お・ま・け ♪



「あっ、すみませ…… 迅樹ぃ〜? なんでこんなところに……」
 風折のところに、佐久間からもらったテープを持ち込んだ後、涼は仕事でラジオ局へ赴いていた。
 その帰り道、涼が考えていたのは、例のテープの件でも、今終えたばかりの仕事のことでもなかった。
 彼の考え事とは運転免許の取得についてである。
 短大を卒業する時に取ろうと思っていた免許を、デビューのゴタゴタで涼はすっかり取り損なっていた。
 涼だって男の子なのだ、いつまでも他人の車の助手席や後部座席にばかり乗っかっていたい筈がない。
 金はあるけど、時間がない──
 涼の現在の状況は、まさしくそんな感じだった。
 いっそ、合宿で短期間に一気に免許をとろうか? 等と考えながら、上の空で道を歩いていた時、不注意から人とぶつかってしまった。
 そう、冒頭の涼の台詞でも見当がつくだろうが、そのぶつかった相手というのが何故か、ナポレオン並にしか寝ていないという、超多忙な筈の風折だったのである。
「ここが君んちの前で、僕が君を待ってたからに決まってるでしょう」
 確かに、言われてみればもっともな理由であるが、そういうことではなくて、普通は待っていた理由の方を聞きたいというのが、人間心理というものではなかろうか。
「……じゃあ、改めて聞く。『用がなかったら来ちゃ駄目なの』とかって質問は受け付けないぞ。何の用があって俺を待ってたんだよ。よっぽどの用じゃなきゃここまでこないだろう。さっきまで3時間しか寝てないとかって言って俺を脅迫してたんだから」
「まあね。今日、無理矢理時間を作ったから明日は寝てる暇がないかもね」
「だから、そういうんじゃなくて……、まあ、いいや。いつまでもこんなところで話してるのも何だから、部屋行くぞ」
 のらりくらりと核心を避けた風折との立ち話が、なんだかいきなり面倒になってきた涼は、風折を促し自室へと向かった。
 そして、風折がこの様に話をはぐらかしている時は、何かを企んでいる時だったということを、涼が思い出すのはこの僅か15分後のこととなる。
 何年も前から風折を含め周りの人間の殆どに、しかも本日、佐久間にまで言われてしまった言葉を改めて涼に捧げたい。
 もうちょっとだけでいいから考えろ──
 否、考えられちゃったら話が始まらないから、それでいいんですけどね。

