Magic spell

 飯がまずい──
 そう、飯がまずいったら、まずいんだよっ!
 バイト代が入った翌日にだけ俺に許されている贅沢。
 うどんやカレーやチャーハンといった単品ではなく、学食で定食を味わうことだ。
 言っておくが、飯がまずいのは学食のおばちゃんの腕のせいじゃねぇ。
 目の前に2つ並んでいる、決して見目麗しくはない顔のせいだ。
 更に、こいつらは揃ってうるせぇときたもんだ。
 こいつら──名付けてアリスの友人A&B。
 一応、鈴木と田中という、昔のスナック菓子みたないな名前があるらしいが、知ったことか。
 A・Bと別人として認識してやってるだけで、俺としては充分すぎる扱いだ。
 こいつら同伴で飯を食いにきたアリスに見つかったのが運の尽きだ。
 いっそのこと、見つけないでくれた方がよっぽどありがたかった。
 こいつらもこいつらで、俺が一人なら決して寄ってはこないくせに、アリスが同席していると、呼んでもいないのにやってきて、うるさい位に俺に話しかける。
 俺に興味があるなら、他人の力を借りずに自分でアプローチしてみろよ。
 とは言っても、自力でアプローチしたところで、玉砕は決定なのだから、こいつらの作戦はまんざら失敗という訳でもないんだろう。
 しかし──うるせぇ。
 どんなに熱く語ったところで、ミス英都はお前らのもんにはならねぇよ。素直にバイト先の由美ちゃんの話でもしてやがれ。
「ミス英都といえば、火村こないだ、話しとらんかったか?」
 完全無視を決め込んでいた俺に、アリスがふいに問いかけてきた。
 ちっ──余計なことを……
「マジッ? マジかよ火村。紹介してくれっ!」
「そうやっ、君は構内一周するだけで、女は両手に一抱え集まるんやから、俺らの心のオアシスまで独占するんは許さんで!」
 ほら、みたことか。しかも、両手に一抱えって……どんな人間なんだ俺は。
 ……恨むぞアリス。
「紹介もできねぇし、独占もしてねぇよ。彼女の髪が俺のシャツのボタンにからまっただけだ」
 つまりは、これが真相。それ以上でも以下でもない。
 引っ掛かりやすい、細くてパーマが掛かった長い髪。
 あんなのを結びもしないでチャラチャラ歩いているから、ああいう事故が起きるんだ。
「これやもんなぁ〜」
「やってられんなぁ〜」
 目の前のA・Bが揃って声をあげる。
 やってらんねぇのはこっちの方だっつーの。
「なにが?」
 俺の隣で、アリスが二人に問いかける。
 だ〜か〜ら〜、余計なことを言うなというんだ!
「せやかて有栖川。そないなドラマチックな出会いが現実にそうあると思うか」
「ありえへ〜ん。そないな出会いは、まんがスクールで速攻落とされる」
「……確かになぁ〜」
 A・B・アリスの順で会話成立。
 お前ら……。
 そんなことを揃いも揃って腕組みしながら、語り合うなよ。
 そして、どうしてまんがスクールなんだっ!
「また、そのチャンスをモノにせんのが、火村って人間なんやなぁ〜。なんで?」
 アリスがしみじみと問いかけてくる。
「チャンスじゃねぇからだろうよ」
 俺が吐き捨てた言葉に、目の前の二人が食いつく。
「聞きましたか、田中さんの奥様」
「ええ、聞きましたわ。鈴木さんの奥様」
「これ以上ないってチャンスを、チャンスやないやなんて、やっぱりモテる人間は言うことが違いますわね〜」
「ええ、わたくしちょっとブルー入りましてよ。彼が容赦なく切って捨てる様なチャンスでさえ、わたくしたちには回ってこないんですものね〜」
「お前ら、ちょっと気持ち悪いで」
 俺の気持ちをアリスが代弁してくれる。
 ただ一点訂正するならば、ちょっとじゃなくて、かなりだ、かなり。
