西沢涼の最強な思考回路
「涼──それ、マジで言ってる?」 「大マジ」 自分の問いに、首を大きく上下に振って返事をする恋人の様子に、その本気具合を感じとって、風折はこっそりとため息をついた。 「どうしてもしてみたい?」 「うん。どうしてもやってみたい。大体さぁ、考えてみれば、男同士なのに俺が下で迅樹が上って決まってる方がおかしいじゃん」 「別に上下は決まってないでしょ。その証拠に一昨日は君、ずっと僕の上に乗っかってたじゃない」 「迅樹〜。はぐらかすのもいい加減にしろよ。俺は別に体位のことを言ってんじゃないよ。俺もお前を抱い──」 「あ〜、はいはい。解りました」 風折は、声を大きくすることで、涼の言葉を遮った。 本当にもう。涼と恋人同士という関係になってから、既に3年が経っているというのに、彼の唐突さには、いつもいつも驚かされてしまう。 そんなことを思うなら最初から思えばいいし、最初思わなかったのなら一生考えてみたりしなきゃいいのに──と思うのは風折の我侭なのだろうか。 まあそれはともかく。 どうしていきなりそんなことを考えるに至ったかは解らなくとも、至ってからの涼の行動は読める。 あまりおつむの出来が良くない分、野生の勘が働くのか、涼が誰かに相談事を持ち込む時、その人選は──多分、本人の予想以上に目から鱗の明確な回答を得られるという点で──完璧である。 風折の想像だと、十中八九、涼は伊達・神岡カップルのところに相談に行って、彼らの時間を多少なりとも止めているはずだ。 もちろん、自分は風折迅樹であるから、その後の彼らの行動も手に取るように解る。 神岡は突然の偏頭痛に襲われ寝室に引っ込み、残された伊達が涼に向かっていらんレクチャーをする。 見ていた訳ではないけれど、絶対にその事実に間違いはない。いわゆるファイナルアンサーだ。 そんなレクチャーを受けた涼が、それを試さずにいられることなどあるだろうか──いや、ない(反語)。 だから、涼が伊達に教えてもらった、あ〜んなことや、こ〜んなことを具体的に口に出す前に、その台詞を遮ったのだ。 それでなくとも涼の希望を受け入れるのは、少々やっかいなことであるのに、本番に入る前にその手順を逐一説明されてしまった日にゃ、いよいよやる気が失せてしまうこと請け合いだから。 風折は再びつきたくなったため息を気力で飲み込み、普段と変わらぬ余裕の笑みを浮かべると、涼に向かってこう告げた。 「では、涼くん。今日はそーゆーことにしてみますか?」 「だから〜……えっ? いいの?」 いかに自分の主張が正当なものか、迅樹が納得するまでまくし立ててやる──とでも思っていたのだろう。 風折の台詞に対する涼の反応は、上記のように少々間抜けなものと相成った。 そんな涼に、風折は軽く肩をすくめてみせる。 「何を今更。僕がうんって言うまで絶対に退く気なかったくせに。それに、僕が今まで涼がしたいって言うことさせてあげなかったためしがあった?」 「いや、確かにそれはそうなんだけど……こんなにあっさりOKが出ると思ってなかったから、ちょっと拍子抜けして」 「そう? なら、もう少し積極的にごねてみようか?」 その言葉に、涼は慌てて胸の前で両手を振った。 「いや、それは勘弁」 「なら、さっさとシャワー浴びておいで。急がないと、僕の気が変わっちゃうかもしれないし」 ほらほらと涼をバスルームに追い立てた後、風折は書斎に向かい、鍵のかかる机の引き出しに入れたまま、今の今までその存在を忘れられていた、とある薬の入った小瓶を取り出した。 受け手の経験がある涼が、全くの素人のような無茶をするとは思ってはいないが、その歌声とは裏腹に、一般生活においてはやることなすこと大雑把な彼のこと。 自分でもできる限りの対策を取っておいた方が互いにとっていいだろうと判断した風折は、買ったはいいが、トトカルチョで八百長をする為に使用したのみで、結局は本来の目的で使うことなくしまい込んでいた媚薬の力を借りることにしたのだ。 毒薬を飲まされていたというのは嘘だが、子供の頃病弱だった風折は、本当に薬の類が効きにくい体質になってしまっている。 多分、この薬だって、飲まないよりはマシ程度にしか効いてはくれないだろうが、効き過ぎて、涼に経験者なんじゃないかとあらぬ疑いをかけらるよりはよっぽどいい。 あの風折迅樹にここまで思われせる男。 