結婚の条件──
『有栖、あんた結婚する気あるん?』 「はぁ〜?」 久方ぶりに母から電話が掛かって来たかと思うと開口一番、すごい質問をされた。 結婚なんて…… 結婚なんて…… 別にしたっていいが、きっと──否、確実に──日本の法律が許してくれないだろう。 それにしても、わざわざ電話をしてきて『結婚する気あるん?』とは何事だ。 まあ、実家──でいいのか?──に顔を出す度に、嫌みったらしく従兄弟の誰々に子供が生まれただの、近所のみよちゃんがお嫁にいっただの、あからさまにプレッシャーをかけられるのには甘んじよう。 しかし、なんでわざわざ電話で結婚の意思確認をされなければならないのだ。しかも母親に。 『こないだ神戸のおばちゃんが遊びにきてな。有栖に誰かいい人いないやろかて聞いたら、相手はいくらでもおるって。せやけど、話を進める前に、本人に結婚の意思があるかないかを聞いといて言われてな。どうなんよ?』 「ない」 私は即答した。 そういう話なら結婚する気はない。 こんな質問をされるのはたまったもんではないが、私の意志を無視して話を進められるよりはよっぽどましだ。 神戸の叔母はこういうところで基本を押さえている。まあ、結婚する気もないのに義理で見合いだなんて、相手にも迷惑だからではあるだろうが。 『即答かい。……あんた、もしかして彼女おるの?』 「………………おらんけど」 この質問は即答という訳にはいかなかった。 彼女はいないけど、恋人はいる。 いつかどこかで言わなくてはならない場面というのはやってくるかもしれないが、今はその場面ではない。 これ以上は聞くなおかん。 電話口で卒倒したくなかったら── 母親がこんな意味ありげな質問をしてくる理由は解ってはいる。 かれこれ10年も単なる親友だった人間と、私は2年程前に恋人同士という関係になったのだ。 それまで一応、盆と正月には2〜3日滞在していた実家に、とんと戻らなくなったのもその頃だ。 多分、そんな私の行動の変化をめざとく感じての質問なのだろう。 おそるべし、母親の勘。 『そうか……彼女おるなら、それでいいと思うとったけど。で、あんたはいつ結婚する気になるん?』 「そんなん、俺が知るかいっ」 『情けないこと威張るんやないの。まあ、ええわ。彼女できたらさっさと紹介してな。今更、どんな人連れてきても反対せぇへんから』 「ああ、心に止めとくわ」 ──本当に反対せんのやろな? と、言えもしない突っ込みを心のなかで入れながら、適当に相槌を打つ。 『そうしといて。相手がバツイチでもなんでも本当に反対せんから。せやけど……』 「せやけど、なんやねんな」 やっぱり条件があるらしい。 まあ、親の言う誰でもいいという言葉は、誰でも簡単に高収入が得られますという広告と同じくらい信用がならないと知ってはいたが……。 『健康な女の人で、犯罪に関わっとらん人にしといてな』 「なっ──」 絶句──。 なにを何処まで知っていてこんなことを言い出すのだ、この母親は。 否、何も知っている訳がない。 「そっ、そんなん人として当たり前いうことやん」 『せやろ。条件ないも一緒や。せいぜい頑張ってな』 その後、最近あたった懸賞のことだとか、とりとめないことをひとしきり話して、母の電話は切れた。 電話を終えて、私は大きなため息をつく。 確かに、母親の出した条件はないに等しい──普通ならば。 というか、今の私の状況は親にそこまでの妥協を許してしまう程のていたらくぶりらしい。 しかし、その条件さえ満たせていない私は、大概親不孝者だ。 何があっても彼と人生を共にする覚悟はあるが、ここ2月ばかりお互いの仕事で逢えていない上に、こんなことがあると切なさが込み上げてくる。 しかし、それでも私は彼が好きなのだ。 多分、彼を失ったら、彼を完全に忘れることでしか、生きてゆく術がない程に──。 やれやれと首を振って、私は恋人の忘れていった煙草に火を点けた。 健康ではあるが男の人で、犯罪者ではないものの、犯罪に関わってはいる彼の匂いで部屋を満たすために。 そして、想いを馳せる。 週末には逢える筈の恋人に。 その名は、臨床犯罪学者、火村英生── 2003.07.04
アリス母、どんなもんでしょう? 彼女はまんまうちの母です。 |