「お世話サマ」 うとうと、と眠りに片寄り始めたゾロの視界の端を、未だ鮮やかな灯りが引っ掛かる。 いったい今が何時なのかは知らないが、月さえない夜の中、闇の中、その光りだけが生きているものの場所のような気がして、ふらりと立ち上がると、そのままそこへと向かっていた。そこに誰がいて、何をしているのかも知っているのに、何故か意識の端にも浮かばず、漫然に。 キィ、と蝶番の立てる音に、この光の中で時間も気にせず立ち動いている、同じ光を弾く金髪がある筈だった。 だけど、見てみればそこには誰も居ない。 一番に目に入るキッチンには人陰がなく、その前の椅子にすら人がいなかった。 あいつが消し忘れるはずがないのにな、と不審に思ってキッチンへ足を運ぶ。そこでは低い電子音をさせたオーブンが周囲の温度を一段上げて、稼動していた。 「おい、どうした?」 背後の声に驚いたのは、ゾロの方だった。 いったいどこにいたのやら、靴音もさせず気配も見せずに背後に立っていて、振り返った真ん前にその声の持ち主が立っていた。 「いや……」 「酒か?」 いつもと同じやり取り。だけど驚いたゾロは言葉に詰まる。 曖昧な間は肯定と取られたらしく、サンジはそのままワインクーラーの棚の前へ行き、中から一本引き出した。 渋みの強い、赤。確か前にも出された。 アルコール度数はゾロにも満足行くもので、そして甘さの欠片のないその味が気に入っていた。うまいと言ったのを覚えていたのだろうか?――覚えていたに決まっている。 同性に対しては乱雑で乱暴なくせに、そういう気配りだけを忘れないのが、彼なのだ。 「お前、どこにいたんだ?」 キュポンとコルクが抜かれて、グラスなど上等なものは添えられずにボトルを差し出されたので、反射的に受け取った。 「どこでもいいだろ」 どこかふて腐れた声。何か気の触る事でもしたのだろうかとゾロは一瞬悩むが、思考回路の違いは既に歴然としていて、どれだけ考えたところで答えは得られないのだと知っていた。 だから、途中で止めた。 せっかくなのでぐいとボトルに口をつけ、酒を飲む。 目を細めその熱さが喉元を滑り落ちて行き、臓腑に辿り着く道のりを楽しむ。だが、そうでなくて。 「中に居なかったよ……な?」 部屋の中はからっぽに思えたのだ。 最近軋むようになったラウンジの入り口の蝶番は、未だウソップが修理をしていない。金属音のないまま姿を現したサンジはどこかぼうっとしていて、よいしょとしゃがみ込むオーブンの中身を見ている姿が、妙に冷然としていた。 変な感じだった。 サンジであって、サンジでないような。 「中に? ………居たけど」 「嘘つけ、さっき居なかったじゃねェか」 「ああもう、どうでもいいだろ。目的のモン手に入れたんだから出てけよ。邪魔だ気が散る!」 「はいはい。てめェは未だ寝ないのか?」 「これが出来るまで30分はぼーっと待ってるしかねェな」 「なら、先に寝ちまえばイイじゃん」 ふと気付いた。彼のぼんやりさ。 サンジはとっくに眠いのだ。それの無理を押して起きているから、どこか冷然として散漫でいて、曖昧な感情を惹起させていたのだ。 「アホか、ちゃあんと出来てるかどうか、確認せずに寝れる訳ねェだろ。せっかく旨いモン作ってんだ、最後まで完璧に……」 最後の言葉は大きなあくびに中断された。 どうやら最高潮に眠いらしい。もしかしてさっきは、と部屋の片隅を見れば、綺麗に畳まれた毛布の上にぺこんと小さなくぼみが出来ていた。 テーブルの上にボトルをおいて、オーブンを覗き込むサンジの横に同じようにしゃがんで覗く。 前髪をはらり、と上げればそこにくっきりボタンの跡が付いていて、思わず笑みが漏れた。 「んだよっ」 振りほどいたサンジの頬は、オーブン内の色目を反射してオレンジ色だ。そこに赤みがさしたところで分りっこない。だけどゾロには分るのだ。 「なんだ、寝てたんじゃねェか」 「るせェ、ちょっとだけだよ。すぐ起きただろ」 再び、手を伸ばして前髪を書き上げた。 くっきり残る、スーツの袖ボタンの跡。 くすりと笑って、そして衝動に駆られて、意味もなくそこへキスをした。 「…………」 「い、いや。なんとなく」 ぽかんとした顔をしたサンジに、ゾロはバツが悪くなり、思わずそっぽを向く。 