Blue Rose |
「ロン、さっきから何やってる訳?」 ベッドの上にあぐらをかいて小銭を数えていたロンは、締め切っていたカーテンをくぐって姿を現したハリーに向かって肩をすくめてみせた。 「いや、ちょっと金勘定。何回数えても銅貨の枚数が違うのさ。これで増えてくれりゃいいんだけど、数える度に減るんだよ。なぁ、もういっそ数えるのやめた方がいいと思う?」 「ああ、そうだね。でも、僕としては、その前に左膝の下に隠れてるお金を取り出して、もう1回数えてみることを提案するよ」 ハリーの言葉にロンが言われた場所に手を突っ込んで見ると、確かに硬貨の感触。 身体の位置をずらして確認してみれば、そこには5枚もの銅貨が隠れていた。 これでは何回数えても枚数が合わない筈である。 まあ、合ったところで、これっぽっちの金額で何ができるという訳でもないのだが。 ロンは自嘲気味に微笑むと、ハリーに向かって礼を言った。 「サンキュー、ハリー。おかげでなけなしの財産を減らさずにすんだよ」 そんなロンの姿に、やれやれと肩をすくめると、ハリーは明日の天気の話でもするように、あっさりと核心をついた。 「別に無理しなくてもいいんじゃないの? バレンタインの贈り物ならカードだけでもハーマイオニーは充分に喜んでくれると思うよ」 「そうは言うけど、僕だってちょっとは……」 格好つけたいさ、と言いかけて、ロンはハリーに全てを見抜かれていることに気づき、耳どころか首から上全てを真っ赤にした。 「えっと──あの〜、そっ、そんなんじゃなくてさ……」 両手を目の前で振りながら、慌てて言い訳を始めるロンを見て、ハリーは腕組みしながら、うんうんと首を上下に振った。 「ああ、そうだよね。解るよ、うん、解る。彼女が喜ぶ喜ばないじゃなくて、男のプライドの問題だもんね。中途半端な立場の君としては、少なくとも、薔薇なら花束、ドレスならデザイナーズブランドの一点物、チョコレートならゴディバ、宝石ならティファニー、ついでにクルーザーと豪邸と油田のひとつくらいプレゼントしないと他の男に対抗できないもんねぇ」 「出来るかっ! 薔薇の花束やチョコレートはともかく、油田だなんて、そんなのプレゼント出来るのはアラブの石油王ぐらいなもんだっ!」 どう考えても、自分をからかっているとしか思えない、ハリーのものすごい言いぐさに反論してはみたものの、現在のロンには、その薔薇でさえ──2〜3本ならともかく──束で買う余裕がない。 薔薇が値上がりするこの時期でなければ、なんとか10本くらいは買えたかもしれないが、それだって束と呼ぶには余りにも貧相なものだろうし、実際に薔薇は値上がりしているのだから、そんな仮定はするだけ無駄だ。 はぁ〜とため息をつくロンの姿に、ハリーは再び軽く肩をすくめると口を開いた。 「まあ、油田はそうだろうけどね。なら、アラブの石油王じゃなくて、ロンぐらいにしか出来ないプレゼントすればいいんじゃないの?」 「ハリー……真面目に相談に乗ってくれる気がないなら、向こうに行ってくれないか。それになんだよ、そのロンぐらいにしかってのは」 「僕は至って真面目に君の相談に乗ってるつもりだし、ロンぐらいにしかっていうのも言葉どおりの意味さ」 言葉どおりと言われても、その意味がさっぱり解りませんと言わんばかりに顔をしかめるロンに向かって、ハリーは人差し指を突きつけた。 「君にしか許されない手段を取れって言ってるの。ほら、丁度いいネタがあるじゃないか」 § § § そんなこんなで迎えたバレンタイン当日の夜。談話室から寝室へ向かう直前に、ハーマイオニーがロンから受け取ったプレゼントは、ジニーと全く同じで、カードと白薔薇一輪だった。 「一輪でも赤ならまだ様になったんだろうけど、赤いのは買えなかったよ、色んな意味で」 と、あまりにもロンらしい台詞と共に。 なんにつけてもギリギリ大王であるロンのことだ。