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『信じてもいねぇカミサマに祈れっていうのか?らしくねぇこと言うんじゃねぇよ!』
やつ当たりでしかない言葉を吐きだしながら、血が滲むほど拳を握る。
それに対してベッドに沈む男は静かに窓の外を眺めていた。
真っ白なシーツ。真っ白なカーテン。寂寥を煽る無機質な病室。
山本はこの空間が大嫌いだ。
それでも、彼がいる限り自分は此処に通い続けるだろう。
『リボーン』
白い肌を、更に白くさせた青年。身体中に巻かれた包帯の下は酷い有様なはずだ。
世界最強の殺し屋と謳われる男が振り向いて、目と目が合った。
最期を悟った静かな瞳。諦めたのではない。ただ、覚悟を決めた男の目だった。
それに挑むように、山本はゆっくりと言葉を紡いだ。
リボーンという男の魂が終焉を迎え、動かぬ身体になったのはそれから3日後のことだった。
「おい、山本。ここは何処だ?俺の身体はどうなってんだ?」
もみじのように可愛らしい手。すっぽりと腕に収まる小さな身体。
10年前から来たリボーンと森で出会い、基地に移動してきたのは数時間前。
倒れた赤ん坊を見つけて、急いでアジトに連れてきた。
つい先ほど目を覚ませた彼の身体に支障が出ないよう、ゆっくりとこの世界のことを話した。
ミルフィオーレのこと。ボンゴレ狩りのこと。綱吉のこと。ノン・トゥリニセッテのこと。
言葉にしたくないことばかりでも、目の前の赤ん坊の瞳が強すぎて。
呼吸を乱さないようにするだけで必死だった。
「随分面白いことになってンな、10年後は」
急遽ジャンニーニに作ってもらった特殊スーツを身につけたとはいえ、
無防備に浴びてしまった体は、今この瞬間も蝕まれているはずなのに。
強気な発言が彼らしいと苦笑が漏れる。
特殊スーツを着たことによって動けるようになったリボーンと対面したソファーに腰かけ、
目の前の赤ん坊を見ていると、こんな状況にもかかわらず、懐かしさで胸が一杯になった。
「山本、どうかしたのか?」
赤ん坊特有の高い声。本来の彼の低い声音を知っている分、そのギャップが面白い。
何でもない、というように首を振ると、リボーンが立ち上がって少し腰を屈めた。
これは彼が肩に乗って来る時の動作。ほんの少しの助走でジャンプする時の・・・。
昔から何回見守ってきただろう。本当に懐かしい、と目を細めてやがて来るであろう衝撃を覚悟した。
「乗るわけねぇだろ。オメェの身体、実はすげぇボロボロなんじゃねぇのか?」
すべてを痛いと叫んでる、そんな瞳だ、と言葉が続いた。
歯を食いしばって備えたが衝撃は来なかった。
明らかに体力が失われている今、耐えられるか不安だったけれど。
その代り、一番気付かれたくないことを指摘されて思わず反応が遅れてしまった。
「・・・ん?何言ってんだよ、小僧。ほら、昔みたいに肩に乗ってくれよ」
「まさかこの俺が気付かねぇと思ってたのか?随分見くびられたもんだな」
「・・・・小僧」
「この時代の俺はお前を甘やかし過ぎたようだな。だが、俺は許さねぇぞ」
ニヤっと浮かべる笑みは、リボーン特有の自信に充ち溢れたもの。
同じなはずなのに、彼は自分と時を重ねたあの男とは違うのだと。
それは無性に辛いことなのに、再び出会えた男の面影に零れ出す想い。
誓ったのだ。永遠という時間を信じない男に、不変を信じさせたかった。
ただの自己満足だと罵られようとも、どうしても欲しかったモノ。
無言のまま己のスーツを脱ぎ捨てる。
緩めに結んだネクタイも、お気に入りのシャツも、幾重に巻かれた包帯も全部。
リボーンは立ち上がったまま、その黒い瞳でこちらを見ていた。
ある一点で見開かれた瞳。その視線は信じられない、というように驚愕に染まっていた。
「バカヤロー・・・ッ、なんっだ・・・何なんだ、その身体は!」
説明しやがれ、山本ッ、と赤ん坊が叫んだ。
左胸から脇腹にかけて赤黒く変色した皮膚。
アルコバレーノの呪いに侵されているという証拠だ。
リボーン自身、身に覚えがあるものだろう。ただ、この赤ん坊の彼は知っているだろうか。
アルコバレーノの呪いは、その呪われた皮膚を口に含むと、その人間も内側から侵食されるということを。
ただ、それは呪いによって生じる痛みを共有できるだけであって、本物のアルコバレーノの呪いではない。
なので山本自身にノン・トゥリニセッテの影響が出ることはなかったけれど。
「これはオレが望んで、刻んでもらったモノ。お前が傍にいたっていう証なのな」
ニコリと笑う。これは勲章なのだというように。誇らしげに、前だけを見据えた。
リボーンと生きた。それだけが真実。それを教えてくれる痛みだから。
