浮気。
「火村っ、なんやねんアレはっ」 ある日の日曜日。 デパ地下で見つけた親指サイズの鯛焼きを携えて、私は火村の下宿を訪れた。 20個600円というお得感についつい40個も買ってしまい、ならばばーちゃんと火村にお裾分けしようと思い立ったというのは、ここに来るための言い訳だろうか? あんこやカスタードクリームのみならず、いちごやチーズ、あげくに中身の入っていない素鯛焼きまで存在する、そのおみくじめいた茶菓子を3人で大いに堪能した後、例によって散らかり放題の火村の部屋へと場所を移した。 余談だが、6個あった素鯛焼きの5個までを私が引き当てた。 ある意味、ものすごく引きが強い──というのも多分、言い訳。 いや、そんなことは、どうでもいい。 今の最大の問題は、火村の机の上にある、ココにあるまじきものの存在だ。 あまりにも予想外のその代物に、私はその場で固まってしまう。 そんな、私の様子を見て、火村はやれやれと煙草に火を点けた。 「なんやねんって……。見ての通りだよ。まさかとは思うが名称を教えて欲しいのか?」 「んな訳あるかいっ。俺が聞きたいのは、なんで、あんなものが机の上にあるのかっちゅーことや」 「そりゃあ、俺が置いたからだろうよ」 火村のとぼけた返答に、私は堪忍袋の尾が切れた。 奴だって、私の質問の意図を解っているのだ。 解っていて、それをはぐらかしている。 階下にばーちゃんがいることも忘れて、思わず叫ぶ。 「こっ、この浮気もんっ」 私の叫びに、火村はそうくると思ったよといわんばかりに嫌な顔をして見せて、ぼそりと呟いた。 「こーゆーのは浮気って言わねぇんだよ」 その台詞が、またまた、私の気に障る。 「ほな、なにかい? 浮気やなくて本気やっちゅーんか? 尚更悪いわっ!」 「浮気でも、ましてや本気でもねぇよ。必要に迫られた。それだけだ」 必要に迫られてだと? よく言った。 自分の都合で勝手に私を巻き込んでおきながら、なんて言いぐさだ。 否、巻き込まれたことに関しては、別に異存はない。 だが、私が珍しく忙しくて、ちょっとばかり顔を出せなかっただけで、この有様か。 これには、大いに異存があるぞ。 なら、今まで私がしてきたことに、意味がなくなるではないかっ。 「必要に迫られたなら、俺を呼ぶか、君がくるかすればいいだけやん」 「真夜中に、それだけの為に車飛ばして大阪まで行けってか? 大体、お前、締め切りの最中に、俺に呼ばれたからってここまで来られるのかよっ。いや、仮にノートパソコン抱えてここまで来たとしてだ、俺にそんなことさせてる暇ねぇだろうがっ」 「そんなの気合いでなんとでもなるわっ」 売り言葉に買い言葉。 現実問題としては、まったくもって火村の言うとおりなのだが、ここまできたら、もう後には退けない気分だ。 「気合いで何とかなるなら、この間出た新刊は1年前に出てた筈だろうがよ。大体、お前がそんなに怒る必要ないだろ」 「必要あるわっ。絶対Winは使いたくないけど、Macじゃどうしても読めない書類があるからお前が買えって、俺の買い物にくっついてきて、あーでもない、こーでもないて我侭抜かしたあげく、べらぼうに値の張る当時の最新機種を買わせたのは君やないかっ!」 「その当時より、状況が悪化したんだから、しょうがねぇだろ。どいつもこいつも窓・窓・窓。いい加減にして欲しいよ」 「それは、こっちの台詞やっ!」 端からみたら、確実に『別にそんなのどーでもいいじゃん』と思われるだろうこの喧嘩。 こんなことで小一時間も口論が出来る私たちは、大概、仲良しさんなのだろう。 これは言い訳ではないと思う──多分……いや、きっと。 2003.08.29
はい、私の得意分野です。 |