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「うそ…でしょ」
 昨年末、ロンからのクリスマスプレゼントを見た瞬間、ハーマイオニーは思わず小さく声を上げた。
 まさか、ロンの方から先にルールを破ってくるなんて思いもよらなかったから。
 いや、そもそもそのルールはハーマイオニーが勝手に作り、勝手に守ってきたものだから、ロンには破った破らないのと言われる筋合いはないのだけれど。
 だれど、ハーマイオニー見解では、もう暫く──ましてやロンの方からなんて破られる筈のないものだったそのルールが破られてしまったことが、今の彼女を動揺させていることは紛れもない事実。
 ──どうしたものかしら。
 ハーマイオニーは腕を組み片手を口元に持ってゆくと──名探偵が推理するときのポーズといえばイメージしやすいだろうか──ゆっくりと目を閉じ、じっくりと考えを巡らせ始めた。

§   §   §

 ──確かにこれが突然蜘蛛に変身したら悪夢だな。
 ロンは嬉しいと同時に、少々途方にくれつつ、ハーマイオニーからの誕生日プレゼントを眺めていた。
 包装されていた時の形状から、ロンが冗談めかして聞いた「まさか中身はくまのぬいぐるみじゃないだろうね」という問いに、ハーマイオニーは笑いながら「安心して。抱いて寝たところで突然蜘蛛に変身したりはしないから」と応えた。
 全然答えになっていないと思いつつ、ならばと包みを開けかけたロンにハーマイオニーは再び声をかけた。
「あらロン。それは今開けない方がいいと思うわよ。中からかわゆ〜いウサちゃんのぬいぐるみが出てくるのをみんなに目撃されたら、こっそり堂々と抱いて寝られなくなるじゃない」
「……意味解んないし」
 こっそり堂々の意味は本当によく解らなかったけれど、だてに長いこと彼女と一緒にのたくっている訳じゃない。その包みを今ここで開けて欲しくはないという彼女の意図を察したロンは、包みを解く手を止めた。
 そしてその選択は、今にして思えば、本当に、これ以上ないってなぐらいな正解だった。

§   §   §

 どこまでが友情で、どこからが恋なのか──
 それに明確な線引きを出来る人間なんて、どこにも存在しないと思う。
 恋というのは、大抵の場合、そのラインを越えてしまってから気付くものだから。
 そのラインをいつ越えたのか、何がきっかけだったのかなんて解らない。
 でも、自分がそれを越えていることだけは解る。
 多分、季節を9つ戻した辺りがオンライン。
 丁度その頃から、ハーマイオニーは、ロンが欲しがっているものではなくて、自分が彼にあげたいものをプレゼントしたいと思うようになった。
 例えば洋服、例えば靴、例えば時計──そう、彼がもう少しだけカッコ良く見えるものを。
 身に付けているもので人間の価値が決まるとは思っていないけれど、ロンの場合はそれが却って彼の価値を下げているような気がして。
 高いものじゃなくとも、せめて彼に似合うものを身に付けて欲しい──そんな思い。
 だけど、それらは単なる友達が──特に学生である内は──していい類の贈り物だとは思えなくて。
 結局は無難な物を贈り続け、挙げ句の果てに、別の意味で友人としての範囲を超えた──というか、家庭教師みたいな──プレゼントをしたこともあったりして現在に至る。
 わざわざ『友達としてふさわしいもの』ということを念頭においてプレゼントを選ぶこと自体が、彼がもう、自分の中でただの友達ではなくなっていた証拠。
 そして、季節を5つ戻してからは、自分自身の気持ちを自覚せざるを得なくなるほど確実に。
 それと同時に、自分が彼に身に付けるものを贈りたいと思ってしまう理由も解った。
 自分はそういったものを、堂々とロンにプレゼント出来る権利と立場が欲しいのだと。
 けれど、ハーマイオニーの立場は彼の親友として安定しすぎていた。
 確率が5割を越えているならばともかくとして、一か八かの勝負には到底出られない程に。