この身体も悪くない、と伝えたいけれど、過去から来たお前は納得してくれるだろうか。
「俺の呪いを受け入れたのか?」
「あぁ。リボーンも最初は怒鳴ったけど、最後は認めてくれたぜ」
「・・・・俺とお前の関係は何だった?」
「はは、難しいなー。とりあえず上司で、相棒で、昔馴染みで・・・・愛人、だった」
「俺を、受け容れたのか?」
最初の頃とニュアンスが変わった。
瞳を逸らさずに深く頷く。敏い彼はそれですべてを悟ったらしい。
「ハッ、山本は相変わらず馬鹿だな。救いようがねぇ。絶望しか与えられないこの手を捕ったのか」
馬鹿だ、と何度も何度も赤ん坊が言った。
その姿が死期が迫ったベッドの中で同じことを呟いた男と重なる。
リボーンに呪いをうつしてほしいと頼んだ時、ふざけるなと怒られた。
これからミルフィオーレとの激戦が始まるというのに、自ら戦闘力を鈍らせるようなことを口にするな、と。
少しずつ体を蝕む呪いは数十年かけて全身に広がり、やがて命を落とすことになるんだ、と。
どうなるか結果が見えているのに、それをよりにもよってお前に背負わせるなんて真似、できる訳ねぇ、と。
体調を崩すギリギリまで入院を拒み、ベッドに収まってからはすっかり大人しくなったリボーンが。
まるで血を吐きだすように眉を寄せ、悲痛な表情を浮かべて、怒鳴ったのだ。
想像した以上に哀しげな顔をされて一瞬、決意が鈍りそうになった。それでも、譲れなかった。
『カミサマを信じて来世を祈るよりも、生涯お前に刻まれた呪いと共に在りたい』
ただ、それだけのこと。
お前を愛した証だ、なんて恥ずかしくて言葉に出来なかったけれど。
やっぱりお前には敵わねぇな、とリボーンが呟いて、すでに力を失った筈の腕で抱き締めてくれた。
「なぁ、小僧。オレさ、真剣にお前を愛してた。・・・・・なんて最期までお前には言えなかったけど」
それでも伝わっていたと信じてもいいか?と唇の端を持ち上げる。
緊迫したこの状況で、大切な人を次々に失くした自分だけれど。
希望は確かに残されているのだ、と過去からやって来たリボーンを見て思ったから。
唐突に眩い光で道を照らし、迷わないよう導いてくれるのは。
いつだって晴れのおしゃぶりを持つ、最強の殺し屋兼家庭教師だ。
「・・・自分自身に嫉妬しちまいそうだぞ」
馬鹿らしい、というように舌打ちした赤ん坊。
白くて可愛らしい特殊スーツを着ていても、溢れるような殺気を隠すことなく。
不機嫌なオーラを醸し出す姿は確かに己が知るリボーンと同じもの。
「なぁ、小僧。10年前のオレはどうしようもないガキだけど、根気強く愛してくれよ」
「山本、オメェはそんな呪いを受けた体になっても、まだ俺を選ばせろと言うのか?」
「はは、当たり前じゃねぇか。オレはお前に捕まって後悔したことなんて一度も無ぇよ」
「・・・・・10年で随分、愛を語るようになったじゃねぇか」
「そりゃあ優秀な家庭教師が一緒だったからな」
こうして呪いを刻んだ意味。たとえ自分から寿命を縮めることになっても。
彼と共に生きた、それだけが己に残された事実だから。
たとえこの身体がリボーンの温もりを忘れてしまっても。
この想いは彼を亡くしても変わらないんだという、根拠の無い自信があった。
「10年前のお前に辛い思いをさせるのは気が引けるけど、オレは嬉しいのな」
椅子に立ち上がったままの小さな体を抱きしめ、久しぶりに左肩へと座ってもらった。
呪われた赤ん坊の姿でも確かに感じる心音。体温。その呼吸。
この10年、ずっと身近に存在していたものだ。
どうしようのないと思ったこの世界に希望の光が見えた。
ミルフィオーレの脅威への対抗はもちろん、リボーンという男の温もりを思い出させてくれた。
「今つけてる香水を選んだのは俺か?知れば知るほど腹立たしいな」
俺好みの匂いさせやがって、と。
大人しく肩に乗った赤ん坊が、いかにも気に食わないというように言うから。
どんな状況でも自分に執着を見せる姿は相変わらずで。
呪いを刻まれた体には少し響いたけれど、涙が浮かぶほど笑った。
絶望どころか、いつだってオレに道を照らしてくれるのはお前だぜ、と。
明くる日の夜。
イタリアからの使者を迎えに行くためアジトを出る前に伝えた時。
赤ん坊が浮かべた笑みに、自分の選択は間違っていなかったんだと確信した。
地上に出てからひとり、空を見上げてそっと囁く。
今は亡き人に捧げた愛の言葉はただ、静かに、闇夜の中に溶けていった。
Fin.
2009/09/06
改 2009/09/12
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