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ボンゴレ本部はその夜、音を失くしたように静かだった。
日付はとうに変わり、夜も深まった頃。
コツ、コツ、コツと踵を鳴らしながら山本は廊下を歩いていた。
目指す先は、ただ一つ。
「・・・・静か、なのな」
今日の夕刻。
太陽が沈みゆくその時間に、ボンゴレファミリー9代目ボスが老衰のためこの世を去った。
今、殆どの人間が9代目の遺体が安置された教会に出向いて最期の挨拶をしている。
山本も同様に綱吉達と教会にずっと居たのだが。
ただ、最も付き合いが長いであろうリボーンの姿が何処にも見当たらないことに気付いた。
真っ赤な絨毯を踏みしめながら、今はリボーンの執務室を目指している。
(・・・・・ん?)
山本の耳に聞き覚えのある音色が届き、思わず立ち止まった。
耳を凝らすと音の出所は目的地かららしい。
一瞬詰めた息を吐きだし、ノックもせずにそっと木造の扉を押して中に入った。
「リボーン?」
大きな窓ガラスの向こう側には猫の爪に似た三日月。
ボスである綱吉よりも豪奢なその部屋の中で、男は窓際に立って淡い月光を浴びている。
いつもの漆黒のスーツに身を包み、リボーンはヴァイオリンを弾いている最中だった。
突然の侵入者である自分の存在に気付かない彼ではない。自他ともに認める一流のヒットマン。
それでも、彼は世界に独りであるかのように。瞳を閉じて、ただ静かに弾き続けていた。
(・・・・痛ぇ、なぁ)
音色はただ悲しく。涙が出そうになるほど、美しかった。
リボーンが楽器を弾いている姿を見るのは久しぶりだ。
酒の席の戯れに。山本のリクエストに応えて。
場合は様々だが、彼はヴァイオリンの腕も一流である。
真っ直ぐ伸ばした背中。真っ白な頬でヴァイオリンを支える横顔。弦を鳴らす弓を持つ手。
彼が弾くその姿を見るのが好きだった。
それでも、今の彼はどうだ?
音楽で壁を作っているかのように、誰も寄せつけようとしない。確かな拒絶。
無理もない。9代目はリボーンにとって絶対的な主であると同時に存在意義だったはずだ。
孤児院で育ったリボーンが初めて持った守るべき存在。仲間。家族。居場所。
ただ、ファミリーの誰もが彼の死を悲しむ中でリボーンはひとり冷静だった。
的確な指示を出し、事後処理もリボーンが行った。そんな姿に冷血な人間だと誰かが呟いたのを山本は聞いた。
それでも、リボーンがそんな人間でないと知っている。
態度に出さずとも胸中で誰よりも彼は嘆いているはずだ。
アルコバレーノとして親しき者の死を多く見届けながら、慣れることは一切ないと昔、語ってくれた。
彼はいつも厳しい態度で他人と接する。それでも、彼は温かく、優しい人間。普通の、人間なのだ。
大切な者を失くした寂しさ。死に逝く者を救えない、見送るしかない、このもどかしさ。
ヴァイオリンで捧げる曲は、死者への鎮魂歌になり得るのだろうか。
「・・・・これぐらいしか、できねぇからな」
ピタリと音が止んだ。リボーンがこちらを見ている。影になってその表情を見ることはできないけれど。
山本の心の中を読んだようなタイミングで零れた言葉。
いつも命のやり取りをしている。死と最も近い処で生きているはずなのに。
人間という生き物の無力さを感じずにはいられない。
「俺はアイツと一緒には逝けねぇ」
「9代目はお前が居るから安らかに逝けた筈だぜ」
「あぁ、ボンゴレを。そしてファミリーを護ることが俺の使命」
「・・・オレにも背負わせてくれよ。そのために、オレはマフィアになったんだ」
まだ赤ん坊の姿をしたリボーンにその秘密を聞いてから。
誰よりも頭が切れてその腕も最強。それでも、誰よりも孤独な男の傍に居たいと願った。
同情じゃない。それならば真の愛情か、と問うても答えは出ない。
ただ確かな事はその孤高な魂に惹かれたということ。
「山本・・・・今夜はずっと、此処にいろ」
真っ直ぐに届けた山本の言葉に少しだけ表情を崩し、目を細めたリボーンがそう言った。
「なぁリボーン。ヴァイオリン、聴かせてほしいのな」
わざわざ語るようなことはしなくていいから。
言わないならば、聴かせてくれればいい。
その音色に乗せて。お前の心を。
背負った傷があるのなら、いくらでも抱き締めてやる。
お前が安らかに眠る、その日まで。
Fin.
2009/03/18
改 2009/09/12
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