うまい酒
例によって真夜中近くに火村の携帯が暢気な音を立て、アリスからのメールの着信を知らせた。 当たり前の様にくわえ煙草で、いつものごとくに決定ボタンを数回叩く。 発信者『(見るまでもなく)アリス』 件 名『お誘い♪』 本 文『火村今週末暇か? 貰いもんなんやけど、上手い酒があるから一緒に飲まん? 都合がつくようやったら電話くれ』 内容的にはなかなか魅力的なものだ。 しかし── 「上手い酒って……どんな酒だよ」 美味い酒なら解る。 が、アリスのメールには間違いなく──間違いなのに、間違いなくとはこれ如何に──『上手い酒』と書いてある。 上手い酒──その道50年の熟練した杜氏が品質の悪い米を使い、それでも美味く仕上がった奇蹟の酒。 ……そんな訳がない。 アホなことを考えてしまった自分に、火村はいよいよ推理作家が伝染ったかと身震いした。 どうせ考えるなら、もうちったぁ気の利いたことを考えろ火村英生と自分を叱咤し、新しい煙草をくわえ直す。 上手い酒──世界初の新技術。日本酒とポン酢が見事に融合。かの中島誠○介に『いい仕事してますねぇ』と言わせた逸品。技が光っています。 ……違〜うっ。 しかも、何故中島誠○介。奴は酒を入れる容器の専門家かもしれないが、酒の専門家ではないではないか。 冷めたコーヒーをひと口飲んで、火村は再考に入った。 上手い酒──必殺技『酔拳』を身に付ける為に必要なアイテム。カジノで5億枚のコインを稼ぐか、蓬莱山の仙人を5ターン以内に倒せなければ手に入らない。つまり、殆ど入手不可能。 ……それがどうした。 身に付けたいかそんな技? 少なくて火村は身に付けたくない。 酒のことを考えているのに酒が入ってないのが悪いのか、と冷蔵庫からビールを1本。半分くらい一気に飲む。 上手い酒──ひと口飲んだら話し上手に、ふた口飲んだら口説き上手に、み口飲んだらひとり上手になれる酒 ……だ〜か〜ら〜。 上手くオチを付けてどうするよ。小咄じゃねぇんだから。しかも微妙に下品だし。 そもそも自分は何故こんなことを真面目に考えて居るんだという疑問がに頭の端をかすめるものの、今更後には退けない気分だ。 今度はビールをバーボンに切り替えて。グラスに注いだ琥珀色の液体に氷を2〜3個放り込み、人差し指でかき混ぜる。 その指をペロリと舐めて、更にグラスの中身を3口ばかり。 上手い酒、上手い酒、上手い酒…………ふふん、上手い酒ね。 しばらくぐるぐると考え続け、これだ! という答えを見つけた火村はグラスに残った液体を飲み干すと、携帯電話をとりあげた。 もちろん、誤字脱字の多い作家先生と週末に同じ時を過ごすために。 上手い酒──素直に逢いたいと口に出せない人間が、上手い口実をつくる為の酒。
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