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『ガキの頃から甲子園に出場して優勝するのがオレの夢だった。今年、やっと巡ってきたチャンスなんだ。
仲間や親父、色んな人と約束したんだ、絶対に全国制覇するって。オレが絶対、叶えてみせるって!
だから、頼む。全力で野球ができるように、イカれちまったこの肩の怪我を治してくれ!!』
やや緊張した面持ちで、それでも相当の覚悟を持って告げる山本の姿に胸がざわめいた。
正面から見れば見るほど、まだまだ視野が狭く、未熟なガキでしかないくせに。
たかが部活動に命を懸けるという少年を哀れに思いながら、それでも日本一には自力でなると言う。
負けん気の強さ、誇り高き信念、強靭な心、生命力に溢れた山本の魂はひどく美味そうだった。
年齢。活力。生き様。
命ある者が持つ魂の輝きは人それぞれ。
それを欲する悪魔や魔物たちの好みにもよるが、山本は極上の部類に入るだろう。
(あぁ、早く喰いてぇぞ・・・)
山本の魂を食す瞬間を想像し、リボーンは込み上げてくる愉悦を抑えるのに苦労した。
祈りは彼方、月は君の傍らで 6
甲子園出場のため現地入りしてから数日後。
世話になっている宿舎を出て山本は一人、近くの小さな公園にやって来ていた。
リボーンは契約している間、契約者の傍を離れられない。
そのため山本の動きを見守るように、大きく翼を広げて彼の頭上を飛んでいたのだが、
夜も遅く、誰もいない公園のブランコに座った山本の傍へ、そっと舞い降りた。
「おい、山本。こんな時間に単独行動して怒られねぇのか?」
「バレなきゃ大丈夫だって!携帯電話もあるしなっ」
「お前にしては珍しいな。まさか今日の開会式でビビったのか?」
「はは、むしろ早く試合したくて仕方ねぇのな。早く明後日になってほしいくらいだぜ」
山本が喋るたびにブランコの錆びた部分がキィィと音を立てる。
公園内は静かだった。淡い外灯の光が山本の頬を照らしている。
抽選によって大会三日目に試合を控え、随分気分が高揚しているようだ
山本は夜空を見上げ、それでも口元にはいつもの笑みを浮かべていた。
「分かってたんだけどよ。本当に甲子園来たんだって、今日はようやく実感したっつーか」
ハハハ、と山本は実に野球少年らしい言葉を紡いだ。
「これから日本一を懸けてみんな戦うんだって思ったら武者震いっていうか、ジッとしてられなかったのな」
練習によって日焼けした顔は嬉しくて堪らないというように輝いていた。
戦いの火蓋は切って落とされ、一度でも破れればそこで終わりの一発勝負。
夏の甲子園をどれだけ駈け上がれるか、山本に圧し掛かるプレッシャーは相当のものだろう。
だが、山本はそれさえも楽しいと言わんばかりの表情で毎日を過ごしている。
「お前みたいな野球バカ、見たことねぇぞ」
「酷ぇな、リボーン。高校球児なんて全員そんなモンなのな」
「フッ、馬鹿は死んでも治らないって?」
「あはは、そうだな。オレはこの後に死んでもきっと野球が好きだろうな」
公園にやって来てから久しぶりに正面から山本と目が合った。
その瞳は輝きを失わず、けれど覚悟を決めたように静かな色を燈したまま、
こちらを見つめる視線に、なぜかリボーンの身体は動きを鈍らせた。
出しっぱなしの翼から長い尻尾の先まで、まるで時を止めてしまったかのように。
山本の願いが叶えられた後の話について、確信めいた言葉が出たのは初めてだった。
「怖くねぇのか?そこまで分かっていて」
何を聞いているのだ、とリボーンは内心で自分自身を罵倒しながら。
それでも、言葉が勝手に零れてきた。
「怖くないって言ったら嘘になるけどよ、リボーンはちゃんとオレの肩を治してくれた」
再び壊れた肩のせいでこれ以上のプレーを禁止されて苦悩した日々。
山本がどんな思いでひとり抱え込み、神社で祈るしかできなかったかをポツリポツリと話し出した。
聞けば聞くほど、どれだけ山本の中で自分が美化されているのかを朗々と語られて。
本来の自分とあまりにもかけ離れた姿に、リボーンは零れそうになる溜め息を我慢した。
「リボーンと出会わなきゃ、今頃オレは夢を諦めて、野球部も辞めて、きっと死んだも同然だったぜ」
ありがとう、ありがとう、と表情の一つ一つで山本が伝えてくる。
「だからさ、リボーンには本当に感謝してるんだ。オレの命でいいなら貰って欲しいくらい」
どれだけ綺麗な事を言っていても、いざ死を目の前にした時の人間の狂気を何度も見てきた。
命を乞う者、反撃を試みる者、色仕掛けをする者、絶望の淵に立てば何でもできる、というように。
しかし、限られた付き合いであるが、山本が嘘を吐くような奴でないことを知っている。
本心を語っているからこそ、こんなにも目を逸らさず、穏やかに言葉を重ねるのだろう。
(・・・・・クソッ)
それからは身体が勝手に動いていた。
ブランコに座ったままの山本に覆い被さり、顎を持ち上げて強引に唇を重ねる。
腕を回して山本の腰を固定し、これまでになく二人の距離を詰めて。
しっかりと鍛えられた少年の身体は熱く、少しだけ汗の匂いがした。
「り、っ、リボーン?」
唇を離した途端、ぜぇはぁ、と呼吸を整えながら目を丸くしている山本。
もちろんこの少年に色気などあるわけがなく、阿呆のように口を開けたままなのに。
どこまでも真っ直ぐな瞳を向けてくる姿に、一瞬でリボーンの頭は冷えた。
「予約みてぇなもんだ。もうお前は俺のモノだぞ」
嘘だった。悪魔であるリボーンはいくらでも都合良く嘘を吐ける。
ただ、山本にこれ以上喋らせたくなかっただけの無意識の行動。
リボーン自身も不可解で、この接吻の意味など今は考えたくない。
山本を黙らせることができるなら、もうそれで。
「ハハ、よく分かんねぇけど。お前のキス、ひんやりして気持ちよかったぜ」
それから。
公園の時計が二十一時を指したのを見て、山本は慌てて宿舎に戻って行ったが、
今は追いかける気力が起きず、リボーンはその場でしばらく佇む羽目になったのだった。
7へ
2011/03/20
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