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たとえば、起きるのが辛い朝が来るたび――いつも早起きだった姿を思い出す。
たとえば、太陽が照りつける暑い夏を過ごすたび―――向日葵のように輝く笑顔が目に浮かぶ。
たとえば、誰かの体温を感じるたび―――本当に感じたい人の温度はただ1人なのだと実感する。
共に過ごした期間はたったの数年。
短かったはずなのに、日常生活で彼に直結しないモノはないというほど。
彼との思い出が脳裏に焼きついたまま、この身体を縛り続けている。
(ハッ・・・まさかこの俺が)
過去に囚われるなど愚か以外の何ものでもない。
歩みを止まるな。振り返るな。
この手に銃を握り、呪いの宿命を受け入れたその日から。
心を預けるモノなどなかったというのに。
傍に、山本がいない。
ただそれだけで。
世界は色を。音を。はたまた温度を。
失っていたのだった。
『お前は来るな』
8月も終わりに近づくというのに、残暑厳しいそんな夜。
高校生活最後の夏を過ごしていた山本を近くの公園に呼び出した。
『迷いのある奴はすぐ死ぬぞ』
困惑に揺れ始めた瞳をじっと見つめ、淀みない声で告げる。
顔色ひとつ変えず、外灯の下に佇んだまま。
唐突に現実を突き付けた。
『お前は邪魔だ、山本』
光り輝く未来か。血に染まった闇の未来か。
普通の人間なら当たり前に光を選ぶだろう。
しかし、山本は・・・・悩むことすらなく、ただ流れのあるがまま。
リボーンの思惑通り綱吉の良き仲間として、守護者として、あろうとしていた。
望まれるまま受け入れていく山本。
それはリボーンとの関係にも云えること。山本は優しすぎる。
そして何より、己の価値を知らなさすぎた。
自己犠牲。それで誰かを救えると思っている。
リボーンに言わせれば純粋すぎる子供だった。
『お前は要らねぇ』
純粋ゆえに他人を疑わず、何処までも信じるから。
そんな男は簡単にあの世に行ってしまう。幾人もそんなバカを見送ってきた。
せめて、同じ空の下で生きていてほしかった。
たがら手放した。
山本が何よりも恐れる『拒絶』で。
追い掛けてこられないように、突き放した。
リボーンによってマフィアとなる道は閉ざされた。
必然的に、山本は野球を選んだ。
今、彼は彼の居場所で。
相も変わらず少年のような笑みを浮かべて。
キラキラと輝く世界で、生きている。
「リボーン、また母さんから届いたよ」
任務後、報告書を持って綱吉の執務室へ。
渡された小包は日本にいる沢田奈々から定期的に届くもの。
「山本、絶好調みたい。本当にアメリカのメジャーに行く日も近いんじゃないかな」
山本ならきっと活躍できるよ!と綱吉は上機嫌だった。
プロとなった山本が登板した日の試合を録画したDVD。
リボーンは自宅に帰り、リビングでワインを片手に観賞した。
絶体絶命のピンチを任されるエース。
マウンドに登り、歓声を一身に浴びる姿。
ここ数年で顔立ちも、体つきもすっかり大人びた。
それでも。
負けん気の強さを表す瞳の色も、自信を漲らせて持ち上がった唇も。
変わらない。リボーンの記憶通り、山本を彩るものすべてが綺麗なまま。
(お前は、お前のままなんだな)
生き急ぐように血に塗れ、命を奪うばかりの自分とは全く違う生き物。
これで、いい。
これでよかったのだ。
『よぅ、小僧』
かつて。
この野球少年を己の欲望に巻き込んで傍に置いていた時。
微笑と共に聞こえる声に、リボーンは奇跡を見た。
信じられなかった。
自分の存在を肯定され、ありのままを受け入れられる。
それは確かな喜び。切なさにも似た、沸き立つ感情。
もう二度と手にすることはない、光。
暗闇を好むはずの死神が聞いて呆れる。
(俺も所詮は人間ってわけか・・・)
自嘲が漏れ、気づけば試合の映像が終わっていた。
山本のピッチングで逃げ切り、チームは勝利を収めた。
それでもDVDの映像は続く。
(なんだ?ニュース・・・特集か?)
奈々は家光には勿体無いほどデキた女だ。
どうやら試合だけでなく、山本が出演したテレビ番組まで録画してくれたらしい。
『それでは、山本選手にとって野球とは何でしょう?』
可憐なアナウンサーのマイクが山本の方に向けられる。
『うーん、なくてはならないモノっす。昔は世界のすべてでした。野球ができなきゃ生きてる意味ねぇってくらい』
中学生の時、腕を怪我して中学の屋上から飛び降り自殺しようとした山本。
綱吉と関係を持たせる切欠となった出来事を思い出し、懐かしさに目を細めた。
『でも、世界はもっと広がってること。オレは独りじゃないってこと。色々な事を教えてくれたイイ奴がいました』
野球以外の世界を知らなかった少年。
本当の仲間を、居場所を、模索することなく生きていた彼に。
一方的に与え、教えたのは自分。
『そいつがオレの弱さを見抜いて、突き放してくれたから。オレはこうして野球をしている。
辛い役回りをさせちまったけど・・・すげぇ感謝してるんです。
だからオレは一生、そいつの想いを背負って生きていくって決めてるんス。
野球はオレとそいつを繋いでくれる、大事なモノなんですよ』
(やっぱりお前は、侮れねぇ)
気付かれていないと思っていた。
自分の中の葛藤も何もかも、知られていたのだろうか。
困惑。頭痛と眩暈が身体を襲う。
そしてそれ以上に、この胸が熱い。
あぁ、愛おしい。愛おしすぎる。
「――――山本」
声が届くことはもうないけれど。
お前が言うとおり、繋がっていると信じていいか?
突き放して、なお。
今、この瞬間も。
お前のことを愛してる。
Fin.
2009/04/17
改 2009/09/12
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