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リボーンと名乗る世界最強の殺し屋はボンゴレ10代目ファミリーにとって未来へ歩むための道標だった。
いつだって目的をはっきりと見据え、迷くことなく正確な道を指し示す。
強引で、傲慢な態度を崩すことはなかったが、彼はボンゴレの為に動き続けていた。
アルコバレーノとして逃れられない運命を背負った赤ん坊の時でさえ揺らぐことなく、
時間を捻じ曲げ、生き続けねばならない宿命を受け入れているかのように見えた。
姿形は変わろうとも成すべきことは変わらないのだというように。
それは間違いなく彼のこれまでの人生で培った『強さ』なのだ、と。
リボーンが持つ秘密を知った日から山本は自分の未熟さを痛感した。
父親から時雨蒼燕流を継承されて、それだけで強くなったと思い込んでいたのかもしれない。
これまで、どれだけしっかりしているように見えても小さな赤ん坊は絶対に守らなければならない対象で。
例え怪我をすることになっても、非力な子供を助けなければと思っていた。
本当はその逆だった。守られていたのはこちらのほうで、死んでしまわないように鍛えられていたと知った時。
強くならねばならないのだと山本は剣を握る手に力を込め、仲間の為に命を懸ける覚悟で戦場を駆け回った。
どうして気付かなかったのだろう。
自惚れてしまうほど、彼の傍で過ごしてきた自覚があるというのに。
赤ん坊の時も、呪いが解けた後も、彼の強さは変わらない。
だが、どれだけの犠牲の上にその強さを身につけたのか。
リボーンだって傷つき、迷うことがある『人間』であることに気付いた時。
どうしようもない焦燥が山本の胸を焦がした。
その温もりをいとしいと云う
ボンゴレ医療班が誇るチームが現場に到着するまで、自分がどんな状態だったのか覚えていない。
後から聞くと出来る限りの応急処置と後処理に必要な指示を部下に出していたらしいのだが無意識だ。
そう、ただ、記憶が飛ぶ前の光景が瞼の裏に焼きついている。
『や・・・と・・』
呟いたリボーンの声は掠れていた。
それだけでなく爆風によって飛んできた障害物を身一つで受け止めたせいで全身ボロボロの状態。
いつも一切の隙無く着こなされたスーツは破れ、所々が焦げて、切れた箇所から血が流れていく。
まるで悪夢のようだった。
だが、それは確かに現実で、目の前で膝から崩れ落ちた身体を抱き締めることしかできない。
命を落とす程の致命傷があるわけでは無いと経験から判っていても、山本の思考は動揺していた。
だって今、目の前で倒れた男は。
戦闘で傷つくどころか、普段の生活ですら弱った姿を見せない世界最強と恐れられる人間で。
山本どころか綱吉でさえ頭が上がらない我らが最強の家庭教師様。
いつも強引で、揺るぎない自信の下、何でも自分の思い通りに事を運ぶ実力と経験を兼ね備えた・・・『完璧』な男。
そんな彼が血を流すなど考えたこともなかった。
「そういえば、リボーンの血って初めて見たのな・・・」
医務室のベットに横たわる青年は手術を終えて、後は目覚めるのを待つばかり。
傷の縫合や輸血も済んだので大丈夫だと医師が笑っていたから心配はしていない。
山本の心は未だ、あの爆発があった現場を彷徨ったまま・・・。
そもそも今回の任務は山本の隊が任されたもので、リボーンは気が向いたから同行しただけだった。
数ヶ月前から追跡していたのは人身売買で荒稼ぎしていた組織で、ボンゴレが治めるシマの人間達も数は少ないながら被害にあった。
綱吉に組織の壊滅を命じられて漸くそのアジトの情報を掴めたので総攻撃をかけるための出陣。
斥候からの情報でアジトを守る人間の数やアジトの構造を把握し、部下に後方支援を言い渡し、山本はリボーンと二人で乗り込んだ。
念入りに作戦を組む時もあるが、今回の組織は比較的小規模で、真正面から奇襲をかけて勝てる相手だと踏んだ。
リボーンもそれに頷いてくれたので迷いはなかった。きっと、それが間違いだったのだろう。
大体にして山本には普段の任務の時よりも危機感が甘くなっていた自覚がある。
