06:突き放す




たとえば、起きるのが辛い朝が来るたび――いつも早起きだった姿を思い出す。
たとえば、太陽が照りつける暑い夏を過ごすたび―――向日葵のように輝く笑顔が目に浮かぶ。
たとえば、誰かの体温を感じるたび―――本当に感じたい人の温度はただ1人なのだと実感する。


共に過ごした期間はたったの数年。
短かったはずなのに、日常生活で彼に直結しないモノはないというほど。
彼との思い出が脳裏に焼きついたまま、この身体を縛り続けている。



(ハッ・・・まさかこの俺が)


過去に囚われるなど愚か以外の何ものでもない。
歩みを止まるな。振り返るな。
この手に銃を握り、呪いの宿命を受け入れたその日から。
心を預けるモノなどなかったというのに。
傍に、山本がいない。
ただそれだけで。
世界は色を。音を。はたまた温度を。
失っていたのだった。







『お前は来るな』

8月も終わりに近づくというのに、残暑厳しいそんな夜。
高校生活最後の夏を過ごしていた山本を近くの公園に呼び出した。


『迷いのある奴はすぐ死ぬぞ』

困惑に揺れ始めた瞳をじっと見つめ、淀みない声で告げる。
顔色ひとつ変えず、外灯の下に佇んだまま。
唐突に現実を突き付けた。



『お前は邪魔だ、山本』

光り輝く未来か。血に染まった闇の未来か。
普通の人間なら当たり前に光を選ぶだろう。
しかし、山本は・・・・悩むことすらなく、ただ流れのあるがまま。
リボーンの思惑通り綱吉の良き仲間として、守護者として、あろうとしていた。
望まれるまま受け入れていく山本。
それはリボーンとの関係にも云えること。山本は優しすぎる。
そして何より、己の価値を知らなさすぎた。
自己犠牲。それで誰かを救えると思っている。
リボーンに言わせれば純粋すぎる子供だった。



『お前は要らねぇ』

純粋ゆえに他人を疑わず、何処までも信じるから。
そんな男は簡単にあの世に行ってしまう。幾人もそんなバカを見送ってきた。
せめて、同じ空の下で生きていてほしかった。
たがら手放した。
山本が何よりも恐れる『拒絶』で。
追い掛けてこられないように、突き放した。



リボーンによってマフィアとなる道は閉ざされた。

必然的に、山本は野球を選んだ。



今、彼は彼の居場所で。
相も変わらず少年のような笑みを浮かべて。
キラキラと輝く世界で、生きている。





「リボーン、また母さんから届いたよ」


任務後、報告書を持って綱吉の執務室へ。
渡された小包は日本にいる沢田奈々から定期的に届くもの。


「山本、絶好調みたい。本当にアメリカのメジャーに行く日も近いんじゃないかな」


山本ならきっと活躍できるよ!と綱吉は上機嫌だった。
プロとなった山本が登板した日の試合を録画したDVD。
リボーンは自宅に帰り、リビングでワインを片手に観賞した。

絶体絶命のピンチを任されるエース。
マウンドに登り、歓声を一身に浴びる姿。
ここ数年で顔立ちも、体つきもすっかり大人びた。
それでも。
負けん気の強さを表す瞳の色も、自信を漲らせて持ち上がった唇も。
変わらない。リボーンの記憶通り、山本を彩るものすべてが綺麗なまま。



(お前は、お前のままなんだな)


生き急ぐように血に塗れ、命を奪うばかりの自分とは全く違う生き物。


これで、いい。

これでよかったのだ。




『よぅ、小僧』


かつて。
この野球少年を己の欲望に巻き込んで傍に置いていた時。
微笑と共に聞こえる声に、リボーンは奇跡を見た。

信じられなかった。
自分の存在を肯定され、ありのままを受け入れられる。
それは確かな喜び。切なさにも似た、沸き立つ感情。


もう二度と手にすることはない、光。

暗闇を好むはずの死神が聞いて呆れる。



(俺も所詮は人間ってわけか・・・)


自嘲が漏れ、気づけば試合の映像が終わっていた。
山本のピッチングで逃げ切り、チームは勝利を収めた。
それでもDVDの映像は続く。





(なんだ?ニュース・・・特集か?)

奈々は家光には勿体無いほどデキた女だ。
どうやら試合だけでなく、山本が出演したテレビ番組まで録画してくれたらしい。



『それでは、山本選手にとって野球とは何でしょう?』

可憐なアナウンサーのマイクが山本の方に向けられる。



『うーん、なくてはならないモノっす。昔は世界のすべてでした。野球ができなきゃ生きてる意味ねぇってくらい』


中学生の時、腕を怪我して中学の屋上から飛び降り自殺しようとした山本。
綱吉と関係を持たせる切欠となった出来事を思い出し、懐かしさに目を細めた。



『でも、世界はもっと広がってること。オレは独りじゃないってこと。色々な事を教えてくれたイイ奴がいました』


野球以外の世界を知らなかった少年。
本当の仲間を、居場所を、模索することなく生きていた彼に。
一方的に与え、教えたのは自分。



『そいつがオレの弱さを見抜いて、突き放してくれたから。オレはこうして野球をしている。
 辛い役回りをさせちまったけど・・・すげぇ感謝してるんです。
 だからオレは一生、そいつの想いを背負って生きていくって決めてるんス。
 野球はオレとそいつを繋いでくれる、大事なモノなんですよ』





(やっぱりお前は、侮れねぇ)

気付かれていないと思っていた。
自分の中の葛藤も何もかも、知られていたのだろうか。
困惑。頭痛と眩暈が身体を襲う。


そしてそれ以上に、この胸が熱い。



あぁ、愛おしい。愛おしすぎる。



「――――山本」


声が届くことはもうないけれど。
お前が言うとおり、繋がっていると信じていいか?


突き放して、なお。


今、この瞬間も。


お前のことを愛してる。



Fin.
2009/04/17

改 2009/09/12

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