「当たり前やん。わざと気持ち悪うしゃべっとんのや。ささやかな嫌がらせや。なあ、田中」
「せや。やっとる本人も気持ち悪いけど、これが結構効果あるんや」
 ねーっ、と声を揃えて言わなかったのが奇跡に思えるくらい、こいつらのやっていることは子供っぽい。
 いよいよ本物のばかかお前ら。
 ばかに免じて、出血大サービスで教えてやるか。
 嫌がらせっていうのはこうやるんだよ。
「へぇ〜、そうだったのか。でも、ほら振り返ってみろよ、彼女たちはそうは思ってないらしいぜ」
 俺の言葉に、彼らは揃って振り向いた。
 彼女たちは、なにやらひそひそと内緒話をしている最中だ。内容は察するに友人の彼氏について。
 なぜなら、先程まで同席していた彼女らの友人が、聞くに堪えない彼氏自慢を延々と披露していたからだ。
 もちろん、自分たちの話に夢中になっていたスナック菓子コンビはそんなことに気付いてはいまい。
 そこに先入観を植え付けて、彼女たちの仕草を観察させる。
 奴らにはこう見える筈だ──
 ひそひそ話の内容は、自分たちのことを話しているように。
 友人が戻ってきやしないかと、入口に視線を向ける様子は自分たちをチラチラ見ているように。
 時折漏れる「いや〜っ」とか「信じられな〜い」という言葉は自分たちへの嘲笑に……。
「火村〜、趣味の悪いことすんなや。こいつら、信じとるで」
 もうそろそろ勘弁してやるか、と思いかけたところで、意外なことにアリスが真相を暴露。
 気付いていたのかこいつ──
 だとしたら、こいつの根性もいいとは言い難い。
「えっ?」
 ハモって間抜けな声を上げ、奴らは半分ひねっていた身体を元へと戻す。
 アリスが事情を説明するのを横目で見ながら、俺は煙草に火を点けた。
 奴らの話をほとんど聞いちゃいなかった俺はともかく、きちんと相槌を打ちながら会話に加わっていながら、よそのテーブルの話を盗み聞いているとは、有栖川有栖、伊達に推理作家志望じゃなかったということか。
「マジ? 俺らまんまとしてやられたんかい? 最悪〜」
「これで決定やな。火村の職業は魔法使い」
「ああ〜、アレね。せやな、有栖川は親切やから、僧侶」
「なんや、それ?」
 二人の理解不能な言葉に、アリスが怪訝な声をあげる。
「こないだ、仲間内で遊んでたんや。自分らをRPGに出てくる職業にたとえたらなんやろかって」
「俺は美声の持ち主やから吟遊詩人で、鈴木は体力あって素早いから武道家。高梨は金に執着するから商人で、岸田は一人で突っ走るから勇者」
「なるほど〜、イイ線ついとるな〜。で、なんで俺が僧侶で、火村が魔法使いなん?」
 聞くなアリス──
 俺には今上がった人間のキャラクターが一切解らないのでピンとこないが、アリスのコメントを聞く限り、的を射ているらしい。
 自分を客観的に分析されるのは、決して面白いことじゃないぞ。
「有栖川は素早さにかけるけど、癒し系やろ。あと、意外と体力あるところも僧侶っぽい」
「う〜ん。せやろか?」
 考え込むなっ。
 素早さにかけるなんてコメントもついてるんだぞ。
 ……まあ、事実だがな。
「一昨日かて、金子の失恋話に延々付き合わされとったやん。聞き上手って言うんかな、やっぱ癒し系やろ」
「そうか? まあええわ。火村が魔法使いな理由は?」
 わざわざ聞くなよ。しかも、お前が。
「火村? 先刻の一件が全てを語っとる。言うまでもないやん。なあ、田中」
「せや。言葉一つで他人にダメージ与える。しかも、意図的にや」
「火村の呪文って強力そうやもんなぁ〜。スライム相手にいきなりイオナ○ンとかくらわせそうや」
「言えとる。あっ、でも、どんなにレベルが高うなっても回復魔法は使えんのな」
