April fool
「それがオススメなのか?」 「えっ。……いや、個人的にはものすごく心惹かれとるけど、いくらなんでもこれはあんまりやろ」 「値段的には丁度いいんだけどな」 「……そういう問題やないやろ」 私と火村が揃って首を傾げているのはアジアン雑貨店の巨大(流石に実物大にあらず)な木彫りのキリンの前だった。 昨夜──否、0時を回っていたからもう今日か──私の部屋の電話を鳴らした10年来の悪友は、友人の結婚祝い選びに付き合ってくれと言った。 これが大学時代の共通の友人だというならばいざ知らず、綿貫だなんて人間は私のアドレス帳に記載されていない。 切羽詰まっている訳ではなかったが、依頼されていたショートショートの締切が遠くなかった(10日後)ので、一端は断りかけた私だが、火村が晩飯を奢ってくれるというので、ならばと出掛けることにした。我ながら単純である。 結婚祝いなら小洒落た食器と写真立てあたりが無難だろうと、地下街のアジア雑貨店に入って店内を物色している時に、今目の前にあるキリンの置物と目が合ったという次第だ。 そういう時は目をそらせばいいことは解っている。だが、そういったものは、目をそらしたところで、既に網膜に焼き付いてしまっているのだ。 23,800円。有名な寺の舞台から飛び降りずとも、手が出せそうなこの微妙な値段がまた曲者である。 「すいません。これ、頂けますか」 私が腕組みしながら唸っていると、何を思ったのか火村が店員を呼びつけ、そのキリンを指差した。 私は慌てて火村を制した。 誓って言うが、自分の欲しい物を横取りされそうになったからではない。 「火村、待てって。これほど当たりはずれが多い贈り物もそうないぞ。貰って嬉しい人は嬉しいが、嫌がる人は本気で嫌がる。もっと無難なものにしとけて」 しかし、「好きな人は好きなんだろ」とさっさと話を進めてゆく。 「嫌がられても知らんで」 「大丈夫だろ」 私の言葉を聞き流し、火村は支払いをした後、ここに送って下さいと、あらかじめ用意していたらしい住所のメモを店員に渡す。 どうなったって知らないからなと思いつつ、それでも、これで諦めがついたな等と思っていると、火村が渡したメモを音読する店員の声が耳に入った。 へぇ〜、うちの近くなんやなと思って聞いていた私は、途中で「はぁ〜っ」と素っ頓狂な声を上げる羽目になった。 訝しがる店員をよそに、そそくさと火村を店の外に引っ張り出して問いただず。 「火村っ、どういうことやっ!」 「友達が結婚するなんて大嘘だってことだよ」 「嘘って……あっ! エイプリルフール。……君、あほやろ。いらん金かけてまで人騙して何が面白いん」 「普通にデートに誘うのもつまらないからな。あれは、だいぶ早いが誕生日プレゼントってことにしといてくれ」 「何を今更回りくどいことを……」 ため息をついた私に、火村はにやりと笑ってみせた。 「推理作家向けのお誘いだったつもりだったんだが、やっぱり気付いてなかったのか」 「何が?」 「友人の名前聞いた時点で気付けよ。そのために、わざわざ0時回ってから電話したんだし」 火村の言葉に私は眉を寄せた。 ──友人の名前? 「確か、綿貫とかって言ってたな……あぁぁぁっ!」 「そう。漢字変換間違ってただろ」 やられたっ! 有栖川有栖──確かに珍しい名前だろうが、読み間違われることはまずない。 しかし、世の中には難読姓というものが存在する。小鳥遊(たかなし)・月見里(やまなし)と同じ考え方をするその名字。 ──四月一日(わたぬき)。 2004.04.01
会社帰りに突然思いつきました。 |