バレンタインに贈る薔薇を注文しようと思った時点で赤いものは売り切れていたに違いない。 更に、あったとしても予算的に無理だったというのが、ロンの言う『色んな意味』の真相だろう。 そんな彼に「ありがとう」と微笑みながら礼を言い、寝室へ向かいかけたハーマイオニーを、ロンがちょっと待ってと引き留める。 「コレ、薔薇と一緒に花瓶に入れといて」 手渡される3センチ四方程度の白いシート。 何よコレ? と首を傾げるハーマイオニーがその質問を口にする前に、「ほら、ジニーも。これを入れておくと薔薇が長持ちするんだってさ」というロンの声が答えをくれた。 ──ああ、そういえばそんなものもあったわね、漂白剤を入れておくといいとも言うけど。 眠かったせいもあるのだろうか。 マグル界には確かに存在するけれど、そんなものが魔法界に存在する不自然さに気づかぬままに、ハーマイオニーは寝室に戻ると、ロンに言われた通りに薔薇を差した一輪挿しにそのシートを放り込むと、すぐに夢の世界の住人となった。 カードに書かれたメッセージを確かめることもせずに。 § § § 「真っ青な薔薇を手に入れてくれたら考えてあげてもいいわ。もちろん、魔法はなしで」クリスマス前に、しつこく言い寄ってきていたレイブンクローの上級生を、ハーマイオニーがこんな言葉で振ったというのは、ホグワーツ内で結構有名な話だった。 薔薇に限らず、三原色が全て揃った花はないと言われるが、中でも青い薔薇──Blue Roseは不可能の代名詞でもある。 一体何様のつもりよと、ハーマイオニーの発言を批判する者もいたけれど、振られた当の本人はマグル出身のレイブンクロー生だけあって、言葉の裏に隠れた『考える気はないってことよ』という意味を理解したらしい。「そこまで言われちゃ退くしかないな。これ以上粘ってもカッコ悪いし」と肩をすくめて、なんとか諦めてくれた。 その件に関し、ロンは「そこまで言われなきゃ退かなかった時点で、既にカッコ悪いだろ」という、あまりにも辛辣な意見を述べて親友の苦笑を誘った。 「ロン、君、相変わらず、ハーマイオニーに近づく男に対する評価が厳しいね。君に対抗できるのは、きっと彼女のパパくらいなもんだよ」 ハリーの皮肉を右から左に素通りさせて、ロンはブツブツ言い続けた。 「それにハーマイオニーもハーマイオニーさ。もし、本当に魔法なしの青い薔薇を持って来られたら、どうするつもりだったんだよ」 「それはないんじゃない。ハーマイオニーが言ってただろ。青い薔薇は不可能の代名詞だって」 「そりゃ、自然界には存在しないだろうけど、青い薔薇っていうのは、ちょっとした発想の転換で、魔法なしでも簡単に作れるんだよ」 まあ、そんなインチキを彼女が認めるとは思わないけど、出来れば誰も気づかないで欲しいなぁ〜、と遠い目をして呟くロンをあきれ果てた視線で一瞥すると、ハリーは心の中で吐き捨てた。 それこそ、そこまで言うなら、誰に何を言われたところでハーマイオニーがはっきりしっかりきっぱり断れるように君がしてやれよ──と。 § § § 「だから、僕にしか許されない手段ってなにさ。売り切れのお詫びならぬ、金欠のお詫びのサービス券でも出せってか?」目の前に突き出された人差し指に気おされて僅かに身体を反らせながらも、ロンはハリーに向かってかみついた。 そんなロンの態度に、ハリーはわざとらしくチッと舌打ちをしてみせてから口を開く。 「意味不明の冗談言ってる場合じゃないだろ。僕は、お金をかけなくても女の子を喜ばせる方法はあるって言ってるの。但し、条件付きだけど。そしてロン、ラッキーなことに君はその条件を満たしてる」 「その方法は? っていうか、僕の満たしてる条件って、なんな訳?」 「いい加減自分で気付けよ。いいかい、その方法ってのは凝った演出ってやつさ。君、魔法なしで青い薔薇を作る方法知ってたろ」 「えっ? あ〜、アレね。