似合わない気障な行為に照れているのは明白だ。 くくくと喉奥で笑ってサンジは、すっくと立ち上がった。 「あのさ」 「ン?」 手のひらが、まだしゃがんでいる緑の頭にのせられる。 くいくい、と引っ張ったりかき乱したりと、短な頭髪でサンジは遊ぶ。 「これから30分、寝る訳にはいかねェけど、眠いんだ」 そのままの意味の言葉で、何を伝えたいのか分らないゾロは頭を上げて、サンジを見た。 目に、捕らえられた。 「一緒に付き合ってくれよ」 立ち上がったゾロは、求められるままにキスをした。 最初は数えていたけれど、いつの間にかその意味のなさに気付いてしまったので、もう回数なんか分らない。 数え切れない、と言うべき回数目の口付けは最初から遠慮のない口腔をまさぐる官能を追い立てるキスだった。 舌を舐め上げ、上顎をくすぐる。舌を摺り合わせて、思わずふるりと走った寒気に似た物に肩を震わせて、唾液の糸が垂れる。 唇の輪郭をバカ丁寧に辿ってやれば、サンジはくすくすと笑って口の端に辿り着いたゾロの唇を、ぱくりと食べた。 甘く食み、まるで最高級の食材を扱うように舌先で転がす。 煽られて、サンジのシャツを巻くし上げた。料理途中ということでジャケットは脱ぎ捨てられて居た。都合の良い事に。 利用されているなぁとの感覚はないでもないのだが、それが心地良いと来ているのだから、文句は言えない。むしろ利用されて得をした気分にすらなっているのだから、御愁傷様だ。 シャツをウエストから引き出すと、その下は無防備なシャツに劣らないすべやかな手触りと白さの肌があるのを経験上、ゾロは知って居た。ひどくゾロの手にはしっくりくるのだ、この肌は。 それを知っていて触れない由縁はどこにもありはしない。 触れられる側もそれを望んでいる。 ダイニングテーブルへと口付けを交わしながらサンジを抱え上げて転がすと、シャツをボタン3つまで解いてその先は自分で脱ぎ捨てた。 真っ白だった肌がどんどん色付いて行く。 視覚からの刺激だけで、ゾロは熱い吐息を落とした。 「あのさ」 「なんだよ」 被いかぶさり、首筋にキスを落としながら、官能混じりでないひどく当たり前の声が水をさす。 「30分後、おれ、あれ見なきゃなんねェから」 「はぁ?」 「だから、そういうコト」 そういうコト、の意味を知ったゾロは憮然とした。 「却下」 言葉短に言うと、心得た箇所を刺激する。 そんな中途半端なところでやめられてたまるかとの気持ちで、情け容赦なく責め立てた。 「……っく、ァ」 下着もなにもかも必要無いと剥ぎ捨てると、何か物をいいたげにサンジが唇を開いたが、新たに加えられた愛撫に言葉は喘ぎに変わった。 ――自分から誘っといて、それはないだろう? 中途で終わらせろと取れたその発言に、ゾロは尚も執拗に、そんな事を意識から消し去ってやろうとの挑発的な意気込みで、一方的に責め立てる。 軽くおられた膝が痙攣するように震え、浮かされた腰がその先を望んでいる。望むように差し向けたのは自分だが、あっけなさすぎるだろうとも思いつつ、望み通りに彼自身に触れて、後孔への愛撫を加え、馴れた頃に自らを穿った。 これも繰り返された動作で、ある時から回数を数えるのは放棄している。何故こんな事をしているのかと言う理由さえも考えるのをやめて、ただ無心に行為をすすめる。 最初に誘って来たのは、サンジだった。 この女っ気のない船の中、グランドラインに入ってしまい、次の島に辿り着くのかいつかわからなくなった深夜に、今夜の始めのような濃厚なキスを施されて、その気にさせられた。 単にそれだけの理由だと、そんな気はしている。 女が居ないのだから、性欲だけは有り余る十代後半、お互いで処理しあおうとの理由。 だけど、回数を重ねる内に、それだけではない何かが生まれてしまいそうだった。 だから、回数を数えるのをやめた。 無数の中の一つとして、単なる行為に意識は押し込めて肉体の求める快楽をただ単純に、追い求める。 感極まった声が上がると同時に、腹部に暖かいものが吐き出されていた。遠慮を忘れていたせいで、性急に物事を進めすぎたのだ。 穿ったゾロのものは未だ全然余裕が残っていて、堅さを持ったままだ。まあ、いいかとそのまましゃくりあげるように敏感な器官を擦りあげられるサンジは喘ぎを吐き続けた。 