッスね、リボーンさん。予定より五日も早いなんて」
「そりゃすげぇ!俺らみたいな下っ端には想像を絶する強さですっ」
「ああ、元・アルコバレーノってだけでも伝説級なのに・・・俺らには雲の上の世界の人ですよ」
「んー?そんな怖いモンでもないんだぜ」
ハハハハハ、と笑ってみせたが、部下たちの顔は困ったように動かない。
『ボンゴレ影の帝王』と恐れられるリボーンは、それでも尊敬と憧憬の対象だ。
戦闘から離れた部下たちとのこんな何気ないやり取りは楽しくて仕方がない。
だからこんな休日も悪くない、と誰にでもなく呟いてみる。
山本が滅多にない休みの日をボンゴレ本部で過ごすことは珍しいものではなくなっていた。
最初は奇妙な顔をしていた部下たちも今では慣れたようで何よりだ。
明け方に書類を片付けた後少し眠り、それでもすぐに目覚めたから午前中はずっと道場で汗を流した。
それから食堂で昼食をとって腹ごしらえをした後、綱吉の所に書類を提出しに行って、休みなのにと苦笑された。
獄寺に小言を言われる前に退散して、部下たちの休憩室に顔を出したらポーカーに誘われて今に至る。
「うわぁ、また隊長の一人勝ちじゃないですか!賭け事まで強いなんて反則ッスよ」
「遊びでも負けたくないからな。オレはいつだって本気だぜ」
「うぅ、次こそ勝ちます!さあ、もうひと勝負!!」
「お前等本当に懲りねぇのな。悪いけど今日はこれで抜けるぞ、リボーンが帰ってきたから」
「やっぱりですか、また勝ち逃げ・・・」
「もうちょっと腕上げて挑んでこいよ、オレは勝負ならいつでも受けるぜ!」
今日の戦利品である紙幣を半分ほど貰い、残りは皆の飲み代にしろ、と言い置いて部下たちの休憩室を後にした。
長時間椅子に座っていたせいか肩が重い。外で遊ぶならともかく、中で遊ぶなら程ほどにしないと体が鈍りそうだ。
今から屋敷周辺でジョギングしようかと思ったが、せっかく仕事を終えて帰ってきたリボーンに一言声をかけたい。
綱吉の所へ報告に行く前に捕まえられるだろうかと早歩きで階段を上がり、リボーンの部屋の扉を叩いた。
「リボーン、帰ったんだろ?」
「山本か。開いてるから入ってこい」
すでに慣れ親しんだ部屋なので遠慮無く開き、主が帰ったばかりの部屋の中に身体を滑らせる。
「早く片付いたみたいでよかったのな。お疲れ様」
「あぁ、警備が手薄ですぐに実行できたからな。あれは危機管理が甘すぎだ」
「いや、リボーンからみたらそうだろうけど。結構な大物だってツナも言ってたぜ」
「警備システムの発達で万全を期してるように思いがちだが、相手が機械ならいくらでも隙はあるもんだぞ」
机の上に出された報告書の数々を眺めながら、リボーンが言う。
最強のヒットマンは簡単そうに言葉を紡ぐが、決して楽な仕事でなかったことを山本は知っている。
それでも与えられた指令を完璧に、かつ優雅に遂行してみせる姿に、部下たちの羨望は積もるばかりなのだろう。
味方としてこれほど頼りになる人物はいない。これまでボンゴレの危機を何度も救った男にボスである綱吉も頭は上がらない。
「山本、突っ立ってないでソファーにでも座っておけ。すぐに終わらせてくる」
「ハハハ、ツナへの報告だけじゃなく他の仕事も溜まって忙しいだろ?オレは今日非番だからすぐ帰るし」
「お前、また休みなのに此処にいたのか?たまの休みくらいしっかり休めとあれ程・・・・」
「? どうかしたのか、リボーン?」
これまで書類から目を離さなかった男の視線を受け止め、動かなくなった姿に首を傾げた。
「山本、こっちに来い」
急に黙ったと思えば、仕事机に書類を放り、素早くソファーに腰かけたリボーンに手招きされる。
隣りに座れと訴える視線に逆らわず、ゆっくり歩みを進めると急に腕を引っ張られた。
「うわっ、危ねぇ!リボーン、何・・・っ」
油断というよりも相手が悪すぎたのだろう。膝の上に乗り上げ、真正面から抱きあう形に拘束された。
互いに長身で一定以上に鍛え上げた身体のため、気をつけなければ押しつぶしてしまうというのに。
離れようと浮かせた腰を逃がさないように絡めとられ、山本は見下ろすようになったリボーンの顔を覗き込む。
「リ、ボーン・・・い、いきなり過ぎなのな」
「逃がさねぇぞ。山本、自分がどんな顔してるか気付いてねぇみたいだな」
「んん?何言ってんだよ、オレはいつも通りだぜ」
「俺に隠し事できると思っているお前も可愛いが、素直じゃないのは許せねぇな」
直後に重なった唇。味わうような甘さは無く、貪るような荒々しさに思わず目を瞑った。
押し付けられたのは一瞬で、すぐに侵入してきた舌が縦横無尽に動き回り、
その動きについていくだけでいっぱいいっぱいの山本は次第に何も考えず身を預けることしかできない。
久しぶりの男の体温や匂いが充満して、絡み合う舌の熱さに、ぐったりと身体から力が抜けた。
「ぁ・・・も、何、したいんだ、よ・・・」
リボーンの膝を跨ぐ自分の太腿が震え、崩れ落ちないように目の前の肩に額を押しつける。
「何日寝てない?作り笑いも大概にしろよ。俺はツナみたいに誤魔化されてやらねぇぞ」
腰に回された腕に力強く抱き締められ、耳元で聞こえる声に首を竦めた。
思ったより機嫌悪い声音にどうしようか、と苦笑が漏れる。
(・・・そんなつもりじゃねぇんだけどなぁ)
