Grundyism

「何回同じことを言わせれば気がすむのよっ」
「それはこっちのセリフだよっ! 君こそ何回同じことを言えば気がすむんだっ!」
「ロンが言わせるからでしょっ! 私だってこんなにガミガミ言いたくないわよっ!」
「だったら言わなきゃいいだろ!」
 この時季には珍しく、外はピカピカに晴れているにもかかわらず、グリフィンドール寮内では、雲行き怪しく名物の口喧嘩勃発。
 あまりにいつものことなので、談話室に残る寮生達の興味を引かないのもいつものことなら、その喧嘩の原因もいつものものだ。
 だが、いつもならば延々と続くはずのこの口喧嘩、今日に限っていつもとは少々違う展開を迎えた。
「勝手にすればいいわっ! もう、ロンの事なんて知らないから!」
「いつ僕のこと知ってた試しがあるってんだよっ!」
 売り言葉に買い言葉──
 それ自体はいつもと同じあっても、今回はロンがとった言葉尻が悪かった。
 多くの場合、あげ足は取り損なうと地雷を踏む。
 そして、今回ロンが踏んだ地雷は、踏んだ本人がそのことに気付かぬうちにお空の星になっている程度にはデカかった。
 一瞬言葉につまったものの、すぐさまキッとロンをにらみつけると、ハーマイオニーは大声で言い放つ。
「あなたこそ、私にそれを教えてくれた試しがあるのっ! 知らなくて当たり前じゃないっ!」
 言い終えると同時に踵を返し談話室を出てゆく彼女の背中を見送った後、しばし呆然と立ちつくしたロンは、ふいに我に返って辺りを見回し、居心地が悪そうに自分もその部屋を後にした。
 そうしてみたところで、90%以上の確率で図書室に向かったハーマイオニーにように、行く当てがあるわけでもなく。
 ロンは明るい日差しに誘われるように城の外へと足を向け、ぶらぶら歩くといった表現そのままに、他人が見ても目的なしに歩いているのが解る、やる気のない足取りで中庭を抜けた。
 目的のないままに、しかも考え事をしながら歩いても──というより考え事をしているからこそか──その足は普段通い慣れたルートを通って、彼のお気に入りの場所へと到達する。
 姿を完全に隠してはくれない茂みの向こうにある木の根元は、逢い引き場所を探してさまようカップルと鉢合わせすることがなく、かといってすごく人目につくわけでもない絶好の昼寝ポイントだ。
 さしものロンも今ここで昼寝ができるほど神経が太くはなかったが、取りあえず心を落ち着かせるために、ゆっくりと芝生の上に腰をおろし、その木にもたれかかった。
 いつものことだけれど、ハーマイオニーは人に──いや、自分にもだが──厳しい。
 自分で考えなければ身に付かない。
 そう言って、宿題もヒントはくれても絶対に答えは教えてくれないし、彼女の気持ちもそうだ。
 ハーマイオニーが勢いあまって、さっきみたいな発言をした時は、自分の想いに勝算があるような気もする。だけど、普段の彼女をみていると、それさえも自分の勘違いのように思えてくる。
 ハーマイオニーがロンにだけやけに口うるさいのは、自分が特別だからか、なんて思う時もある。でも、単に自分よりもハリーの方が要領がいいだけな気もする。
 ハーマイオニーがクラムと文通を続けているのは、単にダームストロングの授業内容に興味があるだけだと思い込もうとしたこともある。けれど、そうしたところですぐに、全くその気がないのならば、まがいなりにも自分に好意を示してくれた相手と文通なんかしないという思いの方が強くなる。
 文字どおり頭が痛くなるほどの難問を、さあ解けと言わんばかりにいくつもロンの前に放り出して置きながら、彼女は明確な答えを教えてくれないどころか、今のところ、答え合わせさえさせてくれる気がなさそうに見える。
 答えをくれれば、僕だってやりようがあるのに──と思う反面、答えをもらえなければ行動を起こせない自分をロンは情けなく思う。
 そう──
 結局、問題はそこなのだ。
 魔法界の英雄であるハリーだって、クィディッチ界のスーパースターであるクラムだって、女の子に想いを告げる時は、普通の人と同じように不安になるだろう。
 でも、彼らはロンとは違う。
 自分に価値があるのを知っているから。
 いや、別に彼らが傲慢な人間だと言っている訳じゃない。
 ただ、彼らには、自分自身を奮い立たせることができるだけの実績があるとロンは思う。
 他の誰でもなく自分でなければ出来ないことが彼らにはある。誰かの親友でもなく、誰かの弟でもなく、個人として他人から認められる実績が。
 それに比べて、全てのことをそこそここなしはするけれど、決して一番になることがないのが、ロンという人間だ。
 自分でなければ出来ないことなど、ひとつもない──
 自分でさえそう思うのだ。きっと他人はもっとそう思うに違いない。
 ハリーの親友のロンという表現はよく聞くけれど逆はないことなんかが、それを証明している。
 ハーマイオニーがどうのこうのと言う前に、自分が自分のことを認められていない。
 それが、ロンにとって最大の問題。
 決して自分のことは嫌いではないけれど、例えば自分が女だったら、きっとハリーの親友ではなく、ハリーを選ぶだろうと、自分で思ってしまうところが。
 ──それに、問題はそれだけじゃないんだよな。
 と、ロンが大きなため息をひとつついた時だった。
