Trick Or Treat
いきなりな発言であるが、火村というのは変な男である。 世間の人間が揃って浮き足立つクリスマスだとか、千年に1度しか巡ってこないミレニアムだとか、そんなことには全く興味がないくせに、少々認知度の低いイベント時には、何かと理由を付けて我が家に顔を出す。 それは、何故か聖パトリックデイ──アイルランドお祭りだ(3月17日)──に緑色のネクタイを持ってやってきたり、灌仏会──お釈迦様の誕生日(4月8日)。無神論者のくせに──甘茶を持ってやってきたり、関西では全く意味がないにもかかわらず、北海道の七夕(8月7日)にろうそく──北海道では七夕の夜に子供達がよその家を周り、『ろうそく出せ、出せよ、出さないと、かっちゃくぞ(引っ掻くの意)、おまけにくいつくぞ』とはやして、ろうそく(最近の主流はお菓子らしい)を強奪(笑)するのだそうだ──を持ってやってきたりだったりする。 最大限に好意的に考えると、私に異文化に──灌仏会はともかく──触れる機会を与える為にやってくれているのかもしれないが、はっきり言って意味が解らない。 そんな数ある謎めいたイベントの中でも、今日のものは比較的認知度があって解りやすいものだ。 本日の火村は、カボチャを携えて我が家にやってきた。 まったくもって解りやすい。 しかし、解りやすいのはここまでだ。 もう一方の手には買い物袋をぶらさげているのに、何故カボチャだけ小脇に抱える必要があるのだ? しかも、そんなに楽しそうな表情で。 ああ、この男、やっぱり奥が深い。 ハロウィン──最近では菓子店などもこれに合わせてカボチャのお菓子を店頭に並べてみたり、アミューズメントパークでアトラクションがあったりするが、今日はハロウィン♪ と張り切る日本人はそうはたくさん居はしまい。 火村は、数少ないそんな人間の一人だ。 前述したようなマイナーな──失礼──イベントに関しては、その年1回きりだったり、3年置きくらいだったりと来るか来ないかまちまちなのであるが、ハロウィンだけは毎年やってくる。 ちなみに、冬至にも火村は毎年カボチャの煮物を抱えてやってくる。 もしかして、火村は男のくせに──あくまでも一般論だが、男性というのはカボチャがそう得意ではないものらしい──無類のカボチャ好きなのか? 閑話休題。 ともかく、そこまでするなら、いっそカボチャをくりぬいてランタンでも作り、ジャックと名前を付ければ良さそうなものだが、火村がハロウィンに披露するのは、その年の新作カボチャ料理である。 火村がいつから10月31日にカボチャを携えて我が家に顔を出すようになったのかは、日記代わりの手帳をひっくり返さないと解らないが、その最初の作品はパンプキンパイだった。 いくらレシピを頭に叩き込んできたとはいえ、初めて作って──本人談──あんなややこしそうなお菓子を完璧に作り上げるところが、火村という男の嫌なところだ。 しかも、暖かいパイに冷たいアイスクリームを添えて食べるだなんて気の利いたこと、どっかのシェフならともかく、普通の男が思いついていいことだとは思えない(偏見)。 年が変わる度にそのカボチャ料理もプリンだスープだサラダだカレー風味の炒め物だチーズの入ったコロッケだと品を変え、今年の料理は蒸しカボチャのヨーグルトソースがけだった。 カボチャにヨーグルト! と料理名を聞いた瞬間も目の前に出てきた時も、少々ぞっとしてしまった私だったが、食べてみれば意外や意外、ヨーグルトソースがカボチャをあっさりと食べさせてくれるのだ。 単なる蒸しカボチャや煮物だったならば、絶対に途中で飽きてしまう量のカボチャは気付けば綺麗に姿を消していた。 ここまで食えれば私も立派なカボチャ好きなのかもしれないと思う。 もちろん、火村の料理の腕がいいからだとは、悔しいから思ってやらないのだ。 斬新なカボチャ料理のお礼に──礼になっているのか、これこそ謎だが──日本と中国における怪談の共通点や、見よう見ようと思っていながら半年ほど前にやっとビデオを借りて見た『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の出来の良さを火村に聞かせてやりながら、酒を舐めているうちに、ハロウィンの夜は更けてゆく。 チラリと壁掛け時計を眺めると23時を回ったところ。 私はもうそろそろだな、と火村の顔を盗み見た。 途端、煙草を灰皿に押しつけていた火村の視線が上にあがり、私のそれと絡み合った。 毎年のことだ、次に火村が口を開いた時に言う台詞は解りきっている。 「Trick Or Treat」 Trick Or Treat──いたずらかお菓子か。 案の定、視線が絡んでから2秒だけ間を置いて、火村はこの言葉を口にした。 それは玄関先でやるやりとりではないのか等と無粋な突っ込みはしないで欲しい。 これは、いわゆる『お約束』というやつなのだから。 火村が気付いているかどうかは知らないが、この日だけは絶対に部屋に菓子類を置かない私の答えは決まっている。 そう、散々火村をけなした割には、私も大概変人なのだ。 火村、君にやるお菓子なんてない。 さあ、とっておきのいたずらを見せてもらおうじゃないか── 2003.10.30
いたずらは、見せてもらうんじゃなくて、されるんでしょ(爆)。 |