権利行使──
「悪いな、アリス」 「何を今更、気にするな」 風呂上がり、タオルで髪を拭きながら謝罪の言葉を口にした火村に、私は笑顔と共に本心を告げる。 私が漏らした切羽詰まった締め切りがあるという言葉を覚えていたのだろう。 火村が私のマンションを訪れたのは、大阪府警がらみのフィールドワークを終えてからだった。 本日午後に声をかけられ、5時間後には事件解決。 この驚異のスピード解決が、私がいなくて火村の足を引っ張らなかったからだとは思いたくない──。 ともかく、日頃の行いが悪いせいで駐車場からマンションまでという短い距離で突然のスコールに見舞われた助教授をそのままバスルームに突っ込んで、買い置きしてあった下着の替えと、これは元々火村の為にと買ってあったミッドナイトブルーのパジャマを出してやった。 「週末やし、今日は泊まってくんやろ」 「泊まってくもなにも、この恰好で車を運転して帰れってか? どこの間男だよ」 火村は真夜中に音を立てている洗濯機──近所のみなさんごめんなさい──にチラリと視線を流し、苦笑しながら言った。 「火村、ソレ、君にしてはナイスなギャグや。せやけど、間男なら是非とも上半身裸で車を運転して欲しいところやな、俺としては」 「自分で言っておいて何だが、俺としてはそもそも間男はパジャマなんて着ないと思うけどな」 「あははっ、もっともや」 車を運転している限り、決して安くはなかったそのミッドナイトブルーのパジャマはパジャマには見えないだろうということは敢えて言いはしない。 言ったとしても、火村がその恰好で帰ることなど、まずはないだろうが、彼が帰れないと思っているならばそれにこした事はないからだ。 せっかく久しぶりに逢えたのだから── 「おつかれっ」 冷蔵庫からビールを取りだし火村に手渡す。 「お互いにな」 自分の分を取り出そうとした私の手を止めて、今度は火村が私の分のビールを取りだし渡してくれる。 誰が取り出したところで、ビールはビールに違いないが、そんな些細なことで味まで良くなる様な気がするのだから、人間という生き物は案外と安上がりにできているらしい。 冷たいビールを喉に流し込みながら、そんなことを思った。 機嫌の良さ気な火村の様子から見て、今回のフィールドワークは彼を傷つけるような性質のものでなかったのだろう。 それを見て、素直に良かったと思う。 いつ何時だって、彼には傷ついて欲しくはないが、自分のいないところで火村に傷つかれるのはもっと嫌だ。 たとえ、それが自分の我侭だと重々承知していたとしても── 美味そうに喉を鳴らして火村がビールをあおる。 火村がビールを飲み下す度に上下するのど仏に、ふいに触れてみたくなる。 私はビールを飲んでもいないのに、ごくりと喉を鳴らした。 そろそろと手を伸ばしかけたところで、火村の視線が私を捉える。 「どうしたアリス?」 訝しげに首をかしげる火村の瞳に私の顔が映っているのが見える。 その瞳が私だけしか映さなければ良いのに── その声が私の名しか呼ばなければ良いのに── その身体全てが私だけの為に存在すれば良いのに── 決して口には出来ない独占欲が自分の中を満たしてゆくのが解る。 「火村……」 恋人の名を呼ぶ自分の声が掠れているのが解る。 「だから、どうしたって……オイッ、アリス?」 普段私が決してしない行動に、火村の声が動揺した。 「知っとる? 人に服を贈る意味──」 火村の目を見つめたままで問いかけて、私は火村のパジャマのボタンを外し続ける。 「………」 「贈った人間には、それを脱がす権利があるんやって──」 「………」 無言のままの火村に、逢えない時間が淋しくてどうしようもなかったのは自分だけなのかと、不安がよぎる。 けれど、もう、後戻りは出来ない。 