20:振り払う





山本は野球を始める前の幼い頃
から、自分のことを幸運だと思っている。
偉いね、凄いね、そんな賞賛の声をたくさん聞いた。時には妬みや僻みも混じっていた。
それでも山本は何も気にしない。いつも通り、何も知らないふりをして笑っていれば周りが勝手に優しいね、と笑うのだ。
凄いという言葉も、優しいという声も、自分のことだと実感がない山本は特に気にしない。
4月生まれの山本は小学校に上がる前まで、同い年の子どもの中では身体が大きくて力も強く、足も速いのでとても目立つ存在だった。
それは地域の少年野球チームに入った後も変わらなかったが、山本は4月に健康な身体で生まれることが出来て幸運だな、と両親にただ感謝した。
また、山本は一人っ子だったが父が寿司屋を営んでいた関係で人見知りをすることなく、誰かの世話をすることにも慣れていた。
だから商店街の子ども達の中ではリーダーのような存在として頼られることが多かった。すごいね、と誰かが言う。
山本はいつも苦笑するしかない。自分では何もしていない、父である剛の教育が行き届いていたお陰だろう。自分は幸運だと心底思う。

それから、順調に年齢を重ねて、小学生から中学生になった。
野球部期待のスーパールーキー、勉強はいまいちだが運動神経抜群の天才。
にも関わらず、クラスの皆に平等に優しく、場を和ませるムードメーカーだと、自分の周りにはいつも優しい言葉が溢れていた。
山本だって否定したことがある。そんな大層な人間じゃないんだと。
それは謙遜だ、と更に回りはいい奴だ、なんて笑うから、山本だって一緒に笑うしかない。
山本の世界はいつもキラキラと眩しく、優しいもので埋められていた。しかしただ幸運なだけだと信じて疑わない山本にとって、それは何処か遠く、
虚像でしかなく、このまま一生、誰にも本当の自分を理解されることなく、孤独感と共に生きていくのだと思っていた。

それが変わったのは、中学に入って数ヵ月後。
普段は誰か個人に注目することがなかった山本の中で赤丸急上昇だった少年が親友になってすぐのこと。





『ちゃおッス』




可愛い挨拶と共に現れた小さな赤ん坊。
真っ黒なスーツを着こなし、殺し屋だと名乗る小僧と出会ってから、山本の周囲も、山本自身も、驚くべきスピードで変わっていった。
偉いな、凄いな、と昔から言われ続けていた言葉を、今度は山本自身が親友に向かって零すようになったのだ。
それは本気の賛辞で、真剣に言っているのに当の本人はいつも全力で否定していた。


あぁ、と山本は唐突に理解する。
自分よりも非力で、身体も小さい綱吉は本物だということを。
山本はやはり人よりも若干幸運なだけで、人を惹きつけ、上に立つ人間はこんなにも偉大で、敬愛すべきものであるということを。
ハハッ、と人知れず笑みが零れた。こんなにも可笑しく、素直に笑えたのは初めてかもしれない。





「ごきげんだな、山本」


部活帰り。校舎内で出会った小さな赤ん坊を肩に乗せ、沢田家に向かっている最中だった。





「ハハハ。今さ、すっげぇ楽しいなって思ったんだ」
「・・・ただ帰ってるだけだぞ?」


特に何かを話していたわけでも、目の前で何か起きたわけでもない。
それなのに笑い出した山本を見てリボーンは首を傾げている。
赤ん坊特有の柔らかい手が山本の頬を撫で、短い髪の毛を梳く仕草をする彼も機嫌が良いと思うのだが、あえてそれを指摘することもなく、
山本は素直に口を開いた。




「小僧たちと出会って、オレは楽しいことばかりだから」




周囲の認識と、山本が思う自分の認識との差が開けば開くほど、本当の自分が遠ざかる。
理解されないのは仕方がない、と何処までも諦めていたけれど。





「オレは過去を振り払って、ようやくオレになれたのな」




隣を向けばすぐ傍にある赤ん坊の頬に、唇をそっと押し付けた。





オレを見つけてくれてありがとう、小僧。


親愛なる黒衣の赤ん坊に出会えたことが何よりの幸運だ、と。
珍しく目をまん丸に見開いて驚くリボーンの姿に、山本はもっと楽しくなって、怒られるまで笑い続けていた。


Fin.

2014/04/24


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