謎の組織の正体
「はぁ〜? 謎の組織にさらわれる? 俺はそんなこと言った覚えはないぞ」 神岡智史は素っ頓狂な声を上げた。 彼にこんな声を上げさせたのは、同居人であり恋人でもある伊達弘樹であるが、そもそもの原因は、例によって彼らのナイスで邪悪な先輩にある。 高等部を卒業して退寮したにも関わらず、10日と空けずに彼らの部屋を訪れる彼──風折迅樹は、その日もやらかしてくれた。 特に用もないのに長居をして智史の神経をすり減らしたあげく、帰り際に智史の耳に光るピアスに対して、何とも失礼なコメントを言い逃げしくさったのだ。 いくら、「死んでしまえ」と叫んでみたところで、閻魔様にも追い返されそうな勢いであつかましい風折は、そう簡単にあの世に行ってくれそうもなく。 「いつになったらあの人から解放されるんだ俺は…」 と本気でヘコむ智史を抱きしめ弘樹は言った。 「これからは、わたしが全力でお前を守る。風折さんからも、謎の組織からも」 例えどこかで聞いたことがあるような言葉だったとしても、多少引っかかる単語が含まれていたとしても、智史が素直に弘樹の台詞に感動してくれていれば、話は当人達にも読み手にも楽しい方向に進むのであるが、そこは智史。決してそんな展開には持っていってくれないのである。 「弘樹──」 自分の腕の中にいる恋人に名を呼ばれ、もちろんそんな展開になることを望んでいた弘樹が彼の唇をふさぐ前に、智史の口が再び開いた。 「謎の組織って何のことだ?」 ──そんなの、俺が知るか。 と心の中で吐き捨てて、目的を達成しようとした弘樹であるが、それは智史の右手に阻まれた。 容赦なく自分のの顔を押し戻す智史の手に、本気で嫌そうな表情を浮かべ、仕方なく弘樹は智史の質問に応えた。 「お前が自分で言ったんだ。子供の頃、謎の組織にさらわれるのが怖くて、わざと普通の子供の振りしてたって」 この台詞に対する智史の返答が、冒頭の言葉である。 言った言わないというやりとりを数回繰り返した後、弘樹から詳しく話を聞いて、ようやく恋人の誤解に気付いた智史は「ああ、その話ね」と、昔話を語り始めた。 ☆ ☆ ☆ 俺の通ってた小学校って、毎年独自の──っても、問題はどっからか流用してるんだろうけど──知能テストをその年の5学年にやらせるって伝統(?)があったんだよ。まあ、私立校だし、独自のなんとかをやるのはかまわないんだけどさ、その後があんま感心できたもんじゃなかったんだ。 俺、3年の時に偶然小耳に挟んだ──ってか正確には盗み聞いたんだけど、5年の担任達が集まって、知能指数は高い結果が出てるのに、その後にやった全国共通の学力テストの成績があまりにも悪い児童に、知能テストをもう1回受けさせるって相談してんだよ。 当日、調子が悪かったのかもしれないから、もう1回学力テストを受けさせてるってんなら解るけど、何で知能テストの方?──とか思って、更に聞き耳たててたら理由は解った。 奴ら──あの成績でこんなに知能指数が高い訳ない。その証拠に再テストでは確実に普通の範囲に収まってくる。不思議と毎年、こーゆー奴らが何人かいるけど、びっくりするから運がいいのも大概にして欲しいよな──とか話してたんだぜ。 そりゃ、知能テストは選択問題だから、解らなくても適当に選んだものが当たる可能性もあるだろうけど、俺はそれこそ、先生がここまで何も解ってなかったことにびっくりしたよ。 一回受けたテストを再度受けさせられることに疑問を抱かない子供がいると思うか? しかも相手は教師を驚かすような知能指数をたたき出す子供だぜ。事情を察して2回目は手ぇ抜くに決まってんだろ。 実際、その時、教師の口に上ってた5年生を後からさりげなく観察してみたら、その時点で勉強に興味が行ってないってだけで、頭の回転はいい奴ばっかりだったし。 そんなことも解らないのかよ──と思ったのは一瞬。 すぐに解ったよ。彼らには解らないんだっていうことが。 俺、学校に入った頃から、その時までずっと不思議に思ってたことがあったんだよ。 自分では頑張ったつもりなんてなくて、普通にテスト受けて普通に解る答えを書いてっただけなのに、満点取ると教師が「今回も頑張ったな」っていうのは何故かって。それに対して、自分が「別に頑張ってはいないです」と言えないのはどうしてかって。 彼らには解らないと解ったのが先か、その疑問に対する答えが出たのが先なのか、それとも同時だったのかはよく解らないけど、俺は唐突に理解した。 教師に──いや、普通の人間にとって、いい成績っていうのは、頑張って取らなきゃいけないもので、自然に取れちゃいけないものなんだって。 成績に対して高すぎる知能指数と同様に、あってはいけないことなんだって。 