「って……最悪、てめェ」 掠れた声が欲情の欠片をまとっていて、再び反応しそうになるのをゾロは押しとどめた。 ちょっとやりすぎたのは分かっている。 小さな舷窓の外はうすら明るく、まもなく朝になろうとしているのだ。途中機械音を立ててオーブンの庫内の色を失っているのにも気が付いて居た。 「一人でうたたねしてりゃ良かった……」 ぶつぶつと言いながら、幾度も突き上げられ倦んだ快楽に疲れた腰を摩り、サンジはキッチンテーブルから起き上がっった。 テーブルの上はいかにも惨澹たる有り様だ。 数時間後にここで皆が食事を取る場所などとは思いたくなかった。 げんなりしながら、 「お前、そこ片付けろ。水汲んで来てきっちり拭け!!」 とゾロに指令を下すと、サンジはとっくに冷め切って、出来がどうかなど分らないオーブンの中の肉塊を取り出した。 旨いに違いない。 だけど、味見もしない状態では、はっきりしない。 薄く肉の端を切り落とすと、口の中に入れた。 それからげんなりした顔をする。 取りあえずそれを飲み下すと、コップ一杯に冷たい水を注いで口の中を浄めた。 要するに、味が混じってしまって良く分らないのだ。 行為の途中からもう訳が分らなくなってしまったサンジはゾロのモノをいつのまにか飲まされていた。その味に馴染み切った口腔は、別の味を入れた途端に、急に味を鮮明にさせたのだ。 「くっそー………っ」 元はと言えば、誘ったのは自分だった。 あそこまでやられるとは思ってもいなかったけれど、自業自得とはこの事を言うのかもしれないと悔しさをどこにぶつけるべきか、自問自答した。 律儀に水をバケツに汲み上げて来たゾロが、テーブルの上の惨状を見遣って、しかしサンジとは別に笑いを浮かべる。 乱れてしまった自覚はあった。 こんな場所でした事がなかったからだ。 それにやたら積極的なゾロというのも、ついぞ見た事のないものだったので――いや。言い訳はやめよう。 「床まできっちり拭いとけよ! それから」 「ハイハイ」 「それから、てめェは朝食抜きだ!」 八つ当たりも甚だしいサンジに、ゾロは苦笑を浮かべながら言われた通りにテーブル周りを浄めて居た。 きっとサンジも食べないことが分かって居たからだ。 先ほどまでの濃い情事が行われていた場所でモノを食べるなど、通常の神経では少しありえず、そしてサンジはむしろやたら気にする方なのだから。 だから、皆に心の中で謝り倒した後で、きっと甲板ででも何かを摘むだろう。それを横から頂けば良い。 なにもかも見通されているなどと知らないサンジは頭から湯気をあげそうな案配に、何に対して怒ったらいいのか分らない有り様で朝食の準備をはじめている。 もうすぐ、夜が明ける。 いつもより早い準備は、いつも通りの時間を要して「メシー!」と飛び込んで来たルフィにそのまま食べさせてやっていた。 自己嫌悪。 一歩引いた場所で煙草をふかしながら、平和な顔をして眠っている剣士に、取りあえず八つ当たりでケリを入れておいた。 「あら、なにやってんのゾロ」 昼食も終わり、それぞれが好きに過ごしている時間だ。 ゾロは蜜柑畑に座り、珍しく起きて居た。 時折やってくる伸縮性のある泥棒からは、緑の葉っぱを盛大に付けた内に隠された果実を守っている。 「こいつが寝てんだよ」 ちょいちょい、と指を示すと、珍しい事もあるものねと肩を竦めた。 蜜柑畑の根元、いつも通りにナミの蜜柑の警備をしようとして、そのまま眠ってしまったらしい。背中を幹に預けて首を傾げた姿はあどけない子供のようで、頼り無い。 攻撃がなければとっとと自分の膝の上に、そのまるい頭を乗せてやるのにな――と、ゾロは思い。 「なんでゾロが代わりをやってるの?」 笑い含みの魔女の言葉に、キッと視線を向ける。 どうせなにもかも分かっているのだ、あの女は。 悔しいながらも知っている。だから何も言い返す事も出来ずに、睨み付けた。 「はーいはい。お世話サマ」 くすくすと笑いながら、彼女は船首へ向かって行った。 本当に、お世話サマだと思う。 形のないなにかのために、わざわざ訓練をさぼっている自分をかんがみて。 |
■ FIN |
カウント6000ゲット。
「ゾロに面倒を見られる(見てもらう)サンジ」 ありがとうございました♪ |