工藤ゆかりより愛を込めて
仕事を終えた工藤ゆかり(35歳)は、チョコレートが3つばかり入った紙袋を抱え、思わずにやついてしまう口元を隠しながら、風折と涼が同居しているマンションへと向かっていた。 今日は、赤石も含めて、先日発売されたフォーチュンのアルバム完成の内祝いをする予定なのだ。 差し入れにワインでも買っていこうと寄ったデパ地下で、ハート形のチョコに文字を入れてくれるという店を見つけ、急遽予定を切り替えた。 本当にそのメッセージでいいんですか? としつこく何度も聞いてくる店員を、最後には「いいから書けっ!」とどやしつけ、3人分のチョコレートをまんまとゲット。 これを、渡された時の3人の顔を想像するだけで、口が勝手に笑ってしまう。 例によって、道行く人々を恐怖に陥れつつ、工藤は先を急いだ。 ☆ ☆ ☆ 「はい。一応バレンタインだから。我ながら秀逸よ。まず社長、開けてみて下さい」間違うことがないようにと、赤・白・黄色とチューリップのような包装紙の色分けをして貰ったチョコレートを、工藤は目の前の男性3人に手渡す。 風折の包装紙は白。同じく涼が黄色で、赤石が赤。 工藤の表情から、何かを企んでいることを感じつつも、風折は包装紙を破った。 箱の蓋を開けた風折の目に飛び込んできたものは、一人で食ったら鼻血確実という折り紙がついてないのが不思議なくらいのボリューム感のあるハート形のチョコレート。そのチョコの上には、ホワイトチョコで、でっかく『義理!』と書いてある。 風折は大きくため息をついた。 「すごく解りやすい義理チョコだけど、何もエクスクラメーションマークまで付けなくたって……。みんな同じなの?」 「まさか。そんな面白味のないことするわけないでしょ。それに、あたしが西沢くんに義理チョコあげるような、ヤボな女だと思いまして?」 「……ノーコメントにしとくよ。じゃあ、涼のチョコ見せてよ」 もともと、工藤の相手はあまり得意ではない風折は、さり気なく議論を避けて、涼に話を振った。 「えっ? ああ。しっかし、こんなダイナミックな文字、よく入れて貰えましたね、工藤さん」 包装紙を開きつつ、涼が言う。 「ふふん。脅したのよ」 「ふふんじゃねーって。店員さん、可哀想に」 あくまでも楽しそうな工藤を横目で見つつ、赤石がボソリと呟いた。 どう考えても、こんなぶっとい字を入れる道具をチョコ屋が最初から用意していたとは思えない。 きっと、ビニール袋の端っこを切って、むりくり書いてくれたに違いない。 「いいのよ、だって、客の要望に応えるのが、あの人達の仕事だもん」 「程度によるって。俺も開けていい?」 「いいけど、西沢くんのチョコ、見てからにした方がいいと思うわよ」 「なんで?」 「自分のチョコになんて書かれているか想像が付けば、ショックも少ないでしょ」 「恐ろしいこと言うなよ」 冗談ではなく身震いしつつ、赤石は涼に視線を向けた。 タイミング良く、蓋が開けられるところだ。 「……確かに義理チョコじゃないね」 口を開けて固まっている涼の代わりに、風折はあきれたように吐き捨てた。 何故なら、先程風折がもらったものと全く同じ土台の涼のチョコには『〜人情〜』と書かれていたからだ。 「なんか、ある意味義理チョコより、切ないです〜」 涼が情けない声をあげる。 まあ、尤もな意見だ。 「この2人が、この扱いだったら、俺のには何て書かれていることやら……」 赤石は、げんなりとした口調で言った。 先の2人よりくだけたつき合いをしている自分だからこそ、きっと容赦のない言葉に違いないと、赤石は想像する。 ──『同情』だったらまだましか。『憐憫(れんびん)』とかだったらきっついなぁ〜。 ため息を一つついて、包装紙をはがしにかかったところで、工藤から声が掛かった。 「赤石くん」 「何?」 「隠して開けた方がいいわよ。きっとショックが大きいと思うから」 「……勘弁してくれよ〜」 冗談抜きで涙目になりながら、赤石はダイニングキッチンのテーブルに移動し、チョコレートの箱に手をかけた。 ギュっと目をつぶりながら蓋を開け、少しでもショックを和らげる為、赤石はそろそろと目を開けた。 その予想外な単語が視界に飛び込んできた途端、赤石は事態を把握しきれず、思わず蓋を閉めた。 ──この文字を、チョコ職人に入れさせたってか。 自分の見間違いではなかろうかと、恐る恐る、再び蓋をちょっとだけ開け、横から覗き込む。 やはり、見間違いなどではない。 ──工藤ちゃん、やりすぎ………… 「なんて書いてありました?」 後ろから涼に声を掛けられ、赤石は、慌ててチョコの蓋を閉じた。 「えっ──。いやっ、これはちょっと人には見せられないような……。勘弁して」 赤石の必死の形相に、涼は勝手に納得し、リビングに戻り、工藤に話しかけた。 「工藤さん、あんまりひどいこと書いたら、赤石さんが可哀想ですよ」 「大丈夫よ。そんなタマじゃないから」 「ひどいなぁ〜」 涼が居なくなったのを確認して、赤石は、再び蓋を持ち上げる。 赤石のチョコにでかでかと書かれたその文字は── 『本命!!』 2003.02.14
※日付が物語っているようにバレンタインネタ。 |