それが、西沢涼なのである。 ☆ ☆ ☆ 「っ──」短く声を上げて涼が風折の背後で果てたのは──さすがにスリーカウントではい終了ってな訳にはいかなかったが──予想していたより短時間でのことだった。 これは、風折にとってかなりありがたかった。 薬を飲んで、更にはバスルームで自らの指でもその部分をある程度ほぐしてあったとはいえ、受け初心者の風折にとって、この行為は耐え難い苦痛は感じないまでも、決して快感を得られるものではなかったからだ。 顔を見ながらしたい──と自分が言うなら平気だが、言われるととてつもなく恥ずかしく感じる涼の言葉を、これがうまく出来たらやらせてあげるとはぐらかし、受け入れるのが楽な背位で臨んでこの有様では、正常位ではどうだったかなんて想像もしたくない。 というか、今までのことよりも、もっと想像したくないのはこれからのことだ。 多分、2分以上は遠くない未来に、涼は、後輩の神岡が影で『ある意味、最高に凶悪』と表現する彼特有の無邪気さで、絶対に「良かった?」と風折に問いかけてくる。 だから、自身を刺激してくる涼の掌だけに意識を集中し、最後の最後に彼の達する時の声で、風折も欲望を解放できたのは本当にラッキーだった。 イッてないのに「良かったよ」といったところで、相手がいくら涼でも騙されてはくれないだろうから。 こういう時、女と違って嘘の付けない男の身体は本当に不便だと思う。 結局のところ、こういうことは気持ちの問題であるから、《良かった》のは本当なのだ。 例え、その《良かった》が、「涼が満足してくれたならそれで良かったよ」の《良かった》だとしても。 そして、案の定。 頭は高速に回転しているもののぐったりと横たわったまま身動きひとつしない風折に、今の行為とは無関係に腰が砕けそうなくらい脳天気な質問を涼はしてきた。 「迅樹、大丈夫か? 俺、そんなに良かった?」 もちろん、その程度の脳天気さで腰が砕けるようならば、涼とはつきあっていられない。 風折は埋めていた枕から顔を上げると、極上の笑みを浮かべてこう告げた。 「もちろんさ、涼」 風折迅樹──ある意味、最高に健気な男である。 ☆ ☆ ☆ 涼が望むことの全てを叶えてやるのは、風折の役目である。だが、自分の望むことを全てを叶えてやるのも、やはり風折の役目なのだ。 風折は目的を達成すべく、涼を見つめながらふいに表情を曇らせた。 そして、それに涼が気付くのを待って、風折は申し訳なさそうに口を開く。 「涼……僕、ごめんね」 「は? って、何が?」 ──よし、かかった! にやりとほくそ笑むのは心の中だけにして、風折は本領を発揮した。 そう、幾度と無く後輩の開いた口をふさがらなくした、あの強引なストーリーを展開させはじめたのだ。 「涼は僕をこんなに気持ち良くしてくれたのに、僕は涼を満足させてあげられていないかと思うと、それが申し訳なくて──」 「えっ? 別にそんな……」 涼は言葉を濁した。 物足りないと言われれば確かにそんな気がしないでもないのだけど、初心者相手に何回もだなんて、あのおあずけをくらいまくった風折迅樹でさえしなかったことをするほど涼は鬼畜ではない。 いくら痛みがなくても、慣れないことをすれば身体がガタガタ──といういうか腰がガクガク──になるのを、彼は身をもって知っていたからだ。 そんな涼の様子に、風折は大げさに感激してみせた。 「ああ、涼、なんて優しいんだ君は。僕の身体を気遣ってくれてるんだね」 「いや…」 涼は再び口ごもった。 そう言われるとそんな気もするが、別にそこまで深くは考えていなかったので違うと言えば違う気もしたからだ。 もちろん、そんなのはどうでもいい(自分が涼を気遣うのは当然だが、別に自分は涼に気遣われなくてもちっともかまわない。というかむしろ気遣って欲しくない)風折は、涼が自分の中で答えを出す前に、やはり勝手に話を進める。 「でも、大丈夫。安心して涼。僕は涼の為ならいくらでも頑張れるから」 「別に…」 「遠慮なんてしなくていいよ。というか、遠慮されるのはむしろ嫌だな。僕と涼の仲じゃないか」 ってな具合に、押し切られ慣れしている風折の某後輩とは違い、彼にこんな手段を使われたことのない涼が困惑している間に、つい先刻まで最高に健気だった男は体勢を入れ替え、恋人を組み敷いた。 