15:掃除をする




何の変哲も無い土曜日の夜。
練習試合を終え、軽い練習と打ち合わせを行って帰宅した。
体育教師兼野球部の監督である山本には土日と云えど完全な休みは少ない。
それでも選手として野球に打ち込んできた現役の頃から体力には自信がある。
こうして仕事終わりでも、肉体労働は厭わない。

「本当にお前は元気だな、山本」
「ハハ、掃除くらいで何言ってんだよ」

すっかり部屋着のジャージに着替えた自分と違い、この部屋の住人である男はスーツのままだ。
ソファーに座ってテレビを眺める彼は寛いでいるように見えても、いつも隙が無い。
掃除機をかけ終わり、彼が好むブラックコーヒーを淹れる為に山本はキッチンに向かった。


「はい、熱いから気をつけろよ」
「オメェ・・・俺を誰だと思ってんだ。最強の殺し屋だぞ」

リビングのローテーブルにおやつ代わりのクッキーを置いて、山本も隣に座る。
自分には温めた牛乳を用意して、ゆっくりとそれを口に運んだ。
静かな夜。テレビではプロ野球の試合が中継されていて、つい見入ってしまう。
何度となく繰り返される、これがリボーンとの日常だった。


「山本、新しい情報が入ったぞ」

低い声で呟かれた言葉に振り向くと、黒い瞳と視線がぶつかる。


「お前の親父を殺した組織に目星がついた」

誰かという特定までは至ってねぇがな、とマグカップを片手に喋るリボーンの横顔をジッと見つめた。


「そう、か。ハハ、さすがだな。オレが数年かけても分からなかった情報を、半年足らずで見つけちまうなんて」
「当たり前だ。ボンゴレの情報網は確かだからな。お前みてぇな一般人と一緒にすんな」


手厳しい言葉に苦笑する。それでもリボーンの機嫌がいい事だけは分かるので、良しとしよう。
約半年前。高熱のためマンションのドアの前で倒れていたこの男を拾って看病してから。
いつの間にか機嫌が分かるようになるまで同じ時間を過ごしたのだから、不思議な縁である。
そう、倒れていた男の正体は隣人。
しかもイタリアンマフィアに所属する殺し屋だと聞いた時には、あまりの展開に言葉を失った。
世界的には平和だと称される日本の小さな街で、まさかの出会い。
それでもその事実を素直に受け止め、巡り合えたこの奇縁に対して神に感謝したくなったほど。


山本は大学卒業後、高校の教員として普通の生活を送っている。
男手一つで育ててくれた父親は大学在学中に病死した。否、それは表向きで正確には暗殺されたのだ。
父である剛は寿司屋を営んでいたが、同時に江戸時代から続く殺人剣の後継者で、いくつもの刺客に狙われていた。
時雨蒼燕流は代々山本家に受け継がれ、昭和初期まで実際に暗殺稼業を生業にして生きてきた。
その名残が今もなお、力を利用したい組織や腕に自信がある剣士に狙われる理由となっていた。
もちろん山本自身、今は立派な9代目後継者だ。
教師として普通の生活に溶け込みながら、実際この身体には暗殺者の血が流れている。
昔から野球を好んでいたが、父の誇りである剣術を継ぐことも立派な夢であり、剣の道に入ることに対して何の戸惑いも感じていなかった。

そう、敬愛する父親が惨殺されるその日まで。



「前から聞きたかったんだが、暗殺者の正体が判ったらお前は復讐するのか?」

リボーンの言葉に、身体が一気に強張るのを感じた。
高熱で倒れた彼を看病した時、借りを返したいというリボーンの言葉に甘えて。
父を殺害した人間を特定をするため、その調査を依頼した。
多忙であるにも関わらず、彼は日本に滞在する時の隠れ家の一つであるというこのマンションを訪れるたび、
何かしらの情報を持って来てくれるようになった。
だからそのお礼として、たまに隣室である彼の部屋の掃除をするようになったのだ。
大体一か月ごとに帰って来る男。使われない部屋は綺麗なものだが、どうしても溜まる埃も無い方がいいだろうと思って。


大好きだった父親。時雨蒼燕流の現後継者であるという自負。
殺された父の無念を果たすのは、自分しかないと信じている。やらなければならない、と覚悟している。



それでも。



「お前からは俺のように血の匂いがしねぇ。人を殺したこと、ねぇんだろ?」


ビクリ、と肩が震えた。やはり気付かれていたのだ。
いまだに日常にしがみついたままの情けない己を。


「確かに人を傷つけるのは好きじゃねぇけど。でも、親父を殺されてこのまま引き下がるなんて出来ねぇ」


これは紛れも無い本心だった。
中途半端な覚悟だと笑われたとしても。
昼間は生徒達に囲まれて授業をして、野球部のためにメニュ―を考え、グラウンドで一緒に汗をかく。
そんな日常が好きだ。それでも、夜になって闇の中にいると自身の中の血が燃えるように熱くなる。
脈々と受け継がれる剣士としての誇りがそうさせているのだろうか。
日常と、復讐の狭間で揺れる脆弱な心。

リボーンと知り合ってから、ようやく犯人の目星まで辿り着こうとしている。
ずっと、ずっと知りたかった。戦わずにはいられないと思っていた。それでも。



「情けねぇよな・・・・知りたいのに、知るのが恐いと思っちまうなんて」


ハハ、と零す笑みさえ空々しく響き、リボーンが舌打ちしたのが分かった。
彼が殺し屋だと名乗った瞬間、山本自身も時雨蒼燕流のことを話していた。
同僚にも友人達にも自分の家系について、秘密を明かしたことはない。
それでも、この男なら、と思った。

揺るぎない自信。確固たる意志。鋭い眼光。
すべて、山本が憧れる強さを持つ男、リボーン。
亡き父親のように、真っ直ぐ伸びた彼の背中を見るのが好きだった。


「バカヤロー。この俺が情報を渡すだけで終わると思ってんのか?」
「・・・ん?何が言いてぇんだよ」
「相変わらず鈍い男だな、山本」

リボーンが着こなすスーツは真っ黒で、その姿はまるで鴉のようだ。
ただ、彼が醸し出す気品、威厳、それら全てが鳥の王者と謂われる鷲を連想させた。

その男がはぁぁ、とワザとらしいほど大きな溜息を零して。
こちらを向いた双眸の輝きに、思わず息を呑んだ。圧倒された。



「俺は世界最強の殺し屋だぞ。依頼されれば誰だって容赦しねぇ」

依頼料はお前でいいぞ、と低い声が耳元で響いた。


「なん・・っ・・んー・・っ」

視界も、呼吸さえも奪われた。咄嗟のことで頭が働かない。
ただ、触れた唇が、どうしていいのか分からないほど。
労わるような、ひどく優しいキスだった。

そのまま押し倒されて、来ていたジャージに手が伸びてくる。
掃除したばかりのリビングが汚れ、また掃除する羽目になるのは明日の話。

その後、家財道具を一切奪われてイタリアに連れて行かれたのは数ヵ月後のことだった。




Fin.
2009/11/15



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