やはりそれは絶対的な信頼を置くリボーンに背中を預けることへの安心感で、これは山本の油断だとしかいいようがない。
組織のリーダーである大男を追いつめ、あとは止めを刺すだけだった。最大の目標が目の前にいる安堵。
だから、彼が懐から持ち出した筒状の何に火をつける動作をした時、咄嗟に身体が固まった。
小物だと見くびっていたのかもしれない。まさか自爆する道を選ぶ度胸を持っているなんて。
真後ろから伸びてきた手に引っ張られて、気付いた時にはリボーンの腕の中にいた。
リボーンは咄嗟にステンレスのロッカーの物陰へと潜んだようだ。
部屋のあちこちが崩壊してガラスや木材といったあらゆる破片が爆風と共に襲い来る。
周囲がどんどん倒壊していく程の火花と爆音に、あれは爆弾だったのか、と冷静に考える自分と、
作戦の隊長でありながらリボーンに庇われてしまったことへの自己嫌悪。
どこまで未熟なのだろう、と悔しくて唇を噛んだのはほんの一瞬。
すぐに聞こえてきた掠れた声に顔を上げると、すぐ近くに唇から血を流すリボーンの顔があった。
お馴染みのボルサリーノは何処かに吹き飛んでしまったらしく、その表情を隠すものは何もない。
(・・・・・・ッ、どうして、)
リボーンが咄嗟に庇ってくれたおかげで山本は無傷だった。
だが、そんな感謝の気持ちより先に湧きあがったのは、初めて感じるほどの強い憤り。
倒れ込んでいくリボーンは意識があるのか、ないのか、ともかくその唇は薄く微笑んでいた。
気のせいかと思うほど微かなものだが、胸が詰まるほどそれは優しい笑みだった。
なぜ、どうして。そればかりが山本の頭で木霊する。
普段は冷たい印象与えるほど表情を変えないリボーンだが、実は非常に分かりやすいのだと知っている人間はどれ程いるのか。
楽しいことが好きで、美味いエスプレッソを飲むと喜び、暇ができれば綱吉や獄寺で遊び、簡単なことで不機嫌になる。
二人で過ごす自宅の中ではもっと感情豊かになるリボーンの姿を見ることが山本には何より嬉しくて。
弟子として、同僚として、それ以上に密な関係を持ってリボーンという男が持つ多くの表情を見てきたつもりだが、今回気付いてしまった。
リボーンは決して涙を流さない。
何かが叶わなかった時、誰かの命が奪われた時、何より自分自身が傷ついた時でさえも。
痛い、苦しいなんて言葉を彼から聴いたことがない。
弱みを見せておかしくない状況であっても、彼は決して揺るがない。
どうしてあの場面で笑ったりしたのだろう。何処か嬉しそうに、まるで満たされたように。
解らない。だから悔しい、だから悲しい、だから寂しい。
「・・・・山本、ここは・・・医務室か?」
「!?リボーン、よかった!目ぇ覚めたのなっ」
麻酔が切れるにしては早過ぎる。
きっとリボーンの体質のせいだろうと考えながら、山本は枕元に座ったままリボーンの表情を眺めた。
「あぁ、心配かけちまったか。俺は大丈夫だぞ。報告書はもう出したのか?」
その声音は落ち着き、普段と何ら変わりない。第一は仕事だというところまで。
今までの山本ならその様子にホッとして、頼もしさを感じて喜ぶはずなのに。
今回は素直に喜べない。喜べるはずがない。
「・・・・大丈夫、じゃねぇよ!即死とかじゃなくても重傷なんだぞっ」
アルコバレーノであった時も、彼は『不老』になったが『不死』ではないと、そう言った。
それでも山本はリボーンが怪我をしたり命を落とす場面などまるで浮かばず、無意識にその『強さ』を信じていた。
でもそうじゃない。それだけじゃない、と気付くのが随分遅くなってしまった。
「自分で吹っ飛ぶようなクズ野郎にお前を殺されて堪るか。だからこれでいいんだ」
「オレが部下を庇って怪我した時は無茶するなって怒ったくせに・・・リボーンだって同じじゃねえか!」
「馬鹿野郎、俺とお前を一緒にするな。勝算はあった。山本は無鉄砲過ぎなんだぞ」
「そりゃ、そりゃあ・・・リボーンは凄ぇけど。けどよ、お前だって徒の人間なんだ。怪我したら痛ぇし、命が危ないのは変わらねぇだろっ」
助けてくれたのは感謝している。
リボーンとの力の差、経験の差、判断力の差、嫌というほど実感した。
それでも、言っていることが間違っているとは思わない。リボーンは分かってないから。
