そぼ降る雨の中。 1本の傘を持って街を歩いた。 帰って来ねぇサンジを迎えに・・・。 こんな生ぬるい雨の所為で帰って来ねぇ。 濡れるのを嫌がるほどヤワな野郎じゃねぇし。 理由なんか一つしか思いあたらねぇ。 どうせ雨を避けてどっかでタバコを咥えてんだろ? 仕方ねぇから傘を持ってってやるよ。 てめぇの為じゃなくて、そのタバコの為に・・・。 柄にもねぇ事考えたのは、 今日の雨がまるで、 1年前のあの日によく似てっからかもな・・・。 雨の中、サンジを探して歩いた。 風もほとんどねぇ、真っ直ぐに落ちてくる雨。 ゆっくりと湿っていく身体が、あの日の事を思い出させる。 丁度1年位前にも、こんな雨の日があった。 1年前のあの日、俺は途中から降って来た雨の中をこんな風に闇雲に歩いていた。 雨宿りなんてつもりじゃねぇ。 ただ、歩くのにもいい加減飽きてきて、ちょっと横になろうと入った小屋の中。 それが・・・今日への第1歩だなんて、その時には欠片も思っちゃいなかった。 あの頃はなんだか、わけがわかんねぇくらいイラついていた。 何かあれば絡んで来て、勘に触るような事ばっかり言いやがって、 悪ぃのは口だけじゃねぇ、それと一緒にクセの悪ぃ脚をブンブン振り回す野郎で、 四六時中寄ると触ると喧嘩ばっかりしてた。 そんな奴の瞳が、なんだか色を失くしてきたのに気づいたのは いつ頃の事だったろう。 あの雨の日よりも、もっとだいぶ前のことだった。 表向きが変わったわけじゃねぇ。 相変わらず、口は汚ぇし、脚だって飛んできてた。 喧嘩だってなくなったわけじゃねぇ。 それでも、どことなく感じる違和感、そんな違いがヤケに勘に触った。 考えてみりゃ、そんな些細な変化に気づいたって事は 俺が奴をずっと見ていたからって事なんだろう。 今ならわかる簡単な答え。 当時はそれを必死に探していた。 サンジの曇る瞳に引き摺られるように、俺の中にも重たいものが混ざるようになって、 どっかじゃれあってたみてぇな喧嘩の中に、 いつの間にか得体の知れない感情が垂れ流されるようになっても、 俺はそれがなんなのか気づかねぇでいた。 ある時、喧嘩の最中、ムカツク奴のネクタイを思いっきり引っぱっちまって、 奴の顔を思いっきり間近で見ちまうまで・・・。 一瞬かち合った視線と視線、あの野郎の目が揺れて、そしてすぐさま逸らされた。 逸らされた視線が信じられねぇ・・・そんな野郎じゃねぇハズだ。 だか、信じられねぇのは俺も一緒だった。 普段と違うそのツラを見て、俺に、どうしようもねぇ衝動が走りやがった。 そのまま・・・抱き寄せてしまいてぇ・・・。 左手に抜身を握ってなけりゃそうしちまってたかもしれねぇ。 得体の知れなかった感情の答えを思いついたのはその時だったろう。 俺はおそらくそれ以前から、 サンジを抱きたかった。 この腕の中に入れちまいたかった。 そんな・・・気づいたものがあったとしたら、その一瞬だったろう。 それでも、行動に移ることは出来なかった。 その前に俺はサンジの膝を腹に喰らってぶっ飛んでいたから。 そして、その日から、奴ははっきりと俺を避けるようになっていった。 暗い広場の真ん中で雨の中・・・ 小声で歌っているサンジを見つけた。 何の歌かはわからねぇ。 でも、その顔があんまり嬉しそうで、 濡れるサンジの髪と微笑む口元に・・・思わず視線が固まった。 その顔は・・・あの日の雨の中で俺がはじめて見た顔と被って、 ボサっと突っ立ってバカみてぇに奴に見蕩れながら・・・ 俺の記憶はドンドン遡っていく。 気がついちまったそんな自分をどうしていいかわからずに、 ただイラつくだけだったあの頃の事。 今日と同じ細かい雨の振った日の出来事。 あの日がなければどうなっていたんだろう? 今となってはラチもねぇ事だけど・・・ 名前も忘れちまった島だけど、久しぶりに陸で宿を取った日の事だった。 夜中近くなっても帰ってこねぇ奴の居所なんて、容易に想像がつく。 それに腹を立てるなんて、終わってる・・・そんな自覚もねぇわけじゃなかった。 それでも・・・1個だけあいた空のベッドを見るのに耐えられなくて、 細かい雨の振る中、酒を飲みに外をうろついた。 いいかげん飲んで、宿に帰ろうと歩き回って、面倒くさくなっちまって、 そこらへんにある、ちっぽけな物置の中に寝転んだ。 まさか・・・サンジが入ってくるなんて事があるとも思わずに・・・。 ドアの開く音、そして人の気配。 それで目を覚まして半身を起こすと、カチッと小さな聞きなれた音がして、 ほのかな灯りが辺りを照らしだした。 探るようにぐるりと回された小さな灯りが俺のところで止まる。 顔の前に掲げられた揺れる炎の向こうに、サンジの顔があった。 「閉めて入って来いよ。」 ごちゃごちゃと相変わらずどうでもいい事を捲くし立ててるサンジの、 確実に強張っている顔を見ていたくねぇ、そんな気がしてそう言った。 