「あはは〜。それ、アリや〜。レベル99になっても回復魔法が使えんから道具に薬草とか持っとったりしてな」
「せやけど、レベル10くらいで、死の宣告とかは出来るようになるんやろ」
「なるなる。あげくに視線で敵を石化なんてこともできそうや」
「できるけど、戦闘始まった途端、超強力攻撃魔法で敵が全滅するから使う暇ないのな」
「言えとる〜。分類するなら、完全に黒魔道士系。こんな極端なキャラ、RPGにもようおらん」
「回復魔法が使えんいう設定が秀逸や。やるな、鈴木」
「せやろ。我ながら目の付け所がナイス……」
 調子よくしゃべり続けていた友人A──ここにきて俺は決心していた。絶対固有名詞で呼んでやるもんか──の言葉が尻すぼみになる。
 こいつらの言葉を借りるなら、相手を石化しそうな俺の視線に気付いたのが、多分その理由だ。
「あっ、俺、アイス食いたい。田中、コンビニ付き合うてや」
「えっ、ああ、俺も煙草切らしとった。急がんと講義始まるな。行こ行こ」
 二人はそそくさと鞄を掴み席を離れた。
 ビビるぐらいなら、最初から喧嘩売るなよ。
「なかなか興味深い見解やったな」
 隣から空いた向かいの席に移動しつつ、アリスが言う。
「ふん。外れちゃいねぇから、怒る筋合いはないんだけどな。あそこまで面白がられると楽しくはねぇよ」
「せやな〜。確かに俺も、頭が切れるから火村は魔法使いっぽいとは思う。見た目は剣士やけどな。しかも、あいつら自分の分析は甘くしとったし」
「自分自身でする分析なんてそんなもんだろうよ。回復魔法が使えねぇってコメントは素直に面白かったぜ」
「嘘つけ。できるけど、面倒やからせんだけやろ」
「そうでもないぜ。確かにする気はないけどな」
 うそぶいて、再び煙草に火を点ける。
 が、実際する気があったところで、俺に他人の傷が癒せるとは思えない。
「ああ、解ったわ」
 首を傾げて考え込んでいたアリスが突然声をあげる。
「なにが?」
「君に回復魔法は必要ないんや」
「なんだよそれ。まさか自分がいるから分業すればいいとか、意味不明のこと言い出す気じゃねぇだろうな」
「まさか。いつもいつも俺と君が一緒におるとは限らんやん」
「だよな〜。びっくりさせんなよ」
「そっちが勝手にびっくりしただけや」
「それはそれは。申し訳ございません。では、改めて有栖川先生の見解をお聞かせ願えないでしょうか」
 俺のふざけた問いかけに、アリスはにっこり笑って答えた。
「君が居る限り、仲間が傷つくことはないからや」
「えっ?」
「君の異常なまでに強力な攻撃魔法は、相手を傷つけるためやなく、仲間と自分を守るためにあるんや。せやから、回復魔法は必要ない」
「アリス………」
 そんな考え方があるなんて思ってもみなかった。
 しかし、それが事実であれば良いとも思う。
 ああ、邪険にして悪かったよ、スナック菓子コンビ──否、鈴木と田中。
 確かに、お前らの見解は正しかった。
 アリスは紛れもなく僧侶だよ。
 攻撃は最大の防御、と言ってしまえば簡単なことを、そんなにやさしく表現できるのがアリス。

 そして、それは、最強の回復呪文。
 少なくても、俺にとっては── 
2002.12.15

これってどうよ? RPGやらない人には解らない話かも。
それにミス英都って一体……存在するのかそんなもん?
RPGの職業に当てはめるっていうのは、数年前に仲間内で本当にやりました。
珍しく最後の一行が書きたかった訳ではない話。
な割には、気に入らなくて後日差し替えました(笑)。


● Alice top ●


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