魔界には様々な魔族が単独、もしくは複数でそれぞれの領域を守って生活している。
姿形も多種多様。それでも互いに食事の対象にはならないため、争いは意外と稀だった。
何もせず生命を維持できる種族は少なく、大体が人間界に出て狩りをする生活。
総じて共通しているのは悪魔や魔物といった魔族たちは新鮮な精気が必要なことだ。
人間、動物、植物、微生物、太陽や月からもエネルギーを摂取できる種族が存在する。
リボーンほど上級の悪魔となれば、種族の壁を越えてそれを可能にしていた。

ただ、長く生きれば生きるほど、強さを持てば持つほど、求めるものは際限なく。
気付けば、リボーンの好物は人間の魂になっていた。
そして魂の食い方にも各種族、様々な作法があり、大きく分けて方法は約二種類。
魔物たちのように魂諸共、肉体も全部喰らうやり方。
それとは別に、契約を交わしてその報酬に身体から魂だけを抜きとって喰らうやり方だ。
血肉を食い散らかす魔物たちの食事は好かない。いつでも品良く、優雅に、が信条である。


簡単に魂を抜き取る方法もあり、リボーンは愛銃で人間の脳天を撃てばその魂を自分のものにすることができる。
わざわざ契約を交わして魂を手にするやり方は単に暇潰しの一環だった。
これまで狙った獲物を逃がしたことはない。いつだって美味しくいただいて来た。


今回もそうなる筈だったのに。



(俺の負けだ、山本)


あっさりと敗北宣言をしてしまえるほど、山本は特別な存在になっていた。









祈りは彼方、月は君の傍らで 8











「生きてみやがれ、山本武」



まさか人間に向かってこんな言葉を吐き出す日が来るなんて。
同族であるシャマルやコロネロに知られでもすれば、どんな反応をされるか。
確実に笑い転げる姿が想像でき、同種間で戦争が勃発しそうだ。
軽い頭痛を感じるものの、今は目の前の山本だとリボーンは向き直った。



「・・・・えっ、でも、リボーンはオレの肩を治してくれただろ?あっ、筋肉ばっかで美味そうじゃないからか?」
「問題はソコじゃねぇぞ。俺は元々、お前の魂だけを貰うつもりだったんだ」
「なんだ、そうなのか?オレはてっきりバリバリ食われるんだと思ってたぜ」
「誤解が解けて何よりだぞ。それと、お前を殺さねぇ理由なんだがな」



噛み合わない会話だ、と思いながら、長い話をしなければならないと覚悟を決める。
自分らしくないのは自分が一番知っているから。それでも、山本に伝えたい言葉ができたのだ。
リボーンは先程まで腰かけていた公園のベンチに並ぶようにして二人で座った。



「お前はもっと周りに愛されてることを自覚しろ。その後に死んでもきっと遅くねぇぞ」



山本はいつだって自分が与える側で、どうやって相手を喜ばせようか考えて、実行して。
自分の価値はそれだけだと本気で思っている節があった。
野球にそれを見出したからこそ必死で続け、結果を残したかったのだろう。不器用にも程がある。
だから甲子園で優勝した後、自分が居なくなった後のことを想像できないのだ。



「お前が死んで遺される親父やチームメイトのことを考えたか?」
「そりゃ、悲しむかもしれねぇけど、でも、」
「野球で功績を残したから、自分はもう用無しだと思ってるんだろ」
「・・・・・だって、そんなもんなのな」


ちらり、と横目で見た山本は目を伏せたまま、太腿の上で拳を握りしめていた。
昼間、日本中を興奮させた投手には思えないほど、今の山本は儚く見える。



「だからお前はガキなんだ。野球は世界の一部であって、お前の世界はもっとデケェ筈だぞ」



約四ヶ月、リボーンが傍に居て見守って来た山本武という少年の本質。
ここで殺してしまうには惜しいと思うほど、太陽のような笑顔を持つ可能性に満ちた男。



「自分をもっと愛してやれ。この俺が認める人間なんてお前が初めてなんだぞ」



自分の価値を、周囲の愛を、もっと信じることができたなら。
山本は肩を壊して野球を辞める道を歩んだとしても、きっといつか笑えていたのではないだろうか。
それだけの強さを身の内に秘めた人間など、そうはいない。だから殺すのは勿体ないのだ。



「野球以外にも好きなモン見つけて笑っていられるように、もっと、もっと生きてみろ」



生かしてやるからには結果を出せ、と最後につけ足して。
もう習慣のように自然と手が伸びた先には触り心地の良い山本の頭。
くしゃり、と髪の毛をかき分けるに撫でると、山本の身体が震えた。



「・・・・はは、やっぱり」



一瞬、泣いてるのかと思った山本の瞳は濡れることなく、
それどころか、思わず目を奪われるほど、清く澄んでいるように見えた。



「やっぱり、リボーンは優しいのな。本当に、変な、悪魔だ」



優しい悪魔なんて恰好つかないじゃねぇか。
相変わらず失礼なヤツだ。それでも、仕方ないから許してやる。
すっかり毒されちまったのはコッチの方なのだから。


さあ、最後の仕上げだ。
リボーンは似合わない感情を捨て去るように、その場で音もなく立ちあがった。



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2011/03/20




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