奇跡 |
あって当然のものなんて、ホントはないのかもしれないね。 両親が出逢ったことを運命だとしても、“その人”が生まれる確率は70兆分の1だという。 70兆分の1で、その性格の“その人”が生まれるのだという。 だけど、父親だって母親だって、多くの人間と出会って、その中で結ばれたのだから、“運命”の一言で片付けられるレベルではないだろう。 だったら“俺”という存在はどれだけの確率で生まれたのだろう? これは一つの“奇跡”なのかもしれない。 そんな奇跡で生まれた俺と、もう一つの奇跡で生まれた君。 俺たちが出逢ったのは、奇跡の中の奇跡と言えるんじゃないだろうか。 様々な偶然が重なって出逢えたのに、大切なことを忘れていた。 何があっても上田はそこにいるものだと思っていた。 本当はそこにいること自体、紛れもない一つの奇跡だったのに。 「上田、これ食べる?お前これ好きだったろ?」 「今日のシャツいいな。お前にすっげー似合ってる」 「喉乾いただろ?何か買ってきてやるよ。何がいい?」 「明日昼からオフだろ?買い物にでも行かね?」 「上田、一緒に帰ろう」 回りから見たら、きっと酷く滑稽だと思う。 けれど今俺が出来ることといったらこんな事しかないから。 上田を取り戻すためなら、何だって出来る。 ふと気付いたら、そこに上田がいなかったんだ。 いるはずだと思っていた場所に。 俺の人生、あんなに焦ったのは初めてだ。 コントのことがあったと言えばそれまでだけど、楽屋でも、帰る時も聖といることが殆どだった。 上田を差し置いて、ふざけて亀梨と夫婦だなんて、その場のノリとはいえ言ったこともあった。 地方でホテルに泊まった時、上田一人を部屋に残して聖や仁とバカ騒ぎしていたこともあった。 他にも思い当たることが多すぎて、今思えば上田はずっと「何も言わないこと」で俺に訴えていたんじゃないだろうか。 そんな時立ち聞きした上田の言葉。
「でもね、まだ好きなんだ」 「ホントはずっと嫉妬してる」 「ウザいって思われるのがオチだから、オレからは何も言えないけど」
嬉しくて涙が出てきそうだった。 「趣味悪いね」 上田が去った後、話し相手だった田口は俺が聞いていたことに気付いていたらしく、こう言ってきた。 「上田が変わったのは、中丸の所為だから」 上田はきっと、何か夢中になれるものが必要なんだろう。 前は翼くんと俺で釣り合い取れていたけど、俺が何も返さないから今は某アーティストだとかギターだとかになっちゃったんじゃないか、というのが田口の意見だった。 上田と田口には悪いけど、俺はまだ上田に影響することが出来るんだって嬉しくなった。 「上田、中丸のこと話す時に、凄く哀しそうに微笑うんだ…。俺もう見てられないよ」 あまり他人に関心を持たない田口にとって、上田は特別な存在らしい。 恋愛感情とは違うけれど、上田を大切に思う気持ちがあるという点では俺と同じ。 「何とかしてよ。上田を救えるのは中丸だけなんだから」 普段気丈な田口が見せる弱気な姿。 こんなにも思ってくれるヤツがいて良かったな、上田。 それに。 「言われなくても、もう離さねぇよ」 「…なぁ上田」 「うん?」 帰り道。 約束したとおり、俺と上田は駅までの道のりを一緒に歩いている。 いつの間にか出来ていた二人の間の不自然な空間を埋めるように上田に近づくと、そっと手を繋いだ。 「…っ!な、何?」 突然のことに驚いて手を引きかける上田を身体ごと引き寄せ、腕の中におさめる。 「ちょっ、なかま…人が見てたら」 「大丈夫。誰もいねーよ。…上田」 何とかして逃れようとする身体を強く抱きしめ、耳元で名前を囁いてやると、ビクンとして動きを止めた。 「…中丸?」 「好きだよ。愛してる。もう離さないから、だから俺から離れていくな…」 少しの間をおいて俺の背に腕を回しながら小さく頷いた華奢な恋人に、久しぶりに満たされていくのを感じた。 君が生まれた奇跡。君と出会えた奇跡。君を愛し、愛される奇跡。 ここにいることの奇跡を、俺はもう、忘れない。
END
前回の「隣ニ在ルベキモノ」のリベンジです。前と比べると納得いくものになりました。 |