──カクン。 よくこの体勢で止まっていられるな、と感心するほど微妙な角度に傾いていた火村の首が、重力に負ける瞬間を目撃して、私は思わず笑みを漏らした。 本日、午後。 どうやら、疲れているところを無理して我が家に顔を出したらしい火村は、ひとしきり近況報告を終えた後、私がコーヒーのお代わりを入れている僅かな間に、リビングのソファでうたた寝を始めていた。 泊まりに来たならばともかくとして、昼間に遊びに来て置いて人んちで寝る──といった、なんとも失礼な友人は、火村以外に持ち合わせていないので比較対象はいないが、多分、これを他の人間にされたら、腹が立つのだろうな──と漠然と思う。 それに、火村の方だって、いくら疲れているとはいえ、何処に行っても寝るという訳ではないだろう。 いや、その前に約束自体をキャンセルするか──。 私は、昨夜、火村と電話でかわした会話を思い出す。 『君、疲れてるなら、無理してウチに来んでもええで。ゆっくり家で寝ねてくれ』 『今回逃したら、次はいつ行けるか解らないんだよ。久しぶりに顔もみたいし、そんなに邪険にするな』 『別に邪険にはしとらん。俺も顔みたいとは思うとったけど、無理はして欲しくない』 『本当に無理なら、はっきり無理だと言うさ。……言っても、お前なら怒らないの知ってるからな──とにかく、明日な』 そう言って、切れた電話。 受話器を置いた瞬間、自分の口元が緩んだのを、私は覚えている。 火村の顔が見られること、そして自分が彼にとって気を許せる友人であることが嬉しくて── こんな無駄な時間を、心地よく過ごせる関係が嬉しくて── 私は、コーヒーを飲み終えた後、首だけではなく今度は身体ごと傾きそうな火村を支えるべく、彼の左隣に移動し腰を下ろした。 身体を右に傾けて、お互いの肩を支え合う体勢を取ってから目を閉じる。 暖かい日差しの中、ゆっくりと夢の世界に沈み行く意識の端で、目覚めた後の時間に思いを馳せる。 果たして、先に目を覚ますのは、私と火村のどちらだろう。 いや、そんなことはどうでもいい。 私たちが目覚めた後に、交わす会話は多分決まっている。 お互いに目を見合わせ、何とも言えない笑みを浮かべながら──でも、嬉しそうな口調で。 『わざわざ会って、何してんだ俺達』 他人に言われるまでもなく、自分たちでさえ、無駄に思えるこんな時間。 だが、そんな時間の共有が許される関係の人間が居るというのは、ものすごく幸せなのだ── そんな幸福感に包まれながら、私はいよいよ意識を手放す。 ──おやすみ、火村。 FIN 2004. 06. 08
右のイラストは、『アリス宅のソファでくつろぐ火村』というタイトルで頂いたので、寝ている訳ではないのかもしれませんが、話の展開上、強引に寝かせました(笑) この素敵なイラストを描いてくれた ●ブラウザでお戻り下さい● |