『これからもさ、守らせてくれよ。小僧のこと』



長きに渡り、後悔と憎悪によって忌み嫌い続けたアルコバレーノの呪いが解けた、その翌日。
お前が好きだ、とクールに告げた後に返ってきた山本の言葉は予想外で、リボーンは表情を変えぬまま動揺した。
その時、ジッと山本の瞳を覗いても、澄み切った輝きは少年の時と同様に汚れなく、美しいまま。
だから彼が発した言葉の真意に眉を潜めたが、すぐあることに気付いて平素を取り戻した。
小さな笑みを零して、まだまだ未熟ながら鍛錬によって鍛えられた山本の身体を力いっぱい抱き締め、ありったけの想いのまま、情熱的なキスで呼吸を奪い、
リボーンは山本のすべてを手に入れた。




頬だけでなく、耳や首筋まで真っ赤になった山本の姿が、どうしようもなく愛しかった。





 
 
明日を聞かせて、君の声で






 
山本が撃たれた、という第一報が入ったのは午前二時を過ぎた深夜のことだった。
任務で地中海に浮かぶ島の視察を終えて、帰りのヘリコプターに乗ろうとした瞬間、発砲された弾は山本の右肩を掠り、狙撃手はすぐに気配を殺して逃亡。
部下たちが慌てふためく中、撃たれた山本自身、冷静にそれを確認して追撃したというのだから、彼らしいというか。まったく、頼もしいにも程がある。
ただ、そんな山本の行動は慣れと覚悟による産物なのだと知る人間は、あまりにも限られていた。






 「もう!その殺気をどうにかしてよ、リボーン」
 
 

リボーンの教え子であり、現在はドン・ボンゴレ十代目として君臨している綱吉が眉を下げ、昔ながらの情けない声で訴えてきた。
もちろん視線一つで黙らせて、リボーンは目の前に置かれたデミカップを持ち上げ、淹れたてのエスプレッソを味わう。
だが、それはいつもの味と違い、やけに苦々しい風味でリボーンは小さく舌打ちした。


 
 「幸い山本は数針縫うだけの軽傷。夜明けまでにはこのボンゴレ本部に戻って来るって」
 「フン。それよりも山本の動向、即ちボンゴレ幹部の予定が外部に漏れてることが問題だ」
 「・・・無理しちゃって。そりゃあ情報漏洩についてすぐ調査するけど、山本は有名人だからねぇ」



どこから漏れるか特定は難しいと思うよ、なんて綱吉が溜息と一緒に吐き出した言葉は、下降していたリボーンの機嫌を更に損ねた。
綱吉に言われなくとも嫌というほど知っている。
現・ボンゴレ十代目ファミリーは伝統あるボンゴレ従来の名声と功績を差し引いたとしても、あらゆる組織からの関心が非常に高く、良い意味でも悪い意味でも
注目の的だった。ボスを筆頭に守護者達の多くが日本人であること、彼らはまだ学生ともいえる若さを持ち、一般社会の出であること。
それだけでは不安要素にしかならないが、彼らは最強のアルコバレーノとして尊敬と畏怖を合わせ持ったリボーンの指導を受けて成長し、マフィアとして相応
しい実力を発揮していた。ボンゴレ九代目が後ろ盾となり、今では立派にボンゴレファミリーを切り盛りして、次第に称賛の声を増やした一方、その力に恐れを
なした敵対組織や殺し屋達の恰好の標的として命を狙われる結果となった。
それから、山本は何度、度重なる危機を脱してきただろうか。

 
最初の頃、リボーンが集めた十代目ファミリー達の中、話題を集めたのは新ボスである綱吉と元・最重要囚人という過去を持つ六道骸だった。
そう、年若き剣士という認識でしかなかった山本武が、やがて世間から注目されることになった最たる原因は、すでにアルコバレーノの呪いが解け、十代目フ
ァミリーの後見人を務めるリボーンにあった。
選ばれし七人としてアルコバレーノは神のように畏怖され、深い敬意を持って人々から憧憬される。
殺し屋としてだけでなく、家庭教師としても最強の称号を得ていたリボーンは数十年に渡り、"生きる伝説"として絶大な人気と信頼を勝ち得ていた。
それは本来の姿を取り戻した後も引き継がれ、イタリアで活動していく内に可愛い教え子として、または任務での相棒として、行動を共にする山本の存在を知
らしめる結果となった。





 "世界最強アルコバレーノの寵児" "死神に愛された雨の剣士"




世間では、日本からやって来た山本武という青年を、そう呼んだ。




 「なんだか最近多いね。ホント心臓に悪いよ!今月、これで何度目だっけ?」
 「爆弾一回、暗殺二回、狙撃・・・今日で二回目だな」
 「山本は強いけど心配だよ。今回は無事でも、次は分からない」
 「マフィアじゃ日常だぞ。甘くせぇことをグダグダ言うな、ダメツナが」
 「おっ、お前な!!そもそもお前が山本を連れ回すから山本の危険が増してるんだぞっ」
 「アイツは俺の芸術品だからな。手離しておくなんて勿体無ぇだろ」


 

