The summer solstice 2003 

「お前って本当にイベント好きだよなぁ〜」
「失礼な。環境問題に真面目に取り組んどるんや」
 しみじみと呟く火村に、それに対して大いに反論する私。
 ベランダにテーブルを出し、クリスマスケーキにおまけでついてきた木の切り株の形をしたキャンドルに火を灯して私と火村はその時を待っていた。
 いや、待っていたのは私だけで、火村は付き合わされているといった方が正しいだろう。
 1年中で一番日が長い今日、いわゆる夏至に、環境省主催「CO2削減・百万人の環」キャンペーンに協力して、通天閣がその照明を落とすのだ。
 一般の参加もあちらこちらで呼びかけられており、私はその企画に乗った者の一人だった。
 普段は思い切りよく夜型の生活を送って電気を無駄に使っておきながら、こういうイベントには乗っかるという空しさを感じない訳ではないが、それはそれ、これはこれ。
 通天閣の照明が消えると同時にどれだけの家庭の電気が消えるのかにも興味がある。
 まあ、目に見えるほどの変化は期待できないかもしれないが。
 缶ビールを傾けながら火村とそんないつもの会話を楽しんでいると、ふいに通天閣の明かりが消えた。
 慌てて私も室内に戻り、部屋の電気を消した。
 ベランダのキャンドルと、やはり殆ど代わり映えしなかった街の明かりのおかげで、歩けないことはなかったが、微妙に足下が危うい。
 自宅で転んで机の角に頭をぶつけて入院だなんて、とてつもなく恥ずかしいことにはなりたくなかったので、慎重に足を進める。
 おっかなびっくりの足取りでベランダへと戻ると、懐中電灯とか用意してなかったのかよと火村に笑われた。
 余計なお世話だ。懐中電灯はどこかにはあるだろうが、どこにあるかは3年前から解らないのだ。
「お前が電気を消しにいってる間に、他のマンションの明かりも結構消えたぜ。アリスだけじゃねぇんだな、イベント好きは」
「せやから…」
「解った解った。イベント好きじゃなくて環境問題に真面目に取り組んでるって言うんだろう」
「解ればいいんや」
 やれやれといった様子の火村の口調だったが、解っているなら良しとしよう。
 私は元居た椅子に腰掛け、街の様子を眺めることにした。
 毎日のように目にしている光景だが、通天閣のライトが消えているだけで、その夜景は全然別のものに見える。
 この状態がずっと続けばいつかはそれにも慣れるのだろうが、やはり通天閣のライトが見えないと、それだけで街の明かりが淋しげに映る。
 いつも見えるものが見えないという事実が、人にこんなにも淋しさと不安を与えるものだったのかと、私は改めて実感する。
「なんだか物足りねぇな」
 私の心中を読んだかのようなタイミングで、火村がぼそりと呟いた。
 大阪の住人ではない火村でさえそう思うのだから、私が淋しく感じるのは当たり前だ。
 そう思うとなんとなく安心する。
「いつも見えとるからな」
 独り言のように呟いた私の言葉に、火村が応じる。
「見てるから淋しくなるんじゃねぇのか。どうせなら見えないところに行こうぜ」
 右手の親指で火村は寝室のドアのある方向を示す。
「君って奴は……、どうして万事が万事そうなんや」
「まさか2時間ずっと、夜景を眺める訳でもないんだろ。TVも見られなきゃ、本も読めない。だったら俺に煙草を吸わせない方がより地球環境に貢献できるだろう」
 言って火村はキャンドルの明かりを、吹き消した。
 そして、そのままテーブル越しに私の唇をかすめとった。
「あほっ」
 と、火村を罵りながらも、キャンドルを消してしまっては寝室に向かう明かりがないではないかと思ってしまった私も彼と同罪だ。
 ならば、短い夏至の夜を楽しもうではないかと、今度は私から彼にキスを贈った。
 短い夜。
 けれど、それはまだ始まったばかりだ──

2003.06.22

イベント好きなのは、アリスじゃなくて実は私?
いや〜、そーでもないんですけどね。
私は単なる夏至好きなんです。ってな訳で夏至な話。
通天閣のライトがどこまで落とされたのかが実は不安。
TV塔は全部消えたんですけどねぇ〜

● Alice top ●


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