「権利……行使するで……」 ボタンを外し終えて、露わになった火村の肌に直接手を触れ、その胸に顔を埋める。 情けないことに、本当に夢にまで見てしまった火村の肌の暖かさを感じて、不覚にも瞼の端に涙が滲む。 「畜生っ、反則だぜアリスっ」 火村の腕が強く私を抱きしめたかと思うと、強引に顎を掴まれ乱暴な口付けを落とされる。 お互いの歯が当たってガチッと音がしたにもかかわらず、火村の舌は口内に入り込み、私の舌を絡め取る。 息つく暇もない程の、情熱的な口付けに、私がすっかり参ってしまった頃、火村はふいに身を離し、私を抱え上げると、きちんと締め切っていなかった寝室のドアを足で開けた──
「逢ってすぐに発情しちまったら、それだけの為に来たみたいだと思って、俺が我慢してたっていうのに、お前ときたら……、こんな誘い方してどうなったって知らないからなっ!」 「変なところでいらん我慢なんてするからや、あほっ。あっ…」 ベッドの上に並んで腰掛けながら、スラックスの上から自身に触れられ、声が漏れる。 「ほら、もう、こんなにして」 「いちいち、うるさいわ。それ以上言うなら脱がしたらんで」 「脱がしてもらうのも、それはそれでいいんだけどな。俺としてはやっぱり脱がす方が楽しいし、別にかまわねぇよ」 有言実行といわんばかりに、火村は私のカットソーを捲り上げて、あっという間に腕から抜き取った。 そのまま鎖骨部分に落とされた唇に意識を奪われそうになりながらも、私は火村の誤解を正す。 「君が自分で脱ぐ権利はない。それを脱がす権利は俺にあるて言うたやろ。ありがたいことに今日は下着まで全部俺に権利があるわ」 私は羽織っているだけの状態だった火村のパジャマの上着だけを脱がしてやる。 「……そうきたか。なら、結構、お前が一刻も早く脱がせたくなるようにしてやるよ」 またしても有言実行。 胸の突起をついばむその唇に── 私が感じるところを全て知り尽くしたその手に── 耳元で囁かれるその声に── 「ひむらっ──もうっ──」 口で1回イかされた後、火村の指を2本飲み込んだ私の後ろがもっと熱くて存在感のあるものを欲しがっている。 もう、1秒だって待てない程に── 「OK、なら出来るようにしてくれ」 身を起こす火村は、今となっては忌々しい存在でしかないミッドナイトブルーのパジャマを履いたままだ。 私は火村の手を借りてベッドの脇へと滑りおりると、火村のパジャマを下着ごと引きずり降ろしにかかる。 火村も身体を浮かせてそれに協力してくれた。 本当は、火村を脱がせるという行為をもっと楽しみたかったのにとは思うものの、今の私は目の前の欲求を満たすのが先になってしまっている。 飛び出した火村自身はもう充分な硬度と熱を持っているように見えたけれど、私はそれを口に含んだ。 そうしないと、火村は私にこれをくれないだろうと思ったし、なにより私も彼を味わいたかった。 「くっ──、アリス、やめろっ」 が、含んで舌を動かすとすぐに、火村が私の頭を自分から引きはがした。 なんで? と訝しむ間もなく、火村は床に座り込む私の身体を再びベッドの上に横たえると低く囁く。 「お前の中でイきたい──」 私の片足を高く抱え上げると、火村は一気に侵入を開始した。 既に充分に慣らされていたその部分は、何の苦もなく火村を飲み込んで、私はその存在感に歓喜の声をあげた。 火村が腰を打ち付ける音と、止めどなく溢れる私の嬌声が室内にこだまする。 ああ── 洗濯機共々、近所のみなさんごめんなさい── 多分、この時頭の端で考えたなんとも間抜けがことが、私がこの夜、最後に思えたまともなことだ。 後の思考はこれ一色。 火村── 火村── 火村── 2003. 07. 22
自分で書いておいて何ですが、洗濯機に入りっぱなしの火村の服がシワの具合が気になります。夜中にこっそり起きて干してね助教授♪ |