「ちょ、や…」 やめろよ迅樹──という涼の台詞は、やっぱり風折に阻まれた。 但し、今回は今までよりももっと直接的に。 そう、自分の唇で相手の口をふさぐという方法で。 口内に忍び込んできた自分の舌に条件反射で応えてくる涼に、風折は再び胸の中だけでほくそ笑み、執拗に濃厚な口付けを繰り返した。 はっきり言って、こうなったらもう涼が風折に太刀打ちする術はない。 風折を抱いたという達成感で気持ちは騙されているが、先刻の行為だけでは涼の身体が満足していないのは明白だ。 なぜなら、風折と違って、涼は後ろで感じることができることになってしまった身体だから。 相手が涼でなければ、絶対に払いたくない代償を払いはしたが、風折が彼の提案にあっさりのったのは、一度実践させてみることによって、どっちが楽でどっちがより気持ちいいかということを彼の身体に教え込むことだ。 ──今後、二度と僕を抱きたいだなんて思えない程、今夜は満足させてあげることを僕誓うよ、涼。 相変わらず、どう考えても神ではなく魔王に誓っているとしか思えないことを、見えない何かに向かって誓うと、風折は涼の身体に指先を滑らせ始めた。 ☆ ☆ ☆ 今までになく、焦らしに焦らされたものの、涼が風折の手や口でイかされたのは、これで3回目──彼の中で吐精したのも含めれば4回目──である。──なのに……どうして足りない。 荒く息をつきながら、涼は考えた。 いや、考えなくとも答えは出ている。 ただ、それを自分で認めるのが嫌なだけで。 ──でも…… 「んっ──」 だが、涼の思考が結論を出す前に──というか、出させないようにだろうか? 風折が再びキスを仕掛けてくる。 涼がもういいって言うまで、僕は何度でも君をイかせてあげるから── 風折がそんな言葉を耳元で囁いたのは、1度目にイかされた後だ。 ──ったく、迅樹のヤツ、やっぱ基本的に邪悪なんだよ。 そりゃ、自分の前ではいい人のフリしているし、実際涼にとって(だけ)はいい人だし、涼の言うことは何でもきいてはくれるけどベッドの上ではこんな風に時折邪悪になる。 なにが楽しいのか──いや、それが楽しいのはまあ解らないでもないけど、自分がされるとなると話は別だ──普段なら別に口に出していない希望まで勝手に叶えてくれる風折が、その時に限っては涼に希望を言わせたがる。 「あっ、ん──」 風折の唇が、自分のそれから胸の突起に移り、涼は身体をのけぞらせた。 残り時間は少ない。 今でも何かを考えるにはギリギリの状態なのに、風折の手が自分の下肢に伸びてしまっては、それがもう不可能になってしまう。 ──ったく、やけにあっさりOK出したとは思ったんだよ。 涼は唇を噛んだ。 その仕草を声を噛み殺す為のものだとでも思ったのか、風折は右手の指先で涼の唇をゆっくりとなぞると、その指を2本彼の口の中に忍び込ませくる。 「っ──」 同時に性感帯である腰骨の辺りを風折に舐め上げられて、涼は身を震わせた。 ──ああ、もう解ったよっ! よくもまあ、こんなヤツがあんなに根気強く自分のことを待ってくれたものだと、少々おかしな方向から風折の愛情を再確認した涼は腹を決めた。 風折の右手を両手で掴み、自分の口の中でうごめく指を外に出すと、涼は唾液をからめるようにそれを1本1本舐め始めた。 「涼?」 突然始まった指への愛撫に、風折が自分の顔を見るのを待って、涼は相手を絶対に陥落できることを確信している捨てられた仔犬仕様の目で恋人を見つめて言った。 「迅樹──お願いv」 自分にこの目でこんなことを言われて、何をどこにどうして欲しいのかと問える風折ではないことは、誰よりも涼自身が良く知っている。 案の定 「ん、ちょっと待ってて」 と、涼の唇に軽いキスを落とすと、風折はベッドサイドのテーブルのジェルへと手を伸ばした。 ☆ ☆ ☆ 結局──この件で、どっちがどうだろうが最終的にはこうなってしまうことを身をもって──というか、彼の場合身をもってしないと解らないのだが──実感した涼は、その後二度と同じ提案をすることはなかった。 だが、涼がそうすることにした最大の理由は、抱く側に回るのは結構面倒なことと、思ったよりは気持ちよくなかったことである。 西沢涼──やはり、最強。 2005.03.15
いやね、風折×涼に関しては、風折の方が受けっぽいという感想をちょこちょこと頂くので、ならってんで書いてみました。 |