今だって怪我をして痛いとか身体が辛いとか言ってくれればいいのだ。
そうなったら出来ることをたくさん探して、何でも我が儘きいて、傍にいられるというのに。
「あんな怪我して、目の前で笑って倒れていくなんて・・・心臓に悪ぃぜ」
話していると、目頭がじわりと熱を持っていくのが分かった。
ヤツ当たりかもしれない。不甲斐ない自分。リボーンのことを分かっているつもりで、何も分かってない。
情けなくて、血が出そうなほどグッと唇を噛み締めた。
「俺が笑ってた?覚えてねぇぞ」
それまで押し黙っていたリボーンが首を傾げる。
「すげぇ小さくだけど間違いねぇのな。なぁ、どうして笑ったんだ?」
ずっと考えても解らなかったから、答えが欲しいと尋ねてみると。
「・・・俺にはこれまでどんな死線も切り抜けて仕事を完遂してきた自負がある。けどな、お前が一緒だと調子が狂う」
「っ、やっぱりオレがまだまだ頼りないからか?」
「・・・・・・おい、山本。ちょっと俺の手を握ってみろ」
「ん?うん、こうか?」
怪我をして思うように動けず、一方的に責められたリボーンは苛立ちさえ見せていたのに。
言われた通りベッドに投げ出されていた彼の手を持ち上げ、冷たいそれを両手で包み込む。
「あったけぇな、お前の手。これまで何度も触ってきたのに今が一番あったけぇ」
「っ、リボーン!」
その声も、表情も、言葉も、どうしてそんなにやさしいのか。
堪え切れず名前を呼ぶと、あの時と同じような微笑を浮かべるリボーンがそこにいた。
「なぁ、山本。俺はボンゴレの任務より、俺自身のことより、どうやらお前が大事らしい」
「何、言ってんだよ。いつものリボーンらしくないのな・・・」
「クク、まったく。この俺がざまあねぇな。だが悪くねぇもんだ。目の前でお前を失うくらいなら」
「嬉しくないぜ、それ。オレは全然嬉しくねぇ」
「そうだろうな。けどな、俺が無意識に笑う理由なんてお前以外考えられねぇぞ」
当たり前のように宣言されてしまっては、それに続く言葉が思い浮かばない。
そんなに甘やかさないでくれ、と訴えてもきっと鼻で笑われて終わるだろう。
もっと自分を大事にして欲しいと言ってもきっと同じこと。
「大体な、敵味方関係無く恐れられるこの俺に向かって『徒の人間』なんて口を利くのは山本くらいだぞ」
だから手離せないのだ、と続けたリボーンは相変わらず穏やか。
満足げに唇を持ち上げて微笑む姿に、熱くなった目頭から涙が零れた。
リボーンは少し驚いたように目を見開いたがすぐに指先で頬を流れる滴を拭ってくれた。
そんな動作一つでさえ、驚くほど優しい。
何年も共に過ごしてきたが、まだまだ知らないことが山ほどあるらしい。
そうか。こうして、知っていけばいいのかもしれない。
何度でも生きる温度を確かめて、言葉を重ねて、共に過ごす時間を実感しよう。
いつか自分に、そしてリボーンにもやって来る、永い眠りに就くその日まで。
「ったく、もういいのな。ちょっと端に寄ってくれ」
山本は何とか溜め息を飲み込んでスーツの上着を脱ぎ、どこかに引っ掛けるのも面倒で床に捨てる。
ベッドの上に乗り上げて寝たままのリボーンの隣りに横たわると、すぐ力強い腕に拘束された。
怪我人のくせにその動きは普段と何も変わらない。それでも、きっと何かが変わっている。
二人の距離が、温度が、いつもより。
「愛してる。山本、愛してるぞ」
耳元で囁かれる声も、触れ合っている箇所も、溢れるような熱に侵されて。
つい先ほどまでずっと感じていた胸の痛みが溶かされたように消えてなくなっていた。
今、口を開くときっと碌な事にならないから代わりにリボーンの背中に腕を回す。
それだけでもう何もいらない、と。
目を閉じて、分かち合う温もりを感じながら、また明日から始まる日常を思うと山本の表情は自然と緩んだ。
それがリボーンとまったく同じ表情であったことを知る者は誰もいない。
医務室にふたり分の寝息が響いたのは、それからすぐのことだった。
Fin.
2011/02/14
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