「ため息はつくたびに幸せが逃げるんだぜ。ほら、ロン、その辺りの空気を急いで吸い込め」
 吐き出したため息を吸い込むどころか、もう一度ため息をつきたくなるような発言とともに、ロンの兄である双子の片割れが茂みをかき分けながら姿を現した。
 その姿を、あからさまに嫌そうな表情で一瞥すると、ロンは兄に向かって告げた。
「フレッド……これ以上弟にため息をつかせたくないなら、放っといてくれよ」
「いいや、放っとく訳にはいかないね」
「いいから僕にかまうなよ」
 ロンの言葉にフレッドはチッチッチッと指を振って見せた。
「誰がお前のためだって言ったよ。ハーマイオニーのためだ。だから、お前がどんなに嫌がろうと言わせてもらう。いくら売り言葉に買い言葉でも、ありゃないだろ。違うか?」
 自分でも充分すぎるほど解っていることを改めて人に口にされると、反省するのを通り越して、いっそ腹が立つ。
「はいはい、悪いのは全部僕です。だから、現在反省中なんです。だから放っておいて頂けませんか」
 半分──というか完全にやけっぱちな口調で話す弟に、フレッドはやれやれと苦笑を浮かべた。
 フレッドでなくとも、誰でも思うことだろう。
 そこでやけになるからいかんのだ。
 だが、フレッドは全然違うせりふを口に乗せた。
「いい加減、言ったらどうなんだ?」
「何を?」
「ハーマイオニーに好きだって」
 顔の片側だけをしかめて尋ねたロンに向かって、フレッドは即答した。
 その言葉にロンの心拍数は一気に跳ね上がったが、さすがに10年以上もこの兄(達)と付き合っていれば、ここで慌てては、彼らの思うつぼだということぐらいは解る。
 ロンは動揺を押し殺し、わざと『好き』の意味を取り違えてみせた。
「なんで今更、しかもわざわざそんなこと言わなきゃならないのさ」
「そりゃ、言わなきゃ伝わらないことがあるからだろ」
「いつもいつも憎まれ口ばかり叩いていますけど、僕は君を友人として尊敬してますって? それこそ、何か悪いものでも拾い食いしたのって聞かれる上に、額に手を当てられるのがオチだよ」
「……ロ〜ン〜」
 弟が自分をはぐらかそうとしていることに気付いたフレッドはロンをもたれていた木の幹から引きはがし、ヘッドロックをかけた。
「いい加減にしとけよっ。お兄さまはそーゆーこと言ってんじゃないんだよ。あんなにあからさまにハーマイオニー好き好きビームを放っておきながら、彼女は単なる友人だなんて言い訳が通じるとでも思ってるのか? 有り得ないだろ。仮にハーマイオニーがそれを認めても俺が認めん。本当のことを白状しないなら、このまま絞め殺す!」
「ん〜〜っ」
 そんなことを言われても、この状況でロンに話ができる余裕がある訳がない。
 ロンを自分で白状できない状態にしておきながら、白状できなければ殺すだなんて、相変わらず無茶を言う兄である。
 ロンはギブアップの意味を込めてフレッドの太股を叩いた。
 こんな理由で死んだら、嘆きのマートルならぬ、喜劇──どう考えてもこれは悲劇ではない──のロンと呼ばれるゴーストになってしまう。
 どうやらフレッドも本気で弟を殺す気はなかったらしく──当たり前だ──ロンのギブアップを受け入れると首を絞めていた腕を緩めた。
 そして、肩で息をつきながら、締められた首をさする弟に向かって尋ねる。
「ハーマイオニーが好きなんだろ」
「──ああ、悪いかよ」
 耳を真っ赤に染めながらそっぽを向いて、それでも素直に自分の気持ちを認めた弟に、フレッドは笑みを浮かべた。
「いや、悪くない。でも、ならどうして彼女にそう言わない」
「……………言えるもんか」
 フレッドの問いに、たっぷり10秒は黙り込んだ後、吐き捨てるようにロンは応えた。
 彼女のことを好きだと認めてしまった今、何をどこまで話したところで同じだと判断したのだろうか、ロンは堰を切ったように話し始める。
「相手はあのハーマイオニーだぜ。あの学年トップで、真面目で、正義感が強くて、その割には見た目も可愛くて、あのクラムを惚れさせた。そんな彼女が僕を選ぶと思えるか? いや、もし仮に選んでくれたとして、彼女が人からなんて言われると思う? ハリーじゃなくてロンを選ぶなんて趣味が悪いって言われるだろうさ。そして僕ときたらこう言われるのがオチだね。ハーマイオニーの同情をひいて付き合ってもらってる、情けない彼氏のロンって。いや、別に僕のことなんかどうでもいいさ。ハーマイオニーにそんな思いをさせてまで、僕は彼女と付き合いたいとは思えない。もし、彼女と付き合うのなら、僕が彼女の付き合う相手としてふさわしいと周りに認められてからだ。駄目かよ? これじゃ彼女に告白できない理由なってないかっ!」
「ロン、お前……」
 フレッドの消えたことばの続きは「不器用だなぁ」か「ばかだなぁ」か、はたまた「結構ものごと考えてたんだなぁ」か、それは本人以外には解らない。
 フレッドはそれ以上何も言わず、ロンの肩を2〜3度ポンポンと叩くと、その場を後にしたからだ。
 そして、その場に残されたロンはというと──
 いくらフレッドでもこんなことを言いふらすほど悪人ではないと信じたい反面、あの兄ならば何をしでかすか解らないとも思えて、あんなにべらべらとしゃべってしまったことを後悔している真っ最中であった。

