09:噛む



「小僧・・・不味くねぇ?」

「いや?相変わらずお前の血は俺好みだぞ」



真剣な顔で傷口を舐め続けていた彼が、顔を上げてニヤリと笑った。

それを見て本人が満足ならいいか、と考えることを放棄する。

一先ず、消毒液が滲み渡ったガーゼをゴミ箱に捨てた。
手当てはまだ途中だが、彼の様子にその必要性を感じなくなっていた。
真昼の保健室に2人きり。
保険医の男はナンパのために欠勤しているらしい。
耳を澄ませばグラウンドから体育をしている級友たちの声が聞こえてくる。
当たり前の日常風景。
それでも、目の前の赤ん坊の様子にはいまだ慣れることが無かった。


椅子に座って膝を抱えた姿のまま、山本はされるがままその様子を眺める。
赤ん坊は保険医専用の丸椅子に立って血が止まらない傷口を一生懸命舐めていた。
先程までオキシドールで消毒していた右膝の傷。それ以外の擦り傷には絆創膏をたくさん貼った。

4限目に行われた体育の授業中。
サッカーで小競り合いが起こり、バランスを崩して転倒。
山本が放った逆転シュートは見事ゴールに吸い込まれたが、手足のあちこちに怪我をした。
流血が酷く、教師に命じられるがまま保健室に来たのだが、いつの間にか馴染みの赤ん坊までやって来てこの状況だ。



(本っ当ーに鼻が利くのな)


当たり前か、と苦笑い。この赤ん坊にとっては空腹を刺激する香りなのだから。


俺は最強の殺し屋とか、ボンゴレ最高の家庭教師だとか。
いつも自信満々に力を誇示していた彼の秘密を知ったのは、ふいに飛ばされた未来でのことだった。
ミルフィオーレと戦うために交わされた師弟関係。修行後に明かされた正体には思わず言葉を失った。



『俺は人の生血を主食とする吸血鬼だ。こんな姿だがもう長い間生きてる怪物なんだぞ』


冗談だろ、と笑い飛ばすタイミングを逃したものの。
表情を変えずに淡々と話す赤ん坊の様子の方が気になった。
こちらが悲しくなるほど、彼はいつも通りで。
何でもしてあげたくなるのは性分としか言いようがない。
世話焼きなのはきっと父親譲り。それでも、いつの間にか言葉が零れていた。



『今度、血を吸いたいと思ったら・・・オレに言えよ?』

小僧なら別にいいぜ、そう告げる。
すると彼は真顔のまま、お前はやっぱり馬鹿だ、と低い声で呟いた。
でもその後満足そうに笑ったから、そのまま地下10階で詳しい話を聞いたのだ。

それから。
赤ん坊が望む時に、望む量の血を提供してきた。
彼にとっては『食事』なのだ。
自分達が肉や魚を摂取するのと一緒で、生きるために必要なこと。
だから嫌悪も恐怖も何も無かった。
秘密を知ったからと言って、関係が変わることも無い。
黒衣の赤ん坊――リボーンは突拍子もないことが面白くて、誰よりも優秀なボンゴレの指導者だから。




「・・っ、小僧・・・・まだ?」

「そろそろ、だな」


パァァァァァ、と目の前に広がった閃光。
まるでリボーンの声に共鳴したかのタイミングで広がった青白い光。
眩しくて思わず瞼を下したのだが、それはまさに一瞬の出来事。




「―――うわっ」

急に頬を包み込む掌の感覚に驚いて、思わず声を上げてしまった。
その手は少し冷たい。ただ、長くしっかりとした指は大人のもので。



「山本」


聞こえてきた声も赤ん坊の高いキーではなく。
耳に心地よいテノールは青年のもの。



「――― ッ!」


無防備にしていた唇に重なった感触。久しぶりだが、間違えるはずがない。
こんなことをするのはリボーンぐらいだから。



「Grazie. 今日も美味かったぞ」

これは礼だ、という言葉と共に再び重なった唇。
触れるだけのキスは親愛の情を示すように優しいものだ。
安心させるように、穏やかに繰り返される口づけにいつの間にか慣れてしまった。

リボーンは普段は赤ん坊の姿だが、一定の血量を摂取すると本来の姿に戻る。
なぜ仮の姿を持つのかというと、血を吸うために油断を誘うことや力を抑える意味があるらしい。
すでに絶滅種族と云える吸血鬼達は生き残るために試行錯誤しながら変化を遂げているのだと彼は語った。

深く考えることを苦手とする山本は、ありのままを受け入れて。
この口付けも今では当たり前の儀式の1つとなっていた。



「なぁ、なんでキスがお礼なんだ?」

ふと浮かんだ疑問。ただ純粋に、そう思った。
山本は『食事』としてリボーンに血を与える。
その『礼』としてキスされるようになったのはすぐの事だったが、その真意を気にした事は無かった。


「ああ、言ってなかったか?血を抜き過ぎて貧血になるのを抑えるために、俺の精気を唇からお前に流しているんだぞ」

「へー、知らなかったのな!サンキューな、小僧」


そう言われて納得する。血を吸われた後、部活に支障が出た事はないからだ。
それどころかいつもより調子が上がるくらいで、ホームランだって絶好調な日が多かった。
血の代わりに彼から与えられていたものがその好調の理由だと分かって、何だか心が温かくなる。


リボーンはいつも優しい。包み込むような余裕を崩さない姿に気恥ずかしく感じるほど。

だから、種族の差があっても気にならないのはリボーンという男の本質を知っているからだと山本は思う。



「なぁ、傷口舐めただけなら足りないんじゃねぇの?」


普段、首や手首に噛みつかれている身としては、彼が満足いく量で無かったことは明白で。
それを告げると、表情は変えずに少しだけ見開かれた瞳とぶつかった。



「・・・・フッ、確かにな。それにこんな絆創膏だらけなんだ。首元に1つくらい増えても、誰も気にしねぇか」


視線が少しずつ下がり、首筋にリボーンの顔が近づいてくる。
動脈を確認するように唇が触れ、舌が這う。
むず痒いような、変な感覚。それでも、山本は静かにその瞬間を待った。




プツッ。

普段は隠された彼の牙が皮膚を裂いた音。

噛んだ男は一心不乱に血を啜る。

そんな夢中な姿を見ると、無性に心が満たされるなんて。



彼には言えない、山本だけの秘密だった。



Fin

2009/06/10

改 2009/09/12

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