Version X
作家──しかもミステリ作家が5人も集まれば、何をするにせよ、ろくな事は企まない。 これは、私が極短い──順調に長くなっていってくれればいいが──作家人生でいち早く実感した感想であり事実である。 そして本日、そのミステリ作家達が何をやらかしていかたというと、やはりろくでもないことだった そもそもは、この夏、私に無理矢理湖畔のコテージ宿泊権──宿泊券ではない──を押しつけたミステリ作家のインスピレーション(専門用語で思いつき)がことの発端だ。 ホラーまがいのネチョネチョでグニョグニョでヌトヌトな話でありながら、本格ミステリ。 そういった話を作家仲間で競作したなら楽しいのではないか→楽しいだろうな→楽しいに決まっている。 そう決心した彼は近所に住む友人の編集者に電話をかけ、目新しい企画を考えている最中だったその編集者は1も2もなくそれに乗り、あれよあれよという間に5人ばかりの作家が仲間に引き込まれたという訳だ。 その5人の中に私が含まれているというのは、当然過ぎて今更言うことでもない。 今思えば、彼女に振られた男のやけっぱち企画以外の何者でもない気がするが、目新しい企画というのは案外そんなところから出てくるのかもしれない。 内容がかぶってしまっては面白くないので顔を合わせて打ち合わせ──という言い訳の呑み会──というのが、ろくでもない集まりの始まりだ。 居酒屋で周りの人間が確実に退いてしまうような、凄惨な話をしまくったあげくに、カラオケボックスに雪崩れ込み現在に至る。 わざわざ東京まで出てきてなにをやっているんだ、という気がしないでもないが、来たなら来たで用事はいくらでも作れるし、単純に楽しいことも確かだ。 なんせ、こいつらと来たら、カラオケでさえも『今日は○○特集〜』と絶対にテーマを決めるのだから。 それは日によってアニメソング特集だったり、80年代アイドル特集だったり、夏の歌という大雑把な分類だったり色々だ。 最初に持ち歌がなくなった人間には、カラオケの支払いがもれなく付いてくるところもスリリングだ。 他人と賭けめいたことをする時、大勝ちもしないが大負けもしない、微妙な運を持ち合わせる私は、ありがたいことに、その支払いをしたことはない。 今回のテーマは歌詞が全て英語の曲。 当たり前だが、歌えると思って入れた曲が歌えなくても、失格だ。 最初はみんな無難にビートルズやストーンズなんかの歌を歌い、中盤は少々色物──私は10人のインディアンを歌った。文句あるか?──後半は少々厳しくなってきて、エーデルワイスやサウンドオブサイレンスといった学校の音楽授業みたいな選曲が多くなる。 そろそろ、限界の近づいてきた私が、季節外れのクリスマスソングを歌いきり、マイクを置いた時、まだまだ余裕ありげな、後輩作家──といってもデビューが2年ばかり違うだけだから先輩も後輩もあったものではないが──が話しかけてくる。 「前から思ってたんですけど、有栖川さんの歌うストーンズって独特ですよね」 「はぁ? 何が?」 私は本気で変な顔をしていたのだろう、後輩作家は慌てて両手を振った。 「いえ、変って訳じゃなくて。しかも、全部じゃなくて何曲かなんだけど。タメが違うっていうか、声ののばし方が違うっていうか。同じ曲だけどアレンジが違うって感じなんですよ。アレってライヴヴァージョンかなんかですか?」 「そんなことはないと思うけど。そんなに違う?」 「う〜ん。ストーンズをあんまり聞かないって人なら気づきもしないんでしょうけどね。微妙に違います。ああ、でも外してるって訳じゃなくて、カッコいいんですけどね〜」 しきりに首を傾げる後輩作家につられて、私も首を傾げる。 ストーンズのコンサートには行ったことはないし、限定版も買ったことはない。 ごくごく普通に歌っているつもりなんだが? なんで、違いが出るのだろう。 もしかして自分はリンチ──集団暴行のことではないリズム音痴のことだ──というやつなのだろうか? と首を傾げている内に、再び私にマイクがまわってくる。 突然振ってわいた謎に気を取られていた私は、前に他の人間が歌った曲を入れてしまうという失態をやらかしてしまい、手痛い出費をする羽目になった。 5人で2時間歌って3万円──お前ら、飲み過ぎで食い過ぎだっ! * * * 謎は謎を呼ぶ。自宅に戻って、状況によって使い分けるマイベストのテープやらMDやらをチェックしていた私は、不思議なことに気付いた。 私が持ち歌としているストーンズの曲の中に、そのベスト集に含まれていないものが、3曲ばかり存在していたからだ。 しかも、後輩にアレンジが変わっていると指摘されたものばかり。 謎のアレンジヴァージョンX。 なんでや〜っ──頭を抱えてみたところで、答えは出ない。 結局、間近に迫ったエッセイの締め切りに追い立てられ、私はその謎解きを先送りした。 どうせ、ネチョネチョでグニョグニョでヌトヌトな本格ミステリの締め切りが迫ってきた時には嫌でも思い出すのだからと── * * * その謎の答えは、その年の年末、寒い日に出た。ある作詞家の殺人事件の捜査で火村と共に出向いた神戸の邸宅で。 美人モデルが私と火村の間につかつかと歩み寄り、暖気で曇った窓を開けた時。 私は彼女の仕草を観察しつつも、火村の胸元を掴みたい衝動に駆られていた。 そう、彼が『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』のイントロを口笛でなぞっている様を見て。 その曲は謎のヴァージョンXの3曲に含まれているうちの1曲。 思い起こせばのこりの2曲も、火村がしょっちゅう鼻歌を歌っていた── 犯人はお前かいっ! 謎が解けたところで、情けなくて誰にも真相を話せやしない事実。 ヴァージョンX=ヴァージョン火村。 2003.08.18
ああ、計らずしてショートショートばかりが増えてゆく。 |