§   §   §

 自分では結構いろいろ考えているつもりでも、やはり、思考の掘り下げ方が足りないのがロンである。
 もし、ハーマイオニーがロンと同じ状況に置かれたならば、なぜあそこに姿を現したのが双子の片割れだけだったのか疑ってみただろう。
 そして、それにはもちろん理由があった。
 彼らの姿は見えずとも、声だけならば大変良く聞こえる茂みの影で、その双子の片割れジョージはふたりの話を立ち聞きしていたのだ。
 もちろん、彼ひとりならそんな所に居たりはせずに、フレッドと共にロンの首を絞めに行くに決まっている。
 現在、彼の横には、ロンの激白を聞き、口元に右手をあてたまま、息をするのも忘れてなにごとかを考えている様子のハーマイオニーが立っていた。
 何故って、ジョージが図書室から彼女を強引に連れだして、ここまで引っ張ってきたからだ。
 そんな彼らの所に、茂みを抜けてきたフレッドが合流する。
 立ちつくすハーマイオニーを横目で見ながら、双子は声を潜めて囁き合う。
「まったくロニィときたら──」
「不器用な癖に、変なところで要領いいよな──」
「絶対、ハーマイオニーのことを好きだって言わせてやろうとは思ってたけど──」
「あそこまで、ばっちり自分の気持ちを語ってくれるとは──」
 ふたり同時に肩をすくめると、彼らはハーマイオニーを残してその場を立ち去った。
 今後、この話の続きをどんな風に展開するかは、全てロンとハーマイオニーがふたりで決めるべきことだから──


※やっぱり、タイトルのつけようがない話だったり。
 単に、変なところで要領のいいロンが書いてみたかっただけ。
 つーか、ロンにはこれくらいのこと考えていて欲しいんだよね。
 ↑単なる自分の希望じゃん(笑)


● Harry top ●


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