03:踊る





「さぁ、どうする?山本」


この手を握る覚悟はあるか?と視線で問われる。
目の前で右手を差し出す男はどこまでも余裕を崩さない。

なぜ、この状態でその瞳は揺れないのだろう。

なぜ、年の差や身分差を恐れずにそんなことを言えるのだろう。

男に問われた返事を考える前に山本が思ったのはそんな疑問だった。



(はは、でも、なんか)



己に向けられている漆黒の瞳。
表情からは考えられないほど熱く、甘く、濃厚に。
離さないぞ、とその視線が雄弁に語っていた。
それらから逃れるように、山本はギュッと瞼を閉じる。
その僅かな一瞬。
迫られた選択の答えを出す前に、数分前のやり取りを思い返してみた。








「リボーン先生、暫らく此処に居させてほしいのな」

「別に構わねぇが・・・もうすぐフォークダンスの時間だろう?」


普段、あまり表情を変えない担任が自分の登場に少し目を見開いていた。
突然押しかけた情報処理準備室には彼しかいない。
山本の担任であるリボーンは数学教師だが、パソコンを使った情報処理の授業も兼任している。
最新のパソコンを入れた教室の管理を任された彼は、1人でその隣に準備室を与えられていた。
いつも冷静で取り乱した姿は見たことがない。落ち着き払った姿はまさに「大人」だった。
彼を見ていると自分がまだまだ「子供」だと実感する。
指導は厳しく、テストの採点も容赦がないので裏で鬼教師と言われているのを知っている。
山本も初めはそう思っていた。この春、担任となった彼と接するまで怖い先生という認識だった。



「オレ、踊るの苦手だからさ。フォークダンスに連れ出されるのは嫌なんだ」


眉を垂らして溜め息を吐きだす。そうすると今日一日の疲れがドッと押し寄せてきた気がした。


「お前が苦手なのはパートナー選びだろう。最近は特にモテてるようだが、上には上がいるって忘れんなよ」


机に座ってパソコンを操作していた彼が顔を上げて、ニヤリと笑った。
その言葉に思わず苦笑する。
言われずともたまに聞く彼のモテっぷりは尋常ではないのだ。
野球部として活躍する山本も昔から告白される方だが、この担任の女性遍歴は只事でない。
部活一筋なため恋愛沙汰に興味はなかったが、リボーンから飛び出るそんな軽口は面白かった。
いつも真面目な顔で、正しい事を言う教師。
こんな人間がいるのかと思うほど、彼は完璧すぎて近寄りがたかった。


そんな男が、担任となって家庭訪問に来てくれた時。
実は父親と昔から縁があって知り合いであることが分かり、それから客として寿司屋に食べに来るようになった。
それからだろう。
気軽に準備室を訪れ、話の中でプライベートを垣間見せてくれるようになったのは。
まるで年の離れた兄弟のように気安く接することを許し、2人きりなら敬語を取り払ってもいいと言ってくれた。


きっと一部の人間しか知らないだろう。
彼が持つ真っ直ぐな優しさを。その身に背負う静かな孤独を。
そして仕事中には見せないほど傍若無人に思うまま、自由に呼吸する彼を。
僅かな弱みも、欠点も悟らせたくないという完璧主義な人だから。




「先生がモテてることぐらい分かってるって!オレ、リズム感なくて本当にダンスは苦手なのな」

「スポーツ万能なくせに意外だな。今日の体育祭はお前が1番活躍していたぞ」

「はは、サンキュー。先生ちゃんと見ててくれたんだ」

「各担任はグラウンドで待機が原則だからな。まぁ、うちのクラスが優勝したのはお前のおかげだろう」



準備室のソファーに座って寛いでいた自分の隣にリボーンがやって来る。
すると、よくやったなと大きな掌でグシャグシャと頭を撫ぜてくれた。
この触り方は父である剛の癖がうつったものだ。
照れくさいながら、こうして2人で過ごす時間を山本は気にいっていた。
どちらかというとクラスではムードメーカーとして引っ張っていく気質なのだが、彼の隣は無性に温かくて安心する。
ひとりっ子の山本としてはこうして2人きりの時だけでも甘やかしてくれるリボーンの存在が嬉しかった。
そんな気持ちを込めて、ふわり、と笑う。




「いくら俺が教師でも・・・お前は俺を信用しすぎだぞ」




目が合ったまま、ボソリと呟かれた声は大層低い。
言われた言葉を理解する前に、聞き慣れた音楽が山本の耳に届いた。


「あっ、始まったのな」


並盛高校の伝統で体育祭の後は校庭でフォークダンスが行われる。
自由参加なため、友達同士や恋人同士、先輩後輩と何でもありだ。
ただ、最後の曲だけは特別な思いで踊る者達がいる。