§   §   §

 ──最大の問題は、これをどうやってデビューさせるかだ。
 ロンは思い悩んでいた。
 前回のクリスマスプレゼントが功を奏したのか、はたまた単なる同情なのか非常に判断に苦しむところではあるが、とにかくハーマイオニーが思いがけない代物を誕生日プレゼントをされたからだ。
 他人も良く知るロンの母親の今までの傾向から見ると、これは絶対に彼女のセンスで選ばれたものではないことは、すぐ知れる。
 そして、それが知れてしまうと、それが誰からの贈り物であるかは、簡単な消去法──これが入りそうな大きさの包みは他になかった──で答えが出てしまうのだ。
 そのこと自体は仕方ないし、別段隠すつもりもないけれど、それに腕を通す度に、自分の気持ちを知っている──この間、とうとう白状させられてしまった──ハリーからかわれるのはまっぴらごめんだ。
 だが、そう思ったところで、ハリーが黙っていてくれることなど絶対にあり得ない。
 なぜなら、ハリーが自分と同じ状況に置かれた時に、彼を暖かく見守ってやるのかと問われれば、ロンは絶対にこう答えるからだ。
 ──ばか言え、力一杯からかうに決まってる。
 まあ、お互い相手を本気で怒らせる程しつこくはしないだろうが、友達なんてのは大抵そんなもんだ。
 だから、これは難しい問題なのだ。
 大事にしすぎても、逆にあまりしょっちゅう着すぎても、ハリーのニヤニヤ笑いに遭遇するのは確実で。
 される前からそんなことをするのはばからしいと解っていても、その時のハリーの顔を想像するだけでムカついてくる。
 とはいえ、ここでムカついてみても、なにがどうなる訳でもなく、ロンは思考を切り替えた。
 とにもかくにも、ハリーのチシャ猫面をおがむのを回避できないことだけは決定している。
 要は、それに対してどれだけ自分が余裕を持てるかが大切なのだ──
 知恵熱が出そうな程に一生懸命考えてたにも関わらず、これぞという答えにたどり着けなかったロンは、日付が変わった頃合、気分転換のためにベッドを抜け出し窓辺に向かった。
 一旦は覚えたこともあったはずなのに、今では名前をさっぱり思い出せない星座をぼんやりと眺めていた時。
 ロンの視界の端を流れ星が視界の端をかすめた。
 それに気付いたロンは、慌てて流れ星を見たなら絶対言おうと心に決めていた単語を小さな声で呟いた。
「金っ! 金っ! 金っ!」
 流れ星が流れきる前に願い事を3回唱えられたら、それが叶う──
 そんな伝説を真面目に信じている訳じゃないし、我ながらお星様に頼むにはあまりに夢がないお願いだとは思うけれど、現実問題として、その短い時間で3回唱えられる欲しいものはお金くらいなものだ。
 とちくるって『ハーマイオニー』とでも唱えようものなら、どんなに頑張っても1回半が限度だろうし、誰かに聞かれたらそれこそシャレにもなりゃしない。
「あほらし」
 呟いて、ロンがベッドに戻ろうと踵を返した時だった。
 金こそ降らせてはくれなかったが、その流れ星がロンにひらめきをプレゼントしてくれた。

§   §   §

 ある程度勝算がある──少なくとも、突き返されたり、捨てられたりはしない──と見込んで、今回、ロンの誕生日にをセーターを贈ることを決めたハーマイオニーであったが、彼女はいきなり手編みのものを贈る程、チャレンジャーでも考えなしでもなかった。
 大体、自分にそんな大胆さがあるのなら、とっくに一か八かの勝負に出てる。
 だから、贈るのはお店で買ってきたもの。でも、その分じっくりと時間をかけて厳選した。
 春がふた山向こうまでやってきていそうなこの時期に贈るものとして、セーターはあまり適当とは言い難いけれど、だからこそいい。
 投げ売りしていたから、たまたまね──と、言い訳もでき、ロンを恐縮させずにすむから。
 もちろんそれは大嘘で──大体、今時期に投げ売りしているセーターにろくなものがあるはずがない──まだ選択肢が豊富な年末に、セーターは既に調達してあった。
 それが彼の手元に届く季節を考え、毛糸ではなくコットン100%の糸で編まれたものを。
 これならば、5月の初めくらいまで着て着られないことはない。
 まあ、人にからかわれるのがとにかく嫌いなロンのこと。
 次の深秋までそれをしまい込み、ほとぼりが冷める──つまり、セーターの出所が他人に推察されにくくなる──のを待つという可能性も充分にあるだろうけれど。
 それどころか、完全にタンスの肥やしになってしまう可能性だってありうる──
 ──というか、これがいけないのよね。
 ハーマイオニーはため息をついた。
 誰に言われるまでもなく、ハーマイオニーだって自分の考え方が必要以上に悲観的なのは解っている。
 蓋を開ければ案外と、今週末辺り朝食の席についたら、あのセーターを着たロンが目の前に座っていた、なーんてことがあったりするのかもしれない。
 意を決し告白したならあっさりと、「実は僕も…」だなんて展開で、ロンの彼女になれたりするのかもしれない。
 でも、そんな浮かれた想像をする方が、ハーマイオニーにとっては悲観的なことを考えるよりも怖い。
 過剰な期待は多くの場合、後から落胆をもたらすものだから。
 臆病者だと言ってしまえば、それまでだけど──

