夜の並盛神社でリボーンと出会ったのは桜が散ってすぐのこと。
現在は脱水症状が懸念されるほど、暑い暑い夏真っ盛り。
契約を交わしてから約四ヶ月。


住み慣れた町を離れ、野球の聖地である場所に立っている。
高校球児たち、いや、野球をする子供すべての憧れの場所。
普段はプロの選手がプレーしている凄い野球場は今、熱気に包まれて、
流れてくる汗を拭い、山本は妙に自分の意識が冴えていくのを感じていた。


(ヤベェかな・・・周りが静かなのな)


ピッチャーとしてマウンドに立つ自分の背後を守る仲間達の声も、
こんな遠く離れた土地にまで駆けつけてくれた応援団の声も、
野球ファンによって埋め尽くされた球場内のざわめきも、
何も聞こえない。聞こえるのは内側から響いてくる自分の鼓動のみ。



(はは!オレ今、すげぇ生きてる。生きてるんだなぁ)



帽子の柄で顔を隠し、息を吸って吐いて深呼吸を一つ。
口元に笑みを浮かべて野球ができる喜びを、この真剣勝負の場に立てる幸福を乗せるように。
暑い太陽の下、山本は手の中に握ったボールを渾身の力で投げて、投げて、投げ抜いた。







祈りは彼方、月は君の傍らで 7






あっという間の日々だった。
開会式から始まって、一回戦、二回戦、三回戦、準々決勝、準決勝、決勝。
どんどん最高気温が上昇する中、真夏の戦いは想像以上に厳しく過酷なものだった。
疲労は溜まり、精神的な苦痛も募る一方で、勝ち上がる喜びをチーム全員で分かち合う。
約二週間の激闘を終えた瞬間、その場に崩れそうになった身体は仲間達によって抱き締められ、
それに応えるように山本も満面の笑みで、人差し指を青い空に向かって突き立てた。


仲間たちの大量の汗と泥で汚れた顔とか、我慢できず泣きだした顔とか、堪え切れない眩しい笑顔とか。
まるでスローモーションのように見える光景を、山本は目に焼けつけるようにジッと見つめ続けた。
それから閉会式が始まって、報道陣に囲まれ、宿舎に帰った後は今までに経験がないほど豪華な祝勝会。
他の部員たちは解放感から大いに食べ、大いに話し、大いに笑っていた。試合前より元気じゃないだろうか。
一方、身体は疲れて盛大に腹も減っているはずなのに、勝利の興奮で何も感じない自分に苦笑しながら、
山本はちらりと視線を彷徨わせ、祝勝会の会場から姿を消したリボーンの居所を考えていた。









深夜、日付を超えて皆が寝静まった頃。
部屋の畳の上に敷かれた布団から起き上がり、山本は静かに宿舎を抜け出した。
玄関を出て、部屋の辺りを見上げる。これで最後だと思えば感慨深くなるものだ。
意外と白熱した枕投げも、トランプや携帯ゲームでの賭け事も、仲間たちと戦った日本一への道程もすべて。
思い出すだけで胸を熱くする楽しい時間だった。よかった、と思えるだけで充分。
救われた、助けられた、そう思うと心苦しいが、リボーンには感謝してもし足りない。

熱帯夜と呼ぶに相応しい不快な夜の街をひとり、歩く。
角を曲がって見えた先には漸く見慣れた小さな公園。
こちらにやって来てから、気晴らしや自主練のため何度も足を運んだ場所だ。
リボーンはきっとそこに居る、と山本は何故か解っていた。

それと同時に、約束の時が来たのだと云うことも。





「よぅ、リボーン。待たせたか?」


目当ての男はブランコの隣りにあるベンチに足を組んで座っていた。
真っ黒なスーツ姿で漆黒の翼を持つ男の姿は何度見ても異質なのに、
山本にとってはリボーンだというだけで違和感や恐怖など微塵も感じない。
たとえ今、その綺麗な口から鋭い牙が出て、形の良い指先から長い爪が伸びようとも。
それらを使ってこの身体を引き裂こうとしても、ただそれを受け入れるだけ。