学校っていうのは、自分たちが当たり前だと思っている、でも俺にとっては謎の常識の中に人間をはめ込もうとする『謎の組織』なんだって── だから俺、その知能テスト、わざと正解率が60%くらいになるように調節したんだよ。 真面目に受けたら、再テストどころじゃなくて、職員室中が大騒ぎになることが解りきってたからな。 えっ? ああ、そう。俺、小学校に入る前に個人的に知能テスト受けてたの。そりゃ、幼稚園児が将棋で大人相手に連勝記録更新し続けてたら、親も受けさせてみたくなるだろ。 それ以後、真面目に知能テスト受けた覚えはないから、俺のIQ250って実は幼稚園の頃の数値だったりするんだな、これが。 以上──空手が出来るに引き続き、神岡智史の秘密その2。 あ、風折さんには内緒だぞ。こんなこと知られたら「やっぱりね。僕は常々君の頭はそんなに良くないと思ってたんだよ」とかなんとか、事実でもムカつくこと言われるに決まってるから。 ☆ ☆ ☆ 「──ってな訳で、俺にとっての『謎の組織』は学校。そもそも、その話が出たのって、お前が俺に「お前はどんな小学生だったんだ」って聞いたからだったろ。だから、その時俺は正直に「謎の組織が怖くて、ちょっと成績のいい普通の子供の振りしてた」と応えた。さらわれるってくだりは、それを勘違いしたお前が頭の中で勝手に付け足しただけだろ」「…………」 智史の問いかけに、弘樹は無言で応えた。なんと言っていいか解らなかったからだ。 いや、言える台詞はある。 「言われてみれば、確かにお前の口からさらわれるという言葉は聞いていなかっな」だとか「その言い方だと普通は勘違いするだろ」とか──どうでもいいことならば。 そして、多分。智史も弘樹からそんなどうでもいい言葉が返って来るのを望んでいる。この話が、笑い話になってしまうことを。 表向きは── けれど、本気で真相を隠すつもりがあるならば、智史はこんなへまはしないとも思う。 下手に口にすれば、絶対に人から反感を買うだけであろう真実。 智史はそれを──本当の自分を弘樹に知って貰いたいと思っていたのではないだろうか。 無理を承知で、弘樹にそんな風に生まれてしまった自分の辛さを解って貰いたいと心の底で願っているのではないだろうか。 そんな風に考えずにはいられない。 なぜなら、弘樹自身も今まで誰にも告げずにいた過去の胸の痛みを、いつか智史には話してしまいそうな気がしていたから。 だから、理解はしてやりたいと思う。弘樹にとっては学校ではなく本当の謎の組織にさらわれることよりも共感しにくい、その悩みと恐怖を。 自分が近い感覚を得られるだろう経験に置き換えて。 智史のツメの甘さが、計算されたものであることに気付いた今。 あの時──弘樹が前チェス部長の仕掛けた罠にまんまとはまってしまった時──自分の実力をセーブせずに皆の前に晒すことが、智史にとって、ものすごい決意要するものだったことを知った今。 それは、自分が受け止めるべきものだから── ☆ ☆ ☆ 「弘樹?」 そんなことを考えてた弘樹が、ずっと無言のままだったので、ちょっと不安になったのだろう。 智史が訝しげな表情と共に、疑問系で恋人の名を呼んだ。 弘樹はその疑問に笑顔で応える。 「ああ、悪い。今、わたしの胸の中にあふれ出す、愛しさと切なさと心強さをどうやって表現したらいいものかと考えていたものだから」 「なんだそれ?」 咄嗟の割には我ながら気の利いた返答だ(そうか?)、と弘樹が心の中で自画自賛していた台詞は、残念ながら智史には通じてくれなかった。 気の利いた台詞というのは、ひねってある分、決まれば効果も絶大だが、その反面不発も多い微妙な必殺技である。 最終的に望む結果が得られれば、その過程のスマートさにはさしてこだわらない質の弘樹は、繰り出す技をガードの上からでも相手にダメージを与える強烈なストレートに切り替えた。 「お前がわたしにくれた捨て身の愛に、どうやって報いろうかと考えていたってことだ」 「って、弘樹……」 「ああ、全部解った。お前はわたしのことが好きで好きでたまらないんだってことがな」 「ったく、お前って奴は……」 ──なんであの話でそれが解っちまうんだよ。 智史の台詞の後半は、弘樹の胸に埋まった。 その声は本当に小さくて、耳では聞き取れなかったけれど、弘樹の胸に響いた。 「だから、好きなんだろ──」 その質問に答えると同時に、弘樹は智史に口付けを落とす。 先程とは違い、今度は右手に阻まれることなく目的を達成した弘樹は、さらにその先に進む為に、智史を抱きかかえて自分の寝室へと向かった。 どうやら、長い中断を挟みつつも、ようやくこの話は楽しい展開へと向かう模様である。 そして── それなのに、ここで終わってしまうのが、DESTINYシリーズのお約束なのである。 2005.04.01
いやぁ〜、毎度毎度すいません(爆)。 |