           *       *       *

「と〜し〜き〜。何だよこの手は」
 自室に戻って究極の部屋着(スウェット上下(笑))に着替えていた涼を、風折が後ろからそっと抱きしめる。
 いわゆる『あすなろ抱き』ってヤツである。
「だって君、事務所で『後で』って言ったでしょ」
「えっ?」
 ──そんなこと言ったっけか?──
 記憶をたどり回想開始。 
『迅樹……。サンキュ』
『どういたしまして。言葉だけじゃなくて、飛びついてくれたりするともっと嬉しいんだけどな』
『それは後で』
 ──確かに言ったかも……んっ? 待てよ──
「ちょっと待て迅樹、それは違う」
 風折の腕の中から強引に脱出して、振り返りざま涼は言った。
「何が?」
 風折は疲れた様子で聞き返した。
 今ここにいるせいで、冗談抜きで風折は明日寝られない。
 自分が手に入れたばかりの証文をたてに、いきなりな行為に出たのは認めるが、待たされ続けた方の身にもなって欲しいと思ったからだ。
「正しくはこうだろっ」
 言葉と共に、行動で涼は風折に正解を告げた。
 ジャンプして風折の首に飛び付く。
 その勢いを吸収しきれず、風折は涼と共にベッドに倒れ込んだ。
「迅樹、愛してる」
 感謝の気持ちと愛を込めて、涼は風折にキスを贈った。
「涼──いいの?」
「いくら俺にぞっこんな迅樹だって、これ以上は待てない……っ」
 涼の返事を最後まで聞かずに風折は、彼を抱き寄せ、今度は自ら口付けた。
「知らないよ。もう、止められないから」
 長いキスの後、風折は涼の耳元で囁き、身体の位置を入れ替え、首筋へと唇を移動させていく。
 涼の背筋が反り、風折の手がTシャツの中に忍び込む。
 もう一度唇が近づき、今度はゆっくりと重なった。歯列を割って風折の舌が口の中へと入り込み、涼のそれに絡みつく。
 どこもまで深く唇を合わせても、思う存分舌をからませても、まだまだ足りずに込み上げてくる欲求にまかせて風折はその単純な行為を貪った。溢れだした唾液が涼の頬を伝う。
 せいだように風折の手が腰に伸び、スウェットの中に、手のひらは忍び込まされた。
 ビクッと短い痙攣が涼の全身をすくませる。一瞬冷たく、直後には燃えるように熱いその感覚。
「すごくドキドキしてる。流石の僕も男とするのは初めてだしね」
「やっ、やっぱ、やめとかない?」
「今──」
 不安にかられて発した涼の言葉を風折は遮った。
 そして、愛おしそうに首筋をついばみながら、涼に告げる。
「今、欲しい」
 指の中で、涼自身の熱が増していくのが判る。同時に自分自身の熱が増すのも。
 片方の手で相手の情欲を伝えてくるものをしだきながら、もう片方の手で、Tシャツをたくしあげ、涼から剥ぎ取る。まずはうなじから、肩も鎖骨の位置も、胸に配置された突起も、それから歌うことによって鍛えられた腹筋も、何もかも実際に掌で触れて確かめてみないと、気がすまない。次には舌と唇で。全てを知っておかずにはいられない。
「は……あっ……」
 なだらかに反らされた首のライン。その部分に口づけ、喜びからきている筈の肢体の震えを味わう。
 唇を噛みながら、目を閉じ、涼はただひたすら与えられているあやしくて、眩暈のしそうな浮遊間に耐えていた。
「涼」
「──っ」
「涼、眼、開けてよ」
 熱っぽい囁きで耳元に。
「僕を見て──」
 固く握りしめられていた涼の手を取り、自分の欲望の証へと導いた。
「とっ、迅樹──これ」
 涼は自分の手が感じ取った感触に、驚きのあまり声を発した。自分とは違い一指も触れられてはいない筈のそこは既に姿を変えていたから。
「驚いた? でも、これが僕の気持ちだから。意味……解るよね?」
 涼の僅かな頷きを確認した後、風折はもう一度深く口づけ、ゆっくりと身体を起こした。そして、涼の眼が自分を捉えるのを待って、人妻を半ダースまとめて虜にしたと噂される究極の微笑みを浮かべ、次の行動に出る。
「迅樹っ、やめっ……それは」
 自分自身をすっぽりと口腔で覆われて、涼は慌ててそれを遮った。
 口を離す代わりに指を絡めながら風折が言葉を発する。
「させて欲しな。女の子とは適当に遊んでたらしいけど、男とは初めてでしょ。多分慣らしたって痛いだけだし、僕自身夢中になったら加減できる自信がないから、最初にイかせてあげる。僕ばっかりいい思いするんじゃ、なんか罪悪感残りそうだし。ぐだぐだ言ってるより素直に感じてた方が得だよ。どうせ聞かせてくれるんなら、もっとイイ声聞かせて欲しいな」
 耳元で甘く囁いて。
「は……んっ」
 再びその部分に口づけられて、涼の唇がやるせない声を紡ぎ出す。
 風折は頃合いを見て、根本を閉めていた指から力を抜き、幾分強く吸い上げる。
「──っ」
 涼の身体にひどく短い痙攣が走り、彼の情欲が堰を切った。
 直後、力の抜けた瞬間に風折は、涼自身が放出したもので湿らせた指を彼の秘処へと滑り込ませた。
 一瞬硬直した身体から力が抜けるのを待って、緩やかな抜き差しが始められる。
 ゆっくりと時間をかけ、一本から二本に増やされた指に思わず上がってしまう声を抑えるべく、涼はいつしか唇を固く結んでいた。
 それに気付いた風折は、涼に深く口づけた後、耳たぶを軽くはみながらもう一度囁いた。
「涼、僕を虜にした君の声、聞かせてよ」
 せつなそうに瞬いた瞳で風折を見つめた後、涼は右手の人差し指の第二関節をくわえ、口を閉じられないようにする。
 それを見届け、風折は一気に進入を開始した。
「──っ、……んっ……あっ」
 幾ら慣らしたとはいえ、指とは明らかに質感の違うそれに、涼の内壁が悲鳴を上げ、くわえた指は血が滲む寸前まで噛みしめられた。
 根本まで納めた後、風折は涼の口から指を外し、ゆっくりと口づける。
 熱く、甘く、密やかに、一言。
「涼、もう離さない──」

おしまい☆

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