|
―――ダァン!!
ごく間近で聞こえた銃声。
朽ちかけた教会に敵を追い込んだまでは良かったのだが。
向こうも最後の作戦に出たらしく、数十人で待ち伏せていた。
踏み込むと同時に始まった激しい銃撃戦。
あらかた敵を掃除して弾の補充に息をついた瞬間の出来事。
振り向くと敵の生き残りである男の銃口が己を狙っていた。
それを確認すると同時にリボーンも愛銃を構えたのだが。
ぐらり、と男の身体が傾く。心臓には赤い花。そして吐血。彼の命はそこで散った。
しかし、リボーンは彼の最期を目にしてはいなかった。
その視線の先。
本日の任務の相棒であるボンゴレ雨の守護者。兼リボーンの愛人である男。
山本武が銃を構えたまま、固まっていた。
(――――くそっ)
その表情からリボーンはすべてを悟る。
銃は飛び道具。マフィアとなった後も頑なに銃の使用を拒否した山本。
真剣一本を背負って、彼は人殺しという道を選んだ。
己の刃で奪った命の重さを忘れないために。
良くも悪くも潔い山本らしいと、綱吉やリボーンも諭しを諦めてそれを認めた。
それなのに。
(あぁ・・・・・俺は、またコイツを傷つけた)
グッと瞼を閉じる。
この腕の中、何よりも。誰よりも。
甘やかしたい。大切にしたい。守りたい。
祈りにも似た願いとは裏腹に、現実は上手くいかない。
今まで自分の思惑通りにならないことなど一度も無かったのに。
山本と出会ってから調子は狂いっぱなし。
最初はそれが心地良くもあった。
しかし、今は違う。
リボーンを取り巻く闇が山本をじわり、じわりと侵食し始めたのだ。
春の陽気が似合う、陽だまりのような存在。
温かくて眩しくて、どうしようもなく焦がれた。
「・・・・山本、銃を放せ」
敵の全滅を確認して山本に歩み寄る。
声をかけると、ハッとしたように自分の手の中を見つめる山本。
「あっ、はは、オレ夢中で・・・間に合ってよかった」
怪我はねぇか、リボーン?
そう問いかけてくる彼の顔色はとてつもなく悪い。
無理をしていることは丸分かりで、舌打ちしたいのを何とか堪えた。
「俺を助けるなんて100年早ぇぞ。・・・だが、お陰で何ともねぇ」
そんな事よりも心配なのは彼自身。
身体は成長しても自分の感情の起伏にはひどく鈍感で。
見ているこちらが息苦しくなるほど。
山本は何も変わっていない。判っていない。
「ははは。でもさ、無事でよかった、のな」
死後硬直を起こしたかのように、山本の手から黒い銃が離れない。
どうやら自覚がないらしい。
山本の手は今、小刻みに震えている。
強く、固く握りしめているらしく死人の手のように真っ白に見えた。
いくら見慣れているといっても、発砲したのは初めてなのだから。
動揺して当たり前だと言えるのだが、その一方で。
「一発で心臓を直撃。さすが山本だな」
皮肉に響いてしまうくらい、弾丸は見事に命中していた。
リボーンの言葉を受け、山本の体がビクリと震える。
「・・・初めて撃ったけど、銃ってすげぇ、のな」
そう言った山本から表情が消え失せたのを、リボーンは初めて目の当たりにした。
「もっと軽いモンだと思ってた。なのに、すげぇ重くて、冷たくて・・・」
まるでリボーンの存在が見えていないかのように。
暗い山本の声だけが、その場に響く。
「感触なんてあるはずねぇのに、ちゃんと残ってるのな。引き金を引いて、殺しちまったっていう感覚が・・・」
自嘲するように口元が歪んでいるというのに。
その瞳はただ、自身を追い込むように冷たく凍ったまま。
まるで山本の中の悲鳴が聞こえるかのようだった。
また1つ、山本の中に在る信念が。正義が。
崩れ去ってしまった。
そうさせてしまったのは、まぎれもなくリボーン自身。
また山本の心を傷つけ、見えない血を流させてしまっている。
その原因は己だと分かっているはずなのに。
憎まれようが、地獄に落ちようが、関係なかった。
リボーンは山本を手離すことが出来ない。
それを罪というのなら喜んで背負ってやる。
そう思って今日まで来た。そして、きっとこれからも。
「山本、手を貸せ」
動揺を隠しきれない彼の手から無理やり銃を奪う。
安全装置を元に戻し、懐にしまった。ロシア製であるその銃はどうやら敵のものらしい。
後ろから狙われたリボーンを守るため、とっさに倒した相手の銃を拾ってそのまま引き金を引いたのだろう。
「ん?どーか、したのか?」
相手を気遣い、心配をかけないように平静を装うのは常のこと。
その柔らかい笑みで何でも受け流す姿を何年見続けてきたか。
哀しいほど器用で、どうしようもなく他人に甘い男である。
「その冷え切った手は、俺が暖めてやる」
普段なら新陳代謝が良い山本の手はリボーンよりも確実に温かい。
それでも今、多くの命を奪い、その度に傷を背負う彼の手は冷たかった。
だからこそ、暖めてやろうと思う。
それが山本の笑顔を取り戻す手段だというのなら、何度でも。
「・・・はは、サンキュー。でもよ、やっぱりお前の手も冷たいから、このまま繋いで帰ろうぜ?」
きっと、2人共あったかくなるはずだ、と山本が笑った。
繋いだ指先から、じわり。
体温を交換して、徐々に熱を取り戻していくことすら共有する。
幸福だ。
己には贅沢過ぎるほど。あまりにも、幸福だと。
暖め合う手を握りしめ、リボーンは気付かれぬよう、小さな笑みを零したのだった。
2009/04/25
改 2009/09/12
|