自分でも自覚はあるけれど、それでも皆に言うほどの事があったのではなくて。ただ。
あの日、崩壊していく屋敷の中でたまたま拾った燃えるように赤いカナリア。
随分弱っているようだったが緊急性はないだろう、と思って人に預けてしまった。
一連の騒動を片づけて、思い出したように小さな鳥のことを尋ねてみると申し訳なさそうな顔で謝られた。
主人を亡くしたカナリアは回復せず、まるでその後を追うようにひっそりと息を引き取った、と。
鳥どころか動物を飼ったことがない山本にはそれが普通の現象なのか、それとも元から病気だったのか。
詳しい事なんて分からない。環境の変化についていけないデリケートな生き物も多いと聞く。
ほんの一夜の出会いだったが、山本は元気なカナリアの姿を見てみたかった。
羽を広げて、心地よく鳴くカナリアの声を聞いてみたい、と素直に思った。
鳥籠を抜け出して力強く鳴く歌声はきっと美しいのだろう、と。
生きてほしい。
そう思うことは身勝手だったのだろうか。今となっては分からない。
幾人もの人の命を奪い続ける身だからこそ、どんな小さな命でも身捨てたくなかった。
カナリアは何かを望んだのだろうか。
鳥籠から出て何物にも縛られず自由になることか、それとも愛でてくれる主人の傍で一生を終えることか。
少なくとも、こんなにも呆気なく散らしていい命ではない、とそう思う。
(ダメだなぁ、オレは)
もっと別の判断をしていれば、守れた命ではないのかと。
何度も何度も考えて、やはり答えは出ないまま、眠れない夜を過ごした。
綱吉のように、すべてを守り、包み込むような優しさも。
目の前の男のように、冷静に現状を把握して判断する力も。
持ち得ない自分に何か言えることがあるのだろうか。
自分の情けなさに、リボーンの問いには答えないまま言葉を噤んだ。
「・・・・ったく、こういう時ばっかり強情になりやがって」
馬鹿だな、と呆れた声音とは裏腹に、頭に感じた大きな手。
ゆっくり撫でられる感触に、強張った体からゆっくりと力が抜けていく。
小さな子供に言い聞かせるように優しく、仕方がないと包み込むような温もり。
(あの時の親父みてぇなのな)
動物は飼えない、と力強い声で諭され、それを謝罪するように強く抱き締められた夜。
商売をしながら息子一人必死で育てようとしてくれていた父。
より無防備な動物を飼う余裕などないからこそ、簡単に命を引きうけるわけにはいなかった。
父は正しい。それでも、どうしても手を伸ばしたくなったのだ。年を重ねて大人になった今でもなお。
「俺の傍にいる時くらい何も考えるんじゃねぇ。それとも俺に妬かせたいのか?」
そんな声が耳元で聞こえたと思ったら、一瞬の内に身体を持ちあげられ、ソファーの上に投げ出された。
長身の山本では普通に寝ても足首がはみ出すのだが、こんな膝枕をされた状態ではそれ以上にはみ出している。
「や、妬かせる?っていうか、何でこんな状態なんだよ?」
「フン、寝不足のくせに何言ってやがる。いいから寝ちまえ」
どちらかといえばこっちの台詞だぜ、と困惑する脳内で反論してみても、
上から覗きこまれる何も語らない漆黒の瞳を見てしまえば何も言えなくなった。
突拍子の無い事を言い出すのは相変わらずで、それを面白いと思うには、これは少し恥ずかし過ぎる。
(部下の奴らが見たら驚くだろうなぁ、ボンゴレ影の帝王の膝枕)
なのだが、よくよく考えるとそれをリボーンにされている自分の状態の方が説明しにくいことに気がついた。
自宅では主にベッドの上で体験してきたが、ここは職場でリボーンは仕事真っ最中だというのに。
キスをしたり、手を握ったり、好き放題行うリボーンだが、自分の仕事が立て込んでいる時はそちらに集中する。
そんなものだと傍観してきたせいか、こうして改めて触れられると込み上げる羞恥に顔が赤くなっていく。
珍しい。こんな時に、珍しいことをしないでほしい。
そう、まるで。愛玩動物のように彼無しでは生きられないようになりそうで。
「・・・・あんま甘やかすなよ、リボーン」
慣れた体温と手のひらの優しさに、襲ってきた睡魔。
その間に抗議すると、リボーンはすべてを見透かしているように笑っていた。
何も聞かずとも、まるで居場所は此処だと云うようにリボーンは傍にいてくれる。
誰にも知られたくない自己嫌悪も、強がって普通に振舞おうとする我の強さも。
全部知って、分かった上で、甘やかす。
(オレがオレでいられる場所)
普段なら何よりもボンゴレの仕事を優先させるくせに。
率先してどんな仕事も内偵から報告書の提出まで、すべて完璧に済ませないと気が気でないくせに。
こんな弱っている時に、そんな姿を見せられたら、堕ちるに決まっている。
今日もまた、リボーンに勝てず、彼の思惑通りにさせられる。
「おやすみ、山本。起きたらたっぷり可愛がってやるからな」
不穏な言葉を囁きながら、触れてくる手は何処までも温かい。
リボーンの傍を許されている内は、しっかりと受け入れて、求めて生きたい。
やさしい指先。
やさしい声。
やさしい体温。
やさしい、存在。
眠りに落ちる寸前、夢との狭間で、美しく唄う鳥の声を聞いた気がした。
fin.
2011/02/25
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