君の名は? |
「君が嫌じゃなければ、僕が貸そうか? 毎月少しずつ返してくれればいいし」 マニア心をくすぐるクィディッチグッズが満載の通販カタログを、意を決して閉じたかと思えば再び開くという行動を、もう小一時間もとり続けているロンの様子を見かねて──というより呆れて──ハリーはなるべく嫌味にならぬように切り出した。 その言葉に即座に反応したのは、当の本人ではなく、近くのソファで本に頭を突っ込んでいたハーマイオニーだ。 「友達間でお金の貸し借りはやめておいた方がいいわよ。友情をなくしたくないなら」 「やったつもりで貸さない場合はね。で、どうするロン?」 ハーマイオニーの言葉を軽く受け流し、ハリーはロンに再び訪ねる。 「いや、遠慮しとくよ」 一瞬心が動いたのだろう。 5秒くらい首を傾げて思案した後、ロンは親友の申し出を断った。 「まさかと思うけど、君がなかなかお金を返してくれない程度のことで、僕らの友情が壊れるとでも思ってるの?」 「あっ、いや、そうじゃなくて──僕、分割払いって嫌いなんだ」 「えっ? 出世払いはOKなのに? その違いは何?」 つい先日、『バルッフィオの脳活性秘薬』は出世払いで買おうとしたくせにと、ハリーはロンに向かって尋ねた。 「何──っていうか、その、まあ、単に言葉に響きの違いなんだけど……」 何か含むところがあるのだろう。 やけにしどろもどろな返答をするロンに向かってハーマイオニーが容赦のない突っ込みを入れる。 「どっちかっていうと、ロンの場合、出世払いの方が不確実そうなのにね」 「放っとけよっ! どうせ理由が聞きたいんだろうから言うけどさ。君たち絶対泣くからハンカチ用意しといた方がいいと思うよ」 「いや、別に……」 無理して話してくれなくてもいいよ(お金が絡んでいるだけに楽しい話題だとも思えないし)、というハリーの声はロンの話に遮られた。 「あれは僕が8歳の時だったと思う──」 § § § その日、ロンは双子の兄が新しく考えついたらしいいたずらの計画を立てるのに夢中になっているのを確認して、こっそりと庭の箒置き場に向かっていた。理由は簡単。 まともな手順をふんで頼んだところで、彼らは絶対ロンに箒を貸してくれないからだ。 そんなこんなで、抜き足差し足で庭を横切り、ロンが箒置き場の扉に手を掛けようとした時だった。 「ロン! ここにいたのかっ」 背後からフレッドに声をかけられ、ロンはビクッと身をすくませた。 「な…なにっ?」 なるべく平静を装って振り返ろうはしたものの、所詮8歳の子供でしかもロンのすることだ。見事に声がひっくり返ってしまう。 「「いいから、ちょっと入れ」」 そんなロンの一連の不審な行動を咎めることもせずに、双子は彼を箒置き場──というより箒もおいてある物置に押し込んだ。 用心深く辺りに人気がないのを伺った後、ジョージが物置の扉を閉める。 「なに? 何がどうしたの?」 訳が解らぬままに物置に押し込まれたロンが、兄たちに向かって尋ねると、彼らは見事なユニゾンで──いつものことだが──応えた。 「「謎は全て解けた!」」 「だから何の?」 訳が解らないままも、ついつい彼らのペースに乗せられてしまうロンは、今も昔も多分未来も双子のいいおもちゃなのだろう。 「ここまで聞いて解らないのかよ」 「我が家にまつわる謎なんて、たった1個っきゃある訳ないだろ」 「なんで、ウチにはお金がないかに決まってる」 「それのどこが謎なのさ。子供がいっぱいいるからだろ」 呆れた口調でロンは応えた。 自分の他に6人も兄弟がいれば、お金も手間も掛かることぐらいは、いくら子供でも想像が付く。 その状況に満足しているかどうかは別にしても── 「ああ、そうかい。なら、物知りなロニィ坊やに聞こうじゃないか──」 「その子供は、どこからやってくるか知ってるか?」 フレッドの言葉を受けて、ジョージがしてきた質問に、ロンは胸を張って応えた。 「それぐらい知ってるよ。アホウドリが運んでくるんだろ」 この返答に双子は目を見合わせた。 そりゃコウノトリだろ、と突っ込んでいいものか。 一瞬の思案の後、僅かに頷くと、彼らはこの件に関して言及しないことに決めた。 その間違った情報が、提供者による茶目っ気なのか、単に弟のおばかな勘違いなのか判断がつかなかった為だ。 ごほんと咳払いをして、ジョージが話を仕切直す。 「ばか。そんなの大人が子供を誤魔化す作り話に決まってるじゃないか」 「えっ? そうなの」 「そうさ。大人は子供に本当のことなんか教えてくれないものさ」 ばかにした話だよなぁ〜と、首を振るフレッドにロンは尋ねた。 「じゃあ、どこから来るかフレッドは知ってるの?」 「赤ちゃんは店で売ってるんだ」 「えぇ〜〜、でも、そんなお店、ダイアゴン横町でも見たことないよ」 「そりゃそうさ。