表向きは師弟関係だが、その裏で密かに情を交わしていることを知っているのは、ごく一部の人間だけだった。
カールしたモミアゲを無意識に撫でながら、リボーンがニヤリと"ごく一部"に分類される綱吉に視線を流した途端、大きな溜息が綱吉から零れた。
そんなまったく可愛げが無くなった教え子に対して、昔と同じように愛銃を取り出そうかとも思ったが、無駄な労力だと思い直し、リボーンの重い舌打ちだけが
二人きりの部屋に響いた。




 







その後ようやく訪れた、いつもと何ら変わらない、平凡な夜。






 「いっやー、すげぇ殺気を感じた時には身体が動いてさ!小僧に特訓して貰ったおかげなのな」





二人で拠点にしているアパートメントの一室で、山本はソファーに座ったまま朗らかに笑っている。有名なスポーツメーカーのジャージを着て、ホットミルクを
飲む姿は中学の頃から変わらない。黒いスーツよりジャージが良く似合う男。
そう、野球の神に愛された少年は、死神の黒い手に捕まって、闇の世界で剣を振るい、自らの命を削っている。
かつて実体さえないと恐れられた孤高の殺し屋は、プライベートはもちろん、任務先や出張先、本部内でも山本を傍に置き、誰から見てもそれは"特別"な存
在であることを主張するものだった。自分の後継者としての教育だとか、まだ未熟な弟子への修業だとか、周囲が納得する理由はいくらでも思い付く。
実際にそれを信じ、若い彼の将来を恐れ、今の内に始末しようと山本が狙われているのは明白だ。
我ながら甘くなったモンだ、とリボーンは自覚していた。
誰にも言うつもりはないが、山本が此処まで標的にされるとは正直、予想外の出来事だった。
むしろ、寵愛を受ける山本に害をなせば最強の殺し屋であるリボーンの逆鱗に触れると恐れ、手を出す連中は減るのではないかと考えていた程だったが全く
甘かった。そんな思惑とは裏腹に、山本の存在は加速的に世の中に浸透していったのである。

実に腹立たしい。この怒りのまま暴れていいのなら、弱小どころか中堅クラスのファミリーならば、一夜もかからずに全滅させてやれるだろう。





 「チッ。お前を傷つけた奴等の亡骸を公開して、二度と手を出す気にならないようにしてやりてぇぞ」
 「はは、物騒なこと言うなぁ小僧は。オレは簡単に死ぬ気ねぇから大丈夫だって!」
 「ふん。それなら俺の九番目の愛人だということも公表しちまうか?名実共に俺のモンだと宣言すんのも悪くねぇ」
 「いや、えーっと、それは恥ずかしくて本部内すら歩けねぇのな」




苦笑いのまま、こちらを見る山本の頬は紅く染まっていた。普段から明け透けで、寛容で、健全な山本が照れるという場面はひどく限られている為、不意打ち
のようなその表情はリボーンの劣情を大いに刺激する。出会ってから、何年経っても損なわれることがない魅力の多さに、異常な敗北感を覚え、強引に唇を
合わせて奥まで味わった。
いつだって、山本を傍に置いておくと喉が渇く。本能のまま、渇望する。






 「・・・んっ、なぁ・・・なんか機嫌悪ぃ?」
 「色々と手加減できる気がしねぇからな。今日はこれだけで我慢してやる」
 「あっ、と、そっか。サンキュー、な」
 「黙らねぇと今すぐ犯すぞ」




どんな人間でも恐怖で凍りつく、殺気さえ帯びた低い声。だが、目の前の彼には何ら効果はなかったらしい。
よっきゅーふまん?と、声に出さず山本の唇が動く。その表情は子供のように無邪気で、明るかった。それに反してこちらは鋭く、乾いた感情が出口を求めて
這い回っているというのに、いい気なものだ。だが、この苦悩こそが、山本に手を伸ばした瞬間から覚悟していたものだろう。山本から夢を奪い、家族を奪い、
輝く未来を奪ったリボーンだからこそ、守り通そうと覚悟を決めた。春の木漏れ日のように、柔らかな山本の内側を。






 「あーっと、あのさぁ、小僧」



今も尚、軽く抱きしめ合っていた身体を少しだけ遠ざけ、山本がそっと口を開いた。




 「はじめる時、オレ言っただろ?小僧のことを守りたいんだって」




迷いなのか、照れなのか、山本の瞳が右往左往して。




 「小僧が強いのは知ってるけど。小僧がいなきゃオレは悲しいから、これからも一緒にいてぇから」




透明でありながら、強い意志を滲ませる、力強い声。


 
 「オレはお前のことを守りたいし、自分の身も守る。だからその為に強くなるのな」




もちろん、ツナや皆を守りたいって気持ちも忘れてねぇよ?と心配する気にもならない、山本なら間違えないと確信できることを、本人は真面目に訂正した。
あぁ、バカらしい。何年も一緒にいて、山本の情の深さを見誤っていた自分自身に、リボーンはひどく呆れ果てた。





 「・・・まったく、山本には勝てる気がしねぇ」




苦笑いしながらの敗北宣言。負けたままでいいなんて、山本だけだ。山本だけだった。
渦巻き、押し寄せる思惑も、感情も、すべて浄化してしまう愛しい人に。
明日という日も、命を紡いでゆくことを、此処に誓った。







Fin.

2011/12/26

改 2014/04/07


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