04:楽器を弾く






ボンゴレ本部はその夜、音を失くしたように静かだった。
日付はとうに変わり、夜も深まった頃。
コツ、コツ、コツと踵を鳴らしながら山本は廊下を歩いていた。
目指す先は、ただ一つ。


「・・・・静か、なのな」


今日の夕刻。
太陽が沈みゆくその時間に、ボンゴレファミリー9代目ボスが老衰のためこの世を去った。
今、殆どの人間が9代目の遺体が安置された教会に出向いて最期の挨拶をしている。
山本も同様に綱吉達と教会にずっと居たのだが。
ただ、最も付き合いが長いであろうリボーンの姿が何処にも見当たらないことに気付いた。




真っ赤な絨毯を踏みしめながら、今はリボーンの執務室を目指している。


(・・・・・ん?)


山本の耳に聞き覚えのある音色が届き、思わず立ち止まった。
耳を凝らすと音の出所は目的地かららしい。
一瞬詰めた息を吐きだし、ノックもせずにそっと木造の扉を押して中に入った。



「リボーン?」


大きな窓ガラスの向こう側には猫の爪に似た三日月。
ボスである綱吉よりも豪奢なその部屋の中で、男は窓際に立って淡い月光を浴びている。
いつもの漆黒のスーツに身を包み、リボーンはヴァイオリンを弾いている最中だった。
突然の侵入者である自分の存在に気付かない彼ではない。自他ともに認める一流のヒットマン。
それでも、彼は世界に独りであるかのように。瞳を閉じて、ただ静かに弾き続けていた。


(・・・・痛ぇ、なぁ)


音色はただ悲しく。涙が出そうになるほど、美しかった。
リボーンが楽器を弾いている姿を見るのは久しぶりだ。
酒の席の戯れに。山本のリクエストに応えて。
場合は様々だが、彼はヴァイオリンの腕も一流である。
真っ直ぐ伸ばした背中。真っ白な頬でヴァイオリンを支える横顔。弦を鳴らす弓を持つ手。
彼が弾くその姿を見るのが好きだった。
それでも、今の彼はどうだ?



音楽で壁を作っているかのように、誰も寄せつけようとしない。確かな拒絶。
無理もない。9代目はリボーンにとって絶対的な主であると同時に存在意義だったはずだ。

孤児院で育ったリボーンが初めて持った守るべき存在。仲間。家族。居場所。

ただ、ファミリーの誰もが彼の死を悲しむ中でリボーンはひとり冷静だった。
的確な指示を出し、事後処理もリボーンが行った。そんな姿に冷血な人間だと誰かが呟いたのを山本は聞いた。
それでも、リボーンがそんな人間でないと知っている。
態度に出さずとも胸中で誰よりも彼は嘆いているはずだ。
アルコバレーノとして親しき者の死を多く見届けながら、慣れることは一切ないと昔、語ってくれた。
彼はいつも厳しい態度で他人と接する。それでも、彼は温かく、優しい人間。普通の、人間なのだ。


大切な者を失くした寂しさ。死に逝く者を救えない、見送るしかない、このもどかしさ。

ヴァイオリンで捧げる曲は、死者への鎮魂歌になり得るのだろうか。



「・・・・これぐらいしか、できねぇからな」


ピタリと音が止んだ。リボーンがこちらを見ている。影になってその表情を見ることはできないけれど。
山本の心の中を読んだようなタイミングで零れた言葉。
いつも命のやり取りをしている。死と最も近い処で生きているはずなのに。
人間という生き物の無力さを感じずにはいられない。


「俺はアイツと一緒には逝けねぇ」

「9代目はお前が居るから安らかに逝けた筈だぜ」

「あぁ、ボンゴレを。そしてファミリーを護ることが俺の使命」

「・・・オレにも背負わせてくれよ。そのために、オレはマフィアになったんだ」


まだ赤ん坊の姿をしたリボーンにその秘密を聞いてから。
誰よりも頭が切れてその腕も最強。それでも、誰よりも孤独な男の傍に居たいと願った。
同情じゃない。それならば真の愛情か、と問うても答えは出ない。
ただ確かな事はその孤高な魂に惹かれたということ。



「山本・・・・今夜はずっと、此処にいろ」


真っ直ぐに届けた山本の言葉に少しだけ表情を崩し、目を細めたリボーンがそう言った。



「なぁリボーン。ヴァイオリン、聴かせてほしいのな」


わざわざ語るようなことはしなくていいから。
言わないならば、聴かせてくれればいい。

その音色に乗せて。お前の心を。


背負った傷があるのなら、いくらでも抱き締めてやる。




お前が安らかに眠る、その日まで。



Fin.

2009/03/18

改 2009/09/12

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