ライターの蓋が音もなく閉じられた今、雨夜とはいえ、入り口から入る灯りが邪魔だった。 動かねぇ奴に代わって、立ち上がりドアを閉める。 サンジの口元に灯る煙草の火だけが、暗闇の中ゆっくりと点滅していた。 不意にどっかに行っちまいそうな気がして、思わず奴の腕を取った。 夜目に慣れた俺の目に映るのは、奥に何かを隠してるサンジ。 それが知りたかったのか知りたくはなかったのか。 頭で考えたわけじゃねぇけど、そんな状態のサンジを逃がしたくはなかった。 近寄ると口元から立ち昇る煙草の香りに混ざる甘ったるい匂い。 理不尽なのはわかってる、それでもどうしようもなく胸糞が悪くなった。 奴の纏う女の匂いに、どうしようもなく怒りが込み上げてきた。 それを詰る権利はどこにもねぇ・・・ それでもどうしようもねぇ感情がある事・・・そんなもんをその時はじめて知った。 「てめぇ、最近俺の事、避けてんだろ?」 俺が奴に関して思っていた事を見透かされてるのかもしれねぇ。 だから、奴は俺を避けてるんじゃねぇのか? その前の数日間で俺が出した答えはそれだった。 だとしても・・・ こうして腕を取ってみたら、引くことなど出来なかった。 「てめぇ、俺に何か言いてぇ事があんだろ?」 いっそはっきりと野郎が俺を避けてる理由を聞けば・・・ あるいは思い切れるかもしれねぇ。 だが、奴の口から出てくるのは、ムカツクがどうでもいいことばかりだった。 暴れる奴を両腕で包み込むように拘束する。 ハラマキがどうとか、そんな事が聞きてぇんじゃねぇ。 喉元まで出かかったそんな言葉を飲んだのは、 そんなつもりじゃなく、抱き締めた奴の細い身体の所為だった。 耳から素通りしていく言葉よりも、 逃げられないように後に抑えた奴の身体から伝わってくる熱に気を取られていた。 サンジは気が付いてたんだろうか? 俺がその距離を縮めてしまいたがっていた事に・・・。 俺の手の中でバタバタと暴れながらも、奴の口は止まらねぇ。 それでも・・・でけぇ声でどうでもいい事ばっかりを くっちゃべってた奴の口調がちょっとづつ変わっていった。 俺はそれに口を挟めずに・・・いつの間にか奴の声に引き込まれていった。 「なんで、飯喰いに起きて来ねぇんだ」 (てめぇが起こしに来りゃいいじゃねぇか) 「少しは美味ぇって顔してみせやがれ」 (あれ以上美味ぇ顔なんてどうやったらできんだよ) 「もう少し怪我しねぇようにできねぇのか・・・」 (てめぇ・・・それをてめぇが俺に言うのか?) 「そんな生き方してると・・・いずれくたばっちまうぞ・・・」 (こっちのセリフじゃねぇか・・・心臓に悪ぃ思いをさせてんのはどっちだよ) 「少しは・・・周りがどんな思いしてるか考えてみろよ・・・」 (じゃぁ・・・お前は・・・お前は俺がどんな思いをしてるか知ってるのか?) 最後の言葉は・・・呟きに近いものだった。 「どんな思いをしてんだよ?」 どうしても聞いてみてぇ気がした。 見つかりかける答えが サンジの身体に残る女の残り香に邪魔されるような気がして、 雨の中に連れ出した。 全身を濡らす雨の中で、いらねぇ匂いもいらねぇ気負いも・・・ ごちゃごちゃと余計だったもんが全て洗い流されていった。 そして・・・その中で残ったもんが今も続いている。 雨の中のサンジの顔から目が離せなくて、ただ見ていたくて、黙っていた時間。 交わされた言葉はどこにもなかった。 それでも・・・ いつの間にか引き寄せていた身体がすっかり冷たくなった頃、 サンジの手が俺の背にまわり、ゆっくりと穏やかにそして妙に優しく笑った。 その顔だけで俺には充分だった。 なぁ、てめぇわかってんのかよ。 目の前の雨の中微笑むサンジの姿。 俺が1年前に見たもんと同じ顔。 そして俺はあの時と同じで、 声をかける事も出来ずにバカみてぇにてめぇに見蕩れてる。 雨の中、どのくらいそうして見ていたのか・・・。 俺に気づいた奴が駆け寄ってきた。 「クソ遅ぇんだよ!」 誰も迎えに来るなんて言ってねぇじゃねぇか・・・。 軽く1発蹴りを喰らった。 すぐに脚の出るところは、1年前から一つも変わっちゃいねぇ。 それでも、そう言われると待ってられたみてぇで、 なんだかくすぐったい気がしてくる。 黙って見てた上に、なんだかクソこっ恥ずかしい事を考えてた、 そんな頭ん中が見透かされたみてぇでうろたえる俺に 優しいキスが一つ、雨と一緒に降ってくる。 最高の笑顔で笑うサンジ。 今の俺も・・・きっとそんな顔で笑ってんだろうな・・・。 |
前サイト「Color Separation」一周年記念にいただいた小説ですvvv
ありがとうございました♪ 再アップに辺りコメントは省かせていただきました。 このお話は、前サイトでのカウントゲットで描かせていただきました「雨にうたれるサンジ」と「「雨にうたれるサンジ」を迎えに行ったゾロ」のイラストのイメージから書いてくださいました。 |