§   §   §

「どうしたのコレ?」
 どうしても調べたいことがあって、昼食も取らずに図書室に一日中こもっていた休日の夜。
 談話室に戻った途端、ロンに大きな紙袋一杯に詰め込まれたお菓子を手渡され、ハーマイオニーは困惑した。
「賭ポーカーの戦利品」
「ちょ、ロン、賭って」
「あ〜、説教はなしにしてよ。お金賭けてる訳じゃないんだし、単なる娯楽だって」
「……う〜、まあ、いいわ。でも、せっかくせしめた物を私にくれていいの?」
「せしめたって言い方はやめてよ。平気平気、もうひと袋同じ物があるから」
「──って、そんなこと何時間やってたのよ?」
「ん〜、いや、ポーカーやってたのは2時間くらい。でも、その前に賭チェスと賭バックギャモンと賭ブラックジャックをしてたから……」
「賭ばっかりじゃないのよっ!」
「だから怒るなって。僕だってそんなつもりはなかったんだけど、どういう訳か今日の僕は負けなしでね。勝ち逃げは許さないって主張するみんなに次から次へと色んなゲームに挑戦させられただけなんだから」
「そう……ついてたのね」
「ああ、あり得ないくらいついてた。だから、もしかすると、このセーターのおかげかなって思って。だから、それはお礼。遠慮なく受け取って」
「え」
 ロンの言葉に、ハーマイオニーは自分の視界を遮っていた紙袋の影から顔を出した。途端に、絶妙なバランスで積み上げられていたお菓子の箱が何個か床に落下してしまったけれど、彼女はそれをすぐには拾えなかったし、拾おうともしなかった。
 『ロン! もう一勝負だ。今度こそ僕が勝つ』という誰かの声に呼ばれ、仲間の輪に戻ってゆくロンの身を包んでいたのは、紛れもなくハーマイオニーが先日プレゼントしたセーターだったから。

 そして──
 ハーマイオニーをすごく幸せな気持ちにさせたこの話には、後日談がある。
 嘘みたいな話だけれど、次の冬が明ける頃には、そのセーターを着ている時は、本当に何をやっても負けないという伝説をロンは作った。
 まあ、その霊験のあらたかさに挑戦者が少なくなっていったという理由もあるのだろうが、ロンが初めてそのセーターに腕を通してから10年の時が経った今でも、その負けなし伝説は破られていない。
 もちろんそのセーターが、ロンの告白やプロポーズの際にも使用されていただなんてことは、敢えて記述するまでもないことだろう。


言うまでもなく、ロンの誕生日に上げようと思って玉砕した作品(爆)
あまりにも長くなったので、ロンがハリーに遊ばれてるとこ削ったら、なんと半分になっちゃいました。なので、本文以上に行間を読んで頂かなくてはならない作品になってしまっております。な割には、余計な記述はありますが(「金っ! 金っ! 金っ!」の辺り(笑))。
今回のロンは秘かに頑張ってるんですよ。行と行の間でとか§マーク前後の空白とかで(笑)。だって、あのセーター、本当に只の(ハーマイオニーが魔法とかかけたりしてない)セーターなんだもの。


● Harry top ●


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