すでに夢を叶え、欲しい物を手に入れた山本にとって、すべきことは決まっている。
楽なモンだな、と小さな笑みを浮かべながら、一歩一歩ベンチに向かって歩み寄った。



「本当に逃げねぇんだな、山本」
「そんな卑怯な真似しねぇよ。心外なのな、リボーン」
「・・・あぁ、冗談だ。お前ならあっさり来ると思ってたぞ」
「約束だからな。リボーン、今までありがとな。あとはお前の好きにしてくれ」



目の前に立って、両手を広げる。ついでに目も閉じてみる。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは今日の昼間の光景。日本一のマウンドで見た景色。
試合後、真っ赤な目をした親父に皆の前で抱き締められたのは少し恥ずかしかったけれど。
あんなにも嬉しそうなみんなの顔を見れたのだから、すごく幸せだ。
野球ができて、親父が笑って、これ以上、何も必要ない。だから、恐怖は。



「俺の好きにしていいんだな?」



立ちあがったリボーンの気配に怯みそうになる身体を叱咤し、目を閉じたままその時を待つ。
試合の時のように、やけに自分の心臓の音が激しくて、今更ながら一筋の汗が背中を伝った。



「いいぜ、覚悟はできてるのな」
「そうか。じゃあ遠慮なくいただくぞ」



そんな言葉と同時に伸ばされた手が頬を包み、身体全体がリボーンに拘束される。
これからどんな衝撃が来るのか、悲鳴を上げそうになる自分の唇を噛み締めた。



(・・・えっ!?)


降って来た冷たい感触は覚えがある。初めてこの公園に来た時、予約だと言って塞がれた唇。
その時は一瞬のことだったが、今度は強引な力で唇を抉じ開け、舌が入って来た。
出会った頃からリボーンの身体はどこもかしこも体温というものを感じない。
口の中までひやり、と冷たく、熱いこんな夜にはぴったりだ、と霞んでいく頭で山本は思った。



「・・ぅ、・・ん・・・っ」


ぬちぬち、と舌先が絡み合って唾液が音を立てる。逃げてもすぐに捕まえられ、咥内を蹂躙される。
まるで縋るように回してしまったリボーンの背中からふわり、と何かが舞い上がった。
羽根だ、と理解した瞬間に身体を離そうと試みたが、当の本人の力によって阻止されて。
そんな行動を非難するようにリボーンの口付けは荒々しくなり、上唇の裏や舌先を緩く噛まれてしまい、
もう何も考えられなくなった頃、ようやく唇が離されると腰から下の感覚が無くて膝から崩れ落ちそうになる。



「こんなのタダの味見程度だぞ。だらしねぇ奴だな」



呆れたような口ぶりに反論しようにも、ひりひりする唇では上手く言葉を紡げない。
何度か女子から告白されて付き合うようになった後、キスまで経験していた。
それでもその先は生半可な気持ちで進んでいいと思わず、何もしないまま終わるのが常で。
こんな激しい口付けについていけるわけない。そもそもリボーンにとってこれはキスなのだろうか。
味見というからには、この後、本格的な食事が始まると言うことだ。




「なぁ、オレの事どうやって食べるんだ?別に頭でも心臓でも構わねぇけど、先に聞いときたいのな」



抱き締められたまま、リボーンの顔を覗き込んで、そう問うてみた。
どうせなら先に聞いておいた方が心の準備もできるというものだ。
これまでは野球でいっぱい、いっぱいだったため、大事なことは何も訊いていない。




「・・・・山本は俺の想像を斜め上に超えていくな。まぁ、黙ってるのはフェアじゃねぇか」



眉間に寄せた皺はそのままに、大きな溜息を吐きだしたリボーン。
少しだけ持ち上げられた唇の笑みを眺めながら、山本は続く言葉を静かに待った。



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2011/03/20



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