Perfume

「畜生っ! 僕が何したってんだよっ!」
 またしても原因が不明なままにハーマイオニーを怒らせ、口げんかでこっぴどくやっつけられてしまった僕は、腹立ちまぎれに寮の壁を蹴飛ばした。
 本当にもう、最近のハーマイオニーときたら、怒りのツボが何処にあるのかさっぱり理解できない。
 そりゃ、宿題を先延ばしにしたりとか、ハーマイオニーが怒るのが解っててやってることもあるけどさ。
 今年の新入生ではどの娘が一番可愛いかってな、男が3人集まれば、なんとなく始まっちゃうような会話にさえ、不謹慎だと目くじらを立てられたんじゃ、たまったもんじゃない。
 なんで僕にだけ怒るのさって怒鳴れば、『あなたは他の生徒のお手本となるべき監督生だからよ』ときたもんだ。
 それじゃ、なにかい? 監督生には女の子を可愛いと思う権利もないってことかい? 大した役職だよまったく。
 再び、腹が立ってきたから、もう一度壁を蹴飛ばしてやろうかと思ったけど、そうしたところで自分の足が痛いだけだということは、さっき学習できたのでやめておく。
 その代わり、僕はベッドに寝転がって雑誌をめくっているハリーに声をかけた。
「なあ、ハリーはどう思う?」
 僕の問いかけに、ハリーはめんどくさそうに視線を雑誌からこちらに移した。
「どう思うって何を?」
「だから、僕があんなにしょっちゅうハーマイオニーに怒鳴られなきゃならないようなことを、何かしたかって話」
 ああ、その話ね、と首を振ってハリーはベッドから身を起こし、口を開いた。
「確かに、僕も君は彼女に何もしてないと思うよ」
「だろ」
 彼の言葉に満足気に頷いた僕に、ハリーは『はぁ〜〜』と、とてつもなく大きなため息をついてみせた。
「それだから、君はハーマイオニーを怒らせるんだよ」
「何それ? 意味解んないよっ!」
 この手の質問をした時、心ここにあらずという感じで適当な返事をすることもあるけど、大抵の場合──例え、お愛想でも──同調してくれるハリーに思わぬ言葉を放られて、僕は思わず声を大きくした。
 そんな僕の態度に、ハリーは何かを言うべきか黙っておくべきか一瞬迷う素振りを見せたあと、結局は前者を選択したらしく、おもむろに腕を組み、話し始めた。
「いい? 君はハーマイオニーに何かしたんじゃなくて、何もしなかったんだよ。考えてもみなよ。相手を異性として意識したのも、相手に近づく奴に嫉妬したのも、本音をぶちまけたのも、思い切ってキスしたのも、全部ハーマイオニーが先。それなのに君ときたら、なんで自分がクラムに腹を立ててるのかも解ってない始末。この有様じゃ、ハーマイオニーじゃなくても苛ついて怒鳴りたくなるってもんだよ」
「………」
 言葉が出なかった。
 考えてもみなよと言われたところで、僕はそんなにたくさんのことをいっぺんに考えられるほど器用じゃない。
 今までの様々な出来事がフラッシュバックする中で、僕は無意識に彼女がキスしてくれた部分に手を持っていっていたらしく、指先にニキビが触れた。
 そんな風に、既に放心状態に近い僕に、更にハリーは追い討ちをかける。
「しかも、彼女に特別扱いされてるのに気づきもせずに、何で僕だけって逆ギレまでして。鈍感にも程があるよ。もうちょっと、女心ってものを勉強したらどうなのさ」
 これでもかってなくらいに、酷い言われようだ。
 いくら僕でも、ここまで言われて放心状態でいられるほどには鈍くさくない。
 考えなくてはならないことは、一時棚上げすることにして、僕はハリーを睨みつけた。
 そして、反撃開始。
「彼女もいない奴が偉そうに女心を語るなよ」
 僕の言葉に、ハリーは一瞬目を見開くと、あははと笑って、「違いないね」と言った。
 そんなハリーが、その女心とやらに翻弄されるのは、僕が一時棚上げしたことを真剣に考え始めたのより、もう少し後の話。


※何故、この話のタイトルが『Perfume』なのかというと、
 この出来事が、クリスマスに珍しい香水を送るきっかけに
 なったという自分勝手な設定だからです。
 なーんて、実はタイトルのつけようがなかったというのが真相。
 それよりもなによりも。
 5巻のあの有様じゃ、ハリーにこんな助言は無理だべさ(←北海道弁)。


● Harry top ●


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