038.殻 |
雑誌の取材で旅館に泊まった。 その旅館で出された「俺達が食っていいの?」と聞きたくなるくらいの豪勢な夕食。 土地柄、海の幸が盛り沢山。 カニ、エビ、ウニ、ホタテ…どれもこれも美味そうなものばかり。 地元で捕れたものだから値段はそんなに高くないらしいんだけど、それでもやっぱり俺達には少々勿体ないんじゃないか? それに…。 「…やっぱり駄目だぁ。カメお願い!」 暫くタラバガニと格闘していた赤西、とうとうギブアップ。 隣で順調に殻と身を分けている亀梨にタラバの載った皿を差し出す。 「いいよ〜。…その代わりオレのエビ、剥いて貰ってもいい?」 「おっけ〜」 亀梨は赤西の皿を受け取ると、自分のエビを渡した。 …なぜかエビの殻を剥くのは速いんだな、赤西。 「うぁ〜!オレもイライラするッ」 「聖、やってあげるよ」 「ぁ…さんきゅ」 エビもカニもうまく取り出せなくて何だかぐちゃぐちゃになっている聖を見かねて、隣の田口が救いの手を差しのべる。 これがまた、手際よく綺麗に取り出していくんだな。 自分のはさっさと取り出して、食べるだけの状態にしてあるし。 あーあ、聖のヤツ見とれちゃってるよ。 …俺もあーゆーの、期待してたんだけどなぁ…。 「はぁ…」 「中丸、こんな良いもの食べながら、何溜息ついてんの」 「…なんでもありません…」 原因は貴方ですよ、とはとても言えず。 そりゃね、ホントは自分一人の力で食べるのが当たり前なんだよ。 けど、不器用なこいつのことだから…やっぱり期待してたわけ。 『うぅ〜、うまくとれない〜(泣)』 『どれどれ、かしてみろよ。やってやるからさ』 『わ、中丸うまいねぇ。ありがとうv』 …なんてのを。 けれど現実は、田口と同じくらい綺麗に中身が取り出されたエビやカニを見れば一目瞭然で。 上田さんは俺なんか足元にも及ばないくらい、手慣れてらっしゃいました。 さ…さすがお坊ちゃま。 ワタクシの考えが浅はかでした。 夕食も、何もかも終えて今は布団の中。 今日は六人で一部屋だから、和室に布団を敷き詰めている。 隣にはもちろん、愛しい人。 「今日のゴハン、美味しかったねぇ」 疲れから布団に入るやいなや爆睡したメンバーを気遣って、俺に聞こえるくらいの小さな声で話しかけてくる。 「そうだな」 普通ならまだそんなこと、っていうところかも知れないけれど、凄く幸せそうな顔をして言われたらこっちまで心が温かくなる。 それに事実、凄く美味かったと思うし。 「美味しいものってさ、どうして硬い殻に包まれてるんだろうね」 面倒くさいのに、とあっさり殻を剥いたクセに言う。 「そりゃあお前、努力して食べるからこそ、よりいっそう美味しくなるんじゃねぇの」 「んー…」 でもやっぱり面倒くさい、とどうやら納得がいかないご様子。 「俺はさぁ、常にそーゆー気分味わってるから分かるんだよね」 「常に?中丸、エビとかカニとかいつも食べてんの?知らなかった。すごいね」 どこの金持ちだよ、それは。 「そうじゃなくて、ね…」 皆既に夢の中とはいえ、万が一聞こえると後々まずいから耳打ち。 「美味しい竜也を食べるために、常に努力してますから♪」 一瞬の間をおいて、ボッと顔を真っ赤にした上田。 恥ずかしさに布団を頭までかぶる幼い仕草が堪らない。 「…よくもそんなことをさらっと言えるね、お前…」 「だって事実だし」 くぐもった声に答えるとひょっこり顔を出してくる。 …だから、そーゆーのやめなさいって。 「…オレを剥いてもいいのは中丸だけだから」 そう言うと再び潜り込んでしまった。 え、なに、今凄いこと言いませんでした? 「上田さん、今の」 「わー、いい。聞かなかったことにしといて」 そんなこといわれてもですね、はっきり聞いちゃったものは聞いちゃったし。 できればもう一回聞きたいんだけどね。 でも駄目か。 こういう時の竜也って絶対二度と言わないし、どころか寝たふりしようとしてそのまま寝ちゃうし。 ほら今回も。 そんなに立たないうちに隣からは寝息が聞こえてきた。 …帰ったら速攻剥いてやろう。
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