店で売ってるのは赤ちゃんの卵だ」 「えっ? 赤ちゃんって卵から生まれるの」 普通に考えたなら、突っ込みどころ満載の双子の作り話ではあるが、そこはロン。 だから、赤ちゃんはアホウドリ(←だから間違い)が運んでくるって言われているのか、と本人的には鋭いところに気が付いたつもりになって、あっさりと納得した。 「実はそう。ダイアゴンの魔法ペットショップのその奥に、赤ちゃんの卵がしまってある棚がある」 「赤ちゃんが欲しい夫婦は、お店の人に合言葉を言って、奥から卵を出してきてもらうんだ」 「買ってきたその卵に、パパが杖を一降り」 「その卵をママがベッドの中で21日間(鶏かよ)温めると……」 「「じゃ、じゃ〜ん」」 「卵がパカッと割れて」 「赤ちゃんが出てくるって訳さ」 「ふ〜ん。でも、なんで大人はそのことを子供に内緒にするの?」 「そりゃ、事実を知ったらショックを受けるからさ」 「どうして?」 「卵には値段の違いがあるんだよ」 「自分たちの値段に差があるだなんて解ったら、子供の教育上問題があるだろう」 「まあ、それはさておき。とにかくその卵ってのは、高くなればなる程女の子が出てくる確率が高くなるのさ」 「ビルから僕達の時まで、パパとママは同じ値段の卵を買った。5回に1回は女の子になる卵さ」 「でも、残念なことに4回買って、出てきたのは全部男の子」 「あげくに僕らときたら双子だったという訳」 「普通、1つの卵から2人出てきたらみんな得した気分になるらしいんだけどね」 「ウチのパパとママはがっかりさ。だってそうだろう。これで男の子ばっかり5人だもの」 「だから、次こそは、と、ロンの時はもっと高い卵を買った」 「2回に1回の確率で女の子になる卵さ」 「その卵ってのが、当時パパの給料の6ヶ月分もした」 「もちろん既に5人の子供のいる我が家に、そんな余裕がある筈がない」 「仕方なく、パパとママはお店の人に頼み込んで、卵のお金をローンで支払うことにしたんだ」 「今度こそはと期待を込めて、ママは卵を温め──」 「パパは女の子の名前を100も考えた」 「「だが、しかし!」」 「生まれてきたのは又しても、男の子」 「それがロン、お前だという訳さ」 「パパとママがどんなにがっかりしたか」 「それはもう、まだおむつの取れていなかった僕たちでさえ覚えている程の落ち込みぶりさ」 「あげく、男の子の名前をもう考えたくなかったパパは──」 「お前の名前をこうやって決めた」 「ローンで買った卵から生まれたからロン」 「「だから、うちって貧乏なんだよ」」 「嘘だ!」 「「嘘じゃないさ」」 「絶対嘘だっ! だって……そう、そうだよ。ロンは愛称で本名はロナルドだし……」 ロンの反論に、双子は揃ってチッチッチッと指を振る。 「だから、順番が違うんだって」 「ロナルドだからロンなんじゃなくて」 「お前の場合はロンだからロナルドなのさ」 「うっ、嘘だもんっ!」 「「いいや、これが真実さ」」 「うわ〜ん」(←ロンの泣き声。所詮、双子のいいおもちゃ)。 § § § 「──ってことがあったんだよね」ロンの話を聞いて、ハリーとハーマイオニーは談話室のソファの上で身を捩りながら笑い続けていた。 ロンが予告した通り、涙を流しながら。 「ひぃ〜っ。ロン、君、面白すぎ。普通、8歳にもなってそんな話信じる?」 「そっ、そうよ。それが本当だとしたら、あなただけじゃなくて、ジニーも確実にローンじゃない」 息も絶え絶えながらも、鋭い突っ込みを入れてくる親友達をやれやれと眺めながら、ロンは続けた。 「僕だってそれくらいは気付いたさ。ひと泣きした後、じゃあ、ジニーもローンなのって聞いた僕に、あいつらが何て答えたと思う?」 再び笑いの発作が込み上げてきたらしく、まともな返答が出来ずに手を振るだけの二人にロンはため息をついた。 「おかしいのは僕じゃなくて、フレッドとジョージの方だよ。僕の卵を買った半年後に、女の子が生まれる卵を量産できる方法が発見されて、卵の値段が50分の1に下がったんだと。だから、ジニーはニコニコ現金払い。その反面、僕のローンは先月まで残ってた。そのローンがやっと終わったってパパとママが話していたのをやつらが盗み聞いただ、なんてもっともらしい作り話を10歳の子供が考えだすか? 普通?」 という言い訳は、どうやら親友二人の耳には届いておらず、覚悟はしていたものの、そこまで笑うことはないじゃないかと、ロンはふてくされた。 「ああ、笑ってればいいさ。できれば、笑いすぎで明日の朝、腹筋痛くしてくれれば、僕は嬉しいよ」 しかしながら、残念なことに(当然のように?)、翌朝になっても彼のささやかな願いは叶ってくれなかったのである。 頑張れ、ロナルド・ウィーズリー。 明日はきっと晴れるさ── ※ごっ、ごめんなさい。全ての方に土下座してあやまります。 |