『愛し合う2人で最後の曲を踊ると永遠に結ばれる』

いつからかそんな言い伝えが囁かれるようになったから。
体育祭が近付くにつれて、そんな伝説にあやかろうと校内では告白合戦が始まっていた。
山本も呼び出しを受けたが、想いに応えることはしなかった。
心が動かない。いや、響かないとも言える。
強気な人、恥ずかしげな人、友達に付き添われての告白だってあった。
さまざまなタイプの女性に想いを告げられても、山本は部活があるからといつも断っていた。




「なぁ、山本」


ここ数日の出来事を思い出していると、隣からリボーンの声が聞こえてきた。



「ん?先生、どうかしたのか?」



視線を合わせる。すると音もなくサッと彼は立ち上がった。
漆黒のスーツに身を包んだリボーンはそんな動作の1つ1つが優雅で格好良い。



「俺たちも1曲、どうだ?」

「へっ?無理無理・・・マジで下手なんだって」

「俺がリードしてやる。それに、ここには俺達しかいねぇんだから気にすんな」

「うーん、でもなぁ・・・」


迷っていると1曲目が終わったようだ。
どうしたものか困ったように彼を見上げる。すると、強い光を帯びたリボーンの瞳とぶつかった。




「なぁ、山本。俺は、お前を愛している」



目を最大まで見開く。心臓が止まるかと思った。
急に告げられた言葉は甘いはずなのに、圧迫感すら感じるほど低く、鋭く、心を抉っていく。



「・・・・よく分かんねぇ、のな」

「俺は本気だ。お前が欲しい」

「オ、オレは、男だし・・・生徒だし・・・先生モテるじゃん」


なんで、オレ?と疑問ばかりが頭を駆け巡る。
元からこの頭は出来が良くない。考えることを放棄してしまいそうだ。
それでも、射抜かれるような彼の視線がそれを許さない。



「そんなの関係ねぇ。俺はお前が可愛くて仕方無い。お前のすべてが愛おしい」



声は続く。血が沸騰しそうだ。
何を言われているのかよく分からないのに、体温が勝手に上がっていく。



「野球の才能も、人を惹きつける性格も、時に脆いその心の深層も」


見つめていると、自信満々に唇の端を持ち上げた顔を見てしまった。



「全部、受け止めてやる。その笑みを曇らす全てのモノからお前を護る」



なぜ、こんなにも求められているのだろう。
こんな子供の自分を。こんなにも完璧で大人の彼が。
なぜ、なぜ、なぜ。



「山本、俺のこの手をとれ」


さぁ、どうする?山本、と。
まるで数学の問題を教えられている時のように、性急に答えを求められた。
その手を握るのかどうかを考える。
頭では先程散々紡がれた甘い言葉が木霊している。
困惑。それでもリボーンの瞳がその想いを語っている気がした。


この真っ直ぐさが、心地良い。
自信たっぷりな言葉は彼らしいとしか言えない。
山本はただ、嫌じゃなかった。


沈黙したままの2人の耳に、外からフォークダンスの最後の曲が聞こえてきた。


永遠が手に入るのだという、伝説。
自分には関係ないと信じる気も起きなかったのだけれど。


この手を握り、踊ってみてもいいかもしれない。



彼の傍は面白い。無知な自分には彼と過ごす時間が何よりも新鮮で楽しい。
あまり周囲に執着しない自分が、もっと近付きたいと思った人間は初めてだった。



踊ってみようか。

この限られた舞台で。



付き合う、ということが具体的にどんな作用をもたらすのかは分からない。
性別も、身分も、制限だらけ。問題は山積み。
それでも。



「踊ろう、先生」


照れた顔を隠しもせず、そう微笑んでみる。握ったその手は温かかった。
満足げに目を細めたリボーンに抱き込まれ、腰に手が回る。
驚く暇もなく、リードされるまま曲に合わせて踊り出した。



「先生って、そんなにオレのこと好きだったんだなー」



教師という職業は特別な生徒を作ることを快く思われないというのに。

何もそんな危ない橋を渡らなくても、安定した生活が営めるはずなのに。



「これからは俺のことしか考えられなくしてやる。覚悟しろよ、山本」


野球より?勉強より?
自分が教師で、しかも担任だと忘れているのではないだろうか。
生徒に言う科白ではないだろうと思い、苦笑い。
それでも、彼から求められることが嬉しい。


準備室にある障害物を避けながら、淀みない彼のリードでステップを踏む。
この曲が終わり、明日からどんな日々が始まるのか。
考えなければならないことは山ほどあるが。



今はただ、踊ることに集中する。


手を握ってしまったから。

簡単には離せそうになかった。


フォークダンスの言い伝えが嘘か真か。

その後、山本は身を持って体験していくことになるのだった。


Fin.

2009/03/15

改 2009/09/12

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