いや、でも、アレってほら、インチキくさいし……」 「うん、確かにインチキくさい。でも、多分──否、絶対に、君ならそれが許される」 「だから、なんで?」 「演出をバレンタインのプレゼントにするための絶対条件。それは、好きな相手からプレゼントされることさ」 ハリーは、ここで一旦言葉を切ってロンの反応を見る。 なっ、なんだよ、それっ、とか反論されるかと思っていたのだが、どうやらロンの脳みそは耳から入った情報を処理しきれずにいるらしく、彼は小首を傾げた状態で固まっていた。 その反応速度の遅さに、君、フロッピーディスクでさえなくテープで情報読み込んでんじゃないのっ! と心の中で悪態をつき、ハリーはロンの読み込み終了を待たずに再び口を開いた。 「いいか、ロン。例え、どんなに素敵で凝った演出だろうが、何とも思っていない相手にされればウザいだけだ。でも、君がする演出なら多少インチキくさかろうと許される。僕は君にこう言ってるんだ」 台詞と共に両手で肩を揺さぶられ──そのせいかどうかは知らないが──ようやく、データを読み込み終えたロンは、ハリーに向かっておずおずと問いかけた。 「あの〜、ハリー……それって……」 「ああ、そういうことだ。なんならファイアボルトを賭けたっていい」 まさかファイアボルトにつられた訳ではないだろう──と自分の為にもハーマイオニーの為にも思いたい──が、ロンはハリーのこの言葉に、先刻までとはうって変わった様子で、力強く頷いた。 § § § ある程度追いつめられると開き直るという──追いつめられなければ何も出来ないとも言うが──長所なんだか短所なんだか判断しにくい性質を持ち合わせるロンは、現在、その開き直り中らしい。その演出がもたらす結果を想像し、ぐだぐだ悩むことを完全に放棄して、ハリーと共に計画を煮詰めていた。 「問題はそこだよな。夜中に女子寮に忍び込む訳にはいかないし……」 「要は薔薇の花にさえ魔法がかかってなきゃいいんだろ。たっぷり青インクを染みこませた吸取紙に白紙呪文かけろよ。それを、花を長持ちさせるシートだとかなんとか言ってハーマイオニーに渡せば……」 「かけたところでどうやって解除すんだよ。解除タイマー付きの魔法なんて僕にかけられる筈ないだろ」 「ああ、そうか。そんなの僕にも出来ない……じゃあ、そこも魔法なしで行くか。インクを染みこませて乾かした紙を白紙でくるもう。グラスや一輪挿しならインクの量的にはこれで問題ないだろ」 「ああ、それは平気。でっかい花瓶に挿されたら完璧アウトだけど」 「たった一輪の薔薇を花瓶や壺に活ける人なんている訳ないだろ。じゃあ、これで万事OK?」 「……どうだろう? 時間的にはかなり微妙かも。花びらの先まで色が入るには夏場でも最低5〜6時間かかるんだよ。ましてや今は冬場だし。カーネーションならともかく、薔薇ではやってみたことないし……。実験してみた方がいいかな?」 「その実験が失敗したところで、今更、別のこと考える時間はないだろ。ならいっそ、そこは運にまかせにしとけよ。……大丈夫だよ、君、ここ一番ってところでの運はいいし」 「ははっ、ここ一番ってところでだけだけどな」 「その逆よりはましさ。じゃあ、あとはカードに添えるメッセージを考えるだけだね。さすがに僕も、そこまで協力はしないからね」 「むしろ、されたら嫌だよ」 § § § そして、2月15日の朝。ロンのここ一番での運は彼を裏切ることなく、ハーマイオニーのベッドサイドに飾られた薔薇を真っ青に染め上げていた。 けれど、彼女がその薔薇の色の変化に目を見張るのはこれから15分後の話で、カードに書かれたメッセージを読み、その場にへたり込んだまま動けなくなるのは20分後の話。 そのカードに書かれている言葉は、甘い愛の囁きなどではなくて、たったこれだけ。 ── Try to think. ── ああ、外国のバレンタインネタは難しい、としみじみ実感。 |