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実際、死ぬことがどういうことなのか、真剣に考えたことなんてなかった。
もしかすると、敢えて考えないようにしていたのかもしれない。
夢のため、現実を捻じ曲げて野球を続けた。
それだけのことをするからには命を懸けるしかないじゃないか。
自分のために、皆のために、全力を尽くした後にどうなろうとも。
これ以上ない絶望を味わった後だったから余計に。
リボーンに会って、願いを叶えてもらって、それだけで救われたんだ。
燃え尽きるまで見守られて、こうして覚悟を決めてきたのに。
『生きてみやがれ、山本武』
今更だけど、知ってるけど、この男は本当に悪魔なのだろうか。
この世に悪魔がいるんだから、会ったことないけど天使もいるのかな。
それなら、リボーンが天使でもいいんじゃないかと思う。
まるで闇のような漆黒の翼を持っていても、笑い方がすごく意地悪そうに見えても。
想像するだけで笑ってしまった。
でもそれ以上に、与えられた言葉の温かさに、溢れる笑みを堪えることができなかった。
祈りは彼方、月は君の傍らで 9
「リボーン、どうかしたのか?」
言いたいことを言い切り、突然立ち上がった男を見上げると。
「殺さねぇ理由は以上だぞ。本題は此処からだ」
バサリ、と一瞬だけ漆黒の翼が音を立てる。
まるで黒い花びらが旋風によって舞い散ったようだった。
何度見ても見惚れるような現実を超えた光景。
オレはこの翼が好きなんだな、と山本はこの時、気が付いた。
「山本との契約は魂を貰う代わりに肩の怪我を治すことだった」
「あぁ、オレの望みは叶えてもらった。次はリボーンの番だぜ」
「山本は殺さねぇ。だが、それでは世界の均衡が保たれねぇんだぞ」
「オレだけ得しちゃズルいもんな。じゃあ他に、オレがリボーンできることはあるか?」
「話が早くて助かるぞ。さっき俺の好きにしていいって言ったよな?」
「ハハ、言ったぜ。だから何でも言ってくれ」
ボルサリーノの下、星の光みたいに静かな瞳を浮かべるリボーンの顔を覗き込んだ。
「抱きてぇ。お前がどんな顔で啼くのか見てみたいぞ」
リボーンの右手が頬に添えられる。
耳から入った情報を脳が理解した瞬間、一気に顔が熱くなった。
冗談だろって、馬鹿言うなって、否定するには、先程の口付けが鮮明すぎて。
リボーンの目が見れない。心臓がさっき以上にうるさいから。
「顔、赤いぞ。可愛いヤツめ」
面白そうな、からかうような響きを持った声が聞こえた。
「本気でお前を抱くつもり、だったけどな」
「・・・・止めたのか?」
「ああ、一晩の夢で終わらすのは惜しいと思ったからな」
「頼むから。もう、早く言ってくれ」
心臓が持たない、こうして正面から覗きこまれているだけで。
これまでずっと一緒にいてこんな気持ちになったことなんてないのに。
変だ。すごく変。魂が吸い取られてるんじゃないかと思うほど、息苦しい。
「魂の契約を継続させたい。いつか山本が死んだ後、お前の魂は俺のモンになる」
リボーンの言葉は難しい。
それでも、何故か最初から疑う気は一切起きなかった。
「また、オレはリボーンに会えるってことか?」
よく分からないけれど、それなら嬉しいと思ってしまった。
「ああ、お前が死んだら迎えに来るぞ。それまではお別れだ」
頬にあった手が耳朶に移動し、ゆっくり頭が撫でられる。
この感触が好きだ。体温なんてないのに、優しい手。
リボーンのこの手のひらを感じるのは、きっともう最後。
「なんか、すげぇ寂しいけど。でもオレ、絶対忘れねぇから」
自分の死期なんて分からないけど、それが数年後か、何十年後か。
必ず訪れるいつか、を考えた時、恩人の悪魔に会えると思えば怖くないだろうと思う。
迎えに来てくれることを想像すると、本当に天使みたいだと可笑しくなった。
「・・・・・・・チッ、悪魔を誘惑するんじゃねぇ」
不機嫌な声と共に、重ねられた唇。
冷たい感触。まるで雪のような。溶けてしまう、一瞬のキス。
「契約成立だ。大事なモンを増やして、どうせならずっと笑ってろ」
唇が解けた瞬間、リボーン姿はもう何処にも見当たらなかった。
夢だったように、幻だったように、跡形もなく消えてしまった。
「次に会ったら、大事なモンにリボーンが入ってることを一番に教えるのな」
抜け出してきた旅館への帰り道、ふと見上げた先には綺麗な満月。
リボーンと出会った夜を思い出す。
どうか見ていてくれ。
生きるよ。もっと色んな人に出会って、色んな世界を見て。
分かんねぇけど少し自分を大事にして、いつか逢うお前に誇れるオレで在りたい。
(甲子園優勝が叶ったから。次は、)
月の光が眩しくて。
きっと明日も暑いのだろう。それでもやがて秋になり、冬になって、春が来る。
思い描くことを止めていた未来に向かい、山本はその一歩